18、水着の小悪魔
夏の朝の風が、高原の風車をゆったりと回している。
緑の香りが機馬車の窓辺を吹き抜け、月美の長い髪を爽やかに撫でていった。
「ねえねえ! 百合って泳げるの?」
半自動で走るこの機馬車は4人乗りであり、今はストラーシャ学区へと続く丘の道をのんびり南進している。
「う、うん、水泳は昔から得意なほう、かも」
「へー、百合って勉強だけじゃなくてスポーツも得意なのね」
綺麗子はオレンジ味のグミを2個頬張りながら百合の能力を羨んだ。
ちなみに百合は定期テストの解答をわざと間違えようとしてもなぜか正解になってしまうという驚異の幸運の持ち主である。憧れの的にされ、モテモテになる運命からは逃れられないのだ。
「あら綺麗子さん・・・おやつは午後にとっておくんじゃなかったんですの?」
「グミは水分補給みたいなもんだからね! 皆も食べていいわよ!」
「いいんですか♪」
「いいわよ! はい、百合。桃香も食べなさい」
「あ、は、はい」
綺麗子はマイペースで子供っぽい性格だが、基本的に気前が良く、仲間想いである。
「ほら、月美も」
「・・・わ、私、甘いものは食べませんのよ」
「うそー、昨日の夕ごはんでライチ食べてたじゃん」
「・・・い、今は甘いものは食べませんの。そういう時間ですの」
月美はクールなイメージを崩したくないので、人前であまりお菓子を食べたくないのだ。季節の花をイメージした京生菓子とかなら良いが、グミはダメである。
「ほら、月美、あーん♪」
「・・・なんですの?」
「口開けなさい! あーん♪」
「・・・やめて下さい。馬車下りますわよ」
あの月美お嬢様相手に「あーん♪」などと言っている綺麗子を見て、百合は一人でドキドキしていた。
(いいなぁ。綺麗子さん)
自分も月美ちゃん相手に、あれくらい大胆なコミュニケーションをとりたいなぁと百合は思った。幼い頃からモテすぎて孤独だった百合は「友達関係」というやつをもっともっと深く味わってみたいと常々思っている。
さて、実は今日は演劇部の合宿当日である。
月美と百合は演劇部員ではないのだが、綺麗子の紹介で特別に参加させてもらうことになった。演劇の練習も少しは行われるようだが、ほとんどがレジャーに終始する不思議な合宿である。
「ストラーシャってほんとハワイみたいな雰囲気よねぇ」
「ハワイ行ったことありますの?」
「ないわよ~!」
授業中と違い、遊びに行く時の綺麗子はご機嫌である。
30分程で馬車はストラーシャ学区の繁華街に到着した。ブルーバニー海浜センターという、海沿いの小さなショッピングモールの入り口が待ち合わせ場所である。
この辺りはビドゥの大通りと同じくらい都会なのだが、綺麗子の言う通り南国の雰囲気一色であり、サーフボードやレジャーシートを抱えた水着姿の少女たちが道を往来し、青空の下ではハイビスカスの低木が揺れている。学区間で雰囲気はかなり違うのだ。
「あら・・・?」
馬車を降りてショッピングモールに向かう4人は、待ち合わせ場所付近が大変な人だかりになっていることに気付いた。月美は何だかイヤな予感がしたが、気付くのが少し遅かったようだ。
「あ! 百合様ぁー!」
「月美様ああ!!」
「本当に来て下さったんですねぇ!」
「あぁ、なんてステキなのぉ・・・!」
それは月美や百合を目当てに集まったファンたちだった。
だいたいどこへ行っても彼女らのファンはおり、興奮しながらカメラを向けたりしてくるのだが、今日は特別人数が多かった。
その理由は簡単である。実は月美たちはこの後、ストラーシャのビーチで海水浴を楽しむことになっているのだ。
「ほらほら、キミたち、百合ちゃんたちを困らせちゃダメだろう」
少し慌てた様子でやって来たのは演劇部の部長、翼先輩だ。今回の合宿では引率の先生みたいな役割をしてくれる頼れる先輩だ。
「でも、百合様たちの水着姿を見られるのは今日だけですから!」
「見逃せません!!」
「そんな風にカメラを構えてうろついてたら、いつまで経っても二人は着替えないと思うぞぉ」
さすが翼先輩である。まあまあな正論に諭されたファンたちは、月美たちに元気よく頭を下げてからビーチのほうへ駆けていった。先回りしてどこかに隠れるつもりなのだ。
「困った人たちですわね」
月美が格好付けながらそう呟くと、百合はクスクス笑った。
月美はむしろ、「一緒に写真撮ってくださーい!」とか「サイン下さーい!」などとちやほやされると内心喜ぶタイプのお嬢様なのだが、愛しの百合さんが襲われないか不安なのでそれどころではないのだ。ボディーガードの役目はしっかり果たさなければならない。
「よし! 遅れて参加すると連絡があった子以外は、皆揃ったようだね。いよいよ合宿のスタートだ」
イルカの像が泳ぐ大きな噴水の前で、翼は演劇部員たちに挨拶をした。海風と青空がよく似合う先輩である。
「演劇とは、他の誰でもないキミたちの胸の中の感情や経験を動力源にした創作活動である。この合宿は思い切り楽しんで、思い出を作って欲しい!」
要はたくさん遊ぼうということである。
「ただし、怪我がないように注意してくれ」
「はい!」
演劇部員たちが声を合わせて返事をした。部活に参加していない月美はちょっと気後れしたが、横目で見た百合がにこにこしていたのでなんだか安心した。
「今年はゲストの子もいるから、皆、よろしく頼むよ」
「はい!」
月美たちは慌てて演劇部員たちにお辞儀をした。拍手をしてくれるのは有難いが、どさくさに紛れて百合の背中などにそっとタッチするアホウな先輩もいたので、月美はネコのような顔でしっかり睨んでおいた。月美は怒るとネコ科の目になる。
しかし、問題はこの後だった。
「海浜センターの中の更衣室を使って着替えてくれ。ロッカーの鍵は浜で無くすと大変だから注意して欲しい」
「はい!」
「それじゃあ行こう」
月美は胸の中で冷たいサイダーが弾けたような鋭い緊張感を感じた。そして一気に頬が太陽のように熱くなってきたのだ。
(み、水着に着替えますのね・・・)
月美は百合のボディーガードである。百合が誰かに襲われないように、彼女のすぐ近くで着替えるのが月美の仕事であると言える。
(うぅ・・・気を確かに持たなければ・・・)
百合の夏服姿すら直視できない月美がどうやって今日を過ごすのか見物である。
水着は先日、ビドゥの大通りで購入していた。
いつもの4人で一緒に買いにいったのだが、月美はずっと照れてしまい、百合に一度も近づかずにさっさと自分の水着を選んで退散したので、百合がどんな水着を買ったのかも知らない。大人しい百合のことだから学校用水着みたいな超マジメなものを選択したのだろうが、それでも百合の水着姿は月美には刺激が強すぎる。
(やっぱり合宿になんて参加しなければ良かったですわ・・・)
後悔先に立たずである。
しかし、更衣室は意外と月美の味方についてくれる環境であった。
各ロッカー毎に贅沢に着替えスペースが設けられており、しかも丈夫な仕切りと、縦長のウエスタン扉によって、ほとんど個室のようになっていたのだ。これなら百合も安心して着替えられるし、月美がそれを見守る必要もないのである。
「月美ちゃん、着替え終わっても、先にビーチ行かないでね」
「え・・・」
「ここからは、絶対私と一緒にいてね」
着替える前に月美はこんなお願いをされた。ビーチに行ってから別行動、というわけにもいかなくなってしまったが、ボディーガードとしてこれは仕方ないことである。
ちなみに、月美の水着はネイビー色に写実風の花柄が入ったビキニタイプのスカート付き水着である。
月美はただのポンコツお嬢様ではなく、学園でも屈指の美貌を持っているわけだから、きちんとそれを見せびらかしたいという気持ちがあり、腰のラインなどを披露できるビキニタイプを選んだわけだが、色や柄には落ち着きとクールさが溢れていて、絶妙なバランスが保たれている。「どうも、私硬派なお嬢様ですの。海になんて興味なかったですけど、友人に無理やり誘われて来てしまいましたわ。あら、隠し切れない私の美が皆さんの目についてしまいますわね。まあ、今日だけは仕方ないですわ。さてと、英単語帳でも開こうかしら」みたいな世界観が体現された素晴らしい水着と言える。
(よし・・・今日も私は美しいですわ)
水着に着替えた月美は、鏡を見ながらうなずいた。やっぱりちょっと変人である。
「月美ちゃん、着替え終わった?」
しばらくして、白い仕切り板越しに百合の声が聞こえた。それとなく聞き耳を立てていた月美はビックリして一歩さがり、無意味に鞄の中などをあさりながら「ええ、まあ・・・」と小さく返事をした。
すると、隣のウエスタンドアが開く音と共に、百合の気配が月美の背後にやってきた。月美は敢えてゆっくりした手つきで髪をまとめ、百合のほうから扉を開けてくれるのを待とうとしたが、水着姿の百合がこの隙に誰かに襲われるかも知れないと思い、急いで更衣場所から出ることにした。とても緊張するが、こういう時は勢いが大事である。
「行きますわよ」
髪をポニーテールにした月美はクールにそう言い、百合には目もくれずさっさと歩きだした。この時百合が返事をしなかったのは、水着姿の美しい月美に見とれていたからなのだが、月美はそんなこと知らないのである。
5、6歩ほど歩いた月美は、ほんの僅かな瞬間だけ自分の視界の片隅に映った百合の姿に、少し違和感を覚えた。
(あら?)
そのささやかな疑問を解決するために、ほとんど無意識のまま月美は振り返り、百合の姿を見たのだった。
「あ・・・」
百合は確かに水着に着替えていたが、その上に丈の長いパーカーを羽織り、チャックも完璧に締めていたのだった。ちょっと残念な気持ちと深い安堵を月美は同時に抱いた。
「えへ♪ これなら恥ずかしくないなぁと思って」
百合はそう言って月美に微笑みかけた。
「・・・そ、そうですのね。日焼けもしないし、良い作戦だと思いますわ」
月美は自分の髪をサッと撫でて、再び歩き出したのだった。
「・・・はぐれないで下さいね」
「はい♪」
百合は月美のすぐ後ろに付き従って、海浜センターを出たのだった。
サンダル越しでもポカポカと温かい白砂のビーチは、大勢の生徒たちで賑わっていた。
人は多いが、とにかくストラーシャのビーチは広大なので、自由に遊べるスペースはたくさんある。百合たちのファンも、良い撮影スポットを探そうとしてあちこち歩き回っているうちに遠くへ散らばってしまい、百合たちを見失ってしまったようだ。敵がドジばかりで月美はラッキーである。
「お! 来たわね月美、百合!」
待っていたのは綺麗子と桃香だった。
「ねえ! ビーチバレーしましょう!」
「え・・・いいですけど、ビーチボールの類いは持って来てませんわよ」
「どこかで借りてくるわ!」
綺麗子はぴょんぴょん飛び跳ねながらレジャーグッズの貸し出し口へ向かった。
残された桃香はどうしていいか分からず、もじもじしていた。綺麗子と桃香は割と幼い外見をしているため、可愛い感じの水着を着ている。
「桃香さん、水着似合ってますよ♪」
「うっ・・・い、いえ・・・そんな・・・」
百合に褒められた桃香はゆでだこみたいな顔になって俯いた。足元の柔らかい砂の上で、小さな白いヤドカリがよちよち歩いている。
やがて月美たちの元へ戻って来た綺麗子は、なぜかビーチボールではなく大きなイルカのフロートを抱きしめていた。フロートというのは中に空気を入れて水に浮かべ、上に人間が乗れる例のあれである。シャチのフロートはよく見かけるが、この島ではイルカタイプが流行っている。
「イルカ捕まえてきたわよ!!」
「・・・ボール借りに行ったんじゃありませんの?」
「こっちのほうがカッコいいじゃん!! 皆でこれ乗るわよ!!」
「たぶんそれ二人乗りですわよ。皆で乗ったら沈みますわ」
「じゃあ桃香、あんたをイルカ大臣に任命するわ! 一緒にこれに乗って、本物のイルカを探しに行くわよ!」
綺麗子は桃香の手を引いて、風のように去っていった。ちなみにこの内海にはたまに本物のイルカが姿を現すので綺麗子の野望も決して夢物語ではない。
「行っちゃったね」
「静かになって良かったですわ」
「じゃあ・・・二人で一緒にお散歩しよっか♪」
「え・・・」
そう言われて、月美は百合と二人きりになったことをようやく実感した。
(ま、まずいですわ・・・)
こんなことなら一緒にイルカを探しに行けば良かったと月美は思った。
「行こう、月美ちゃん♪」
百合は笑顔で手招きしながら渚を駆けだした。
美しく広大なビーチのお陰で、今この瞬間は奇跡的に周囲の視線が二人に集まっていなかった。今のうちに人目につかないような場所を見つけられればいいのだが、果たしてそのような都合のいい遊び場があるだろうか。二人はとりあえずビーチを東へ進んでみた。
生徒たちの歓声が入道雲を駆け上がっていく夏のビーチでは、キラキラ輝く水しぶきと海鳥たちの歌声が波音の中で自由に踊っている。
内海のビーチはレジャーには最高の超遠浅で、波も穏やかである。三日月型の島が形作った内海のほぼ全域が遊泳可能であり、水深は一番深いところでも少女たちの身長を越えない。
水質は極めて良く、単に透明度が高いというだけでなく、若干化粧水に似た成分バランスであるため、泳げば泳ぐほど肌がすべすべになっていくというオマケ付きである。女学園島は日本列島と違って夏はジメジメしておらず、比較的カラッとしているのだが、それゆえに肌の乾燥を気にする少女が多いため、この海の水質はとても都合がいいのである。この島は栄養豊富な食べ物を始めとして少々不自然なほど暮らしやすい環境が整っているのだが、もちろん全て偶然の産物である。
海底、というにはあまりにも明るくて浅い足元には眩しい白砂が広がり、カワイイ珊瑚とトロピカルな魚たちの生態を自由に観察することができる。太陽の降り注ぐ海中は、数十メートル先まで見渡すことが出来るので、ぜひともゴーグルやシュノーケルでその美しさを味わいたいビーチだ。
「月美ちゃん! あれ見て」
「・・・あら」
ファンたちから隠れながら浜辺を小走りに移動してきた二人は、いつの間にか、以前化石探しをしたアンテロープビーチまでやってきていた。幻想的で滑らかなキャラメル色の地層が浜の近くに多くみられる場所である。
綺麗子が発見してしまった謎の気体の噴出口はピンク色の柵に囲まれており立ち入り禁止にされてた。気体の主成分はほぼヘリウムで決まりなのだが、一部の生徒たちの間では「ウツクシウム」などという綺麗子の名前から着想を得た美しい新元素名がニックネームで付けられている。ウツクシウムガスが入った風船が商品化されれば、多少は綺麗子にもお金が入るかも知れない。勉強の成績が酷い綺麗子は学園から渡されるお小遣い額が低いため、もしそうなればきっと大喜びである。
「あっちのほうは人がいないよ!」
「・・・そ、そうですわね」
二人は確かにファンたちから逃げてきたわけだが、あまりにも人気がない場所に向かっているため月美は急に怯え始めた。
「あの・・・こ、こんなに離れなくてもいいんじゃありませんの?」
「え? 大丈夫大丈夫♪ 集合時間には戻るから」
そういう問題ではないのだが、砂浜を飛び跳ねるように駆けていく百合に、月美はついていくしかなかった。
アンテロープビーチの地層は、本家のアンテロープキャニオンと同じように入り組んだ箇所があり、眩しい金色のスカーフに包まれているかのような感覚を味わえる谷が多い。谷というと大きく聞こえるが、天井が無くて青空が見える、小さな小麦色の洞窟といった感じである。
頭上の太陽が静かに足元に降り注ぎ、ビーチの賑やかさから一歩離れることができるこのスペースは、秘密基地にはぴったりだ。
「ここに座ろ♪」
滑らかな地層を背もたれにして、百合は砂の上にぺたんと座った。幻想的な陽だまりが反射して、百合の周囲はオレンジ色に輝いている。
(う・・・)
月美は立ち止まってしばらく無意味に地層を撫でたり、サンダルを脱いで足についた砂を払ったりしていたが、時間稼ぎに限界を感じ、やがて百合のそばに寄った。
「月美ちゃんも座って♪ 砂、熱くないよ」
「・・・しょ、しょうがないですわね」
月美は百合からイルカ一頭分離れた場所に腰を下ろした。波打ち際よりも砂が細かく、お尻の下はベッドのようにふかふかだった。
二人はしばらく黙ったまま、遠い波音を聴いていた。
とても静かで、チョコレートのように甘く、愛しい時間である。
百合は光に手をかざしてみたり、楽しそうに辺りをキョロキョロ見回したりしていたが、やがてちょっぴり月美に近づいて、そっと話し始めた。
「ねえ月美ちゃん」
少し俯いて体育座りをしていた月美は、咄嗟に顔をビーチのほうを向けた。
「月美ちゃん♪」
「・・・き、聞こえてますわ。なんですの」
「水着、凄く似合ってるよ♪」
「う・・・!」
月美は一気に顔が熱くなるのを感じた。
「とっても、カッコイイ・・・」
さすがの百合も少し照れながらそう言ったのである。
月美は何も返事することができず、ただマリモのように丸くなってしまった。
二人の間に再び訪れた沈黙は、さっきよりちょっぴり温度が上がっていた。
ポニーテールにまとめられた月美の黒髪が風にそよぎ、彼女の背中の肌をふわふわさらさらと滑った。そんな様子に、百合は少し見とれてしまった。
(よし・・・勇気を出すのは今だよね・・・)
実は本日、大きな目標を持っていた百合は、ここで動き出したのだった。
「月美ちゃん♪」
ささやくように月美の名を呼んだ百合は、砂の上をハイハイして月美の目の前に移動したのである。
「つーきみちゃん♪」
「・・・な、なんですの」
百合は月美のサンダルの両側に手をつき、身を乗り出すような体勢になった。
「私の目、見て」
「う・・・」
この距離感で顔を伏せているのは不自然かも知れないと月美も感じていたのだが、百合のほうからそう要求されて月美は動揺してしまった。
「月美ちゃん、私の目見てくださーい♪」
しばらく無視していたが限界が来たようなので、月美は体操座りのまま顔をゆっくり上げ、ちょっと怒ったような眼差しを百合に送った。ほっぺに少し砂がついた無邪気な百合の顔がすぐ近くにあって、月美は大層怯えた。あんまりしっかり顔を上げると、顔が赤くなっているのがバレてしまうので、月美は上目遣いのままである。
「・・・何の用ですの」
そう尋ねられた百合は、一瞬恥ずかしそうな顔をして唇を噛んだが、すぐにいつもの眩しい笑顔を見せた。
「あのね、月美ちゃんに、見てもらいたいものがあるの」
「・・・え?」
「私の、水着♪」
月美が状況を整理するより先に、百合は着ていたパーカーのチャックを襟元からスーッと下ろしていってしまった。
「月美ちゃん、見て」
そして彼女はパーカーをするりと脱ぎ捨てたのである。
月美の視界が、あふれんばかりのみずみずしい肌色に輝いた。
(え・・・)
真珠のようにすべすべで、マシュマロのように柔らかく、メロンみたいに大きい百合のおっぱいが、桃色の可愛い水着にむにっと抱きしめられていたのだ。そのあまりにも立体的で神々しい存在感に、月美は視線が釘付けになり、何も考えられなくなってしまった。
「・・・私ね、一回でいいからこういう可愛い水着着てみたかったの。だけど誰かに見せるわけにもいかなし、ずっと我慢してた。でも、今は月美ちゃんがいるから、思い切って買っちゃった♪ クールな月美ちゃんになら、見せても平気だもんね」
百合がしゃべっている内容が月美の頭に全然入ってこない。
「ほら、もっと見て♪」
百合はさらに月美に近づいてくる。大好きな百合さんの甘~い香りに包まれて、月美はようやく抵抗しなければと思ったが、体が思うように動かない。ちょっと脚を内股に閉じて、自分の口の辺りに手を持っていくのが精一杯だった。視線だけはどうしても百合の体から逸らすことが出来なかった。
「友達同士は、こういうの見せ合うもんね♪」
百合の長い髪が月美の膝をさらりとくすぐってくる。月美は全身がゾクゾクした。
「ここ、よく見て。銀色のハートがついてるの♪」
百合が指差したのはもちろん水着なわけだが、その指先によって僅かにポヨンと弾んだ胸の谷間のほうが気になってしまい、月美は激しく動揺した。
「この水着、どう? かわいい?」
月美は答えることが出来ず、懸命に視線を百合から逸らし、そっぽを向いた。赤くなってしまった顔を隠すためにも、口の辺りに持っていった手はどけるわけにいかず、非常に乙女チックなポーズになってしまった。
「ねえ、かわいい?」
ご機嫌な様子の百合は、首を傾げて月美の顔を覗き込みながらグイグイ迫ってくる。
「かわいい?」
このままキスでもされそうな感じである。
ある意味命の危険すら感じてしまった月美は、ここで力を振り絞り、無言のままゆっくりと首を縦に振ったのだった。
「よかったぁ。凄く嬉しい♪」
百合は満足そうに微笑み、ようやく月美から離れた。いつの間にか息を止めていた月美は、ここでようやく呼吸をしたのだ。
百合は再びジャージを羽織り、チャックをしっかり締めると、岩場の陰から外の様子を確認した。沖には何人か生徒の姿が見えるが、浜には誰もいないようだ。
「よし、戻ろっか! そろそろ集合時間だもんね! 泳ぐ時間無かったけど、それはまた今度にしよう」
月美は返事が出来ず、少し膝をビクッと動かしただけである。
(うぅ・・・百合さんのビキニ姿・・・見ちゃいましたわ! 私だけが・・・。こんな至近距離で・・・お胸が・・・ポヨンって・・・うぅ・・・!)
いまだに混乱中の月美はもう足腰に力が入らず、立ち上がることもできないのだが、百合はそんな月美の様子に全く気付かず、太陽に向かってグッと伸びをしたのだ。
(やったぁ! 月美ちゃんとまた仲良くなれた感じ!!)
百合の無自覚小悪魔っぷりには困ったものである。