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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第1章 ルームメイト
15/126

15、発掘

 

「んもぅ、翼様ったら冗談がお上手ね♪」

 赤いビキニ姿のローザは、バスタオルで髪を拭きながら不敵に笑った。

「頼むよローザ。発電機の件だけでも許可してくれないか」

「お断りするわ♪」

 ストラーシャ学区の生徒会寮からは、広大な白砂のビーチが見渡せる。

 寮の庭に咲くハイビスカスの木の陰には、水着姿のローザをひと目見ようと、生徒たちが集まっていた。

「頼むよ、これでもアテナはかなり譲歩しているんだ」

「どうしてビドゥ学区の生徒会から命令されないといけないのかしらぁ?」

「命令じゃなくてお願いだよ・・・」

「それなら答えはノーよ♪」

 ローザは翼に背を向け、ドレッサーの前で香水などを選び始めてしまった。取りつく島もない。

「はぁ・・・それじゃあ、資料は置いていくよ。気が変わったら連絡をくれ」

「おつかれさまぁ~♪」

 どうしようもないので翼はローザの部屋を去ることにした。


 夏のストラーシャ学区は、カラッとした熱気に包まれていた。

 機馬を乗りこなす郵便委員でもある翼は、演劇部の活動がない放課後に、ストラーシャまで来ていたわけである。アテナから預かった手紙をローザに渡し、補足説明をすることが彼女の任務であった。

「今回もダメだったかぁ・・・」

 手紙の中身は次のようなものだった。

 動植物の保全に関わる一部の活動にストラーシャ学区も加わって欲しい。ストラーシャで栽培された野菜と果物をもっと自由に流通させて欲しい。そして風の通りが良いストラーシャ学区に、もっとたくさんの風力発電機の新設を許可して欲しい。こんな感じである。

 この三日月女学園は各学区が協力し合えば今よりもっと豊かに暮らせるようになるのだが、なかなか上手くいかない。これはそもそも、3つの生徒会がそれぞれ独立した方針を持っていることが原因なので、アヤギメ学区の生徒会長やアテナ会長は、3学区を統一し、生徒会も一つにしてしまったほうがいいと考えているくらいなのだが、とにかくローザが真面目に取り合ってくれないので統一の話は進んでいない。ローザのひねくれ具合にも困ったものである。


「おや?」

 ビドゥに帰る前にココナッツジュースでも飲んでいこうかと思っていた翼は、停留所で機馬車を降りる、見覚えのある少女たちの姿を見つけた。

「やあキミたち」

「あ、翼先輩! こんにちはぁー!」

 綺麗子が真っ先に手を振った。

「珍しいじゃないか、キミたちがストラーシャに来るなんて」

 そこにいたのは月美、百合、綺麗子、桃香の四人である。綺麗子以外のメンバーは丁寧に翼に頭を下げ、挨拶をした。

「翼先輩! 私たち今日、化石掘りに来たんですよ!」

「え?」

「き、気になさらないで下さい翼様! 綺麗子さんはちょっと暑さで頭がやられてるんですわ」

「なによ月美。一緒に化石探し勝負するんでしょ」

「き、気になさらないで下さい~!」



 綺麗子が突然化石を掘りに行くと言い出したのは、月美と百合が学舎の大教室でランチのサンドイッチを食べていた時のことである。

「月美たち! 化石掘りに行くわよ!」

「な、なんですの急に・・・」

 綺麗子は体育祭の日、ストラーシャの海岸付近を探検していたところ、いかにも化石が出てきそうな地層を見つけていたのだ。

「今日部活ないから、放課後にストラーシャへレッツゴーよ!」

わたくしたちは行きませんわよ・・・」

「あら、逃げるつもり? 誰が一番高価な化石を見つけられるかの勝負なのに」

「いや・・・化石なんて簡単に見つかると思ってますの? 見つかったとしても変なシダ植物かメダカの化石ですわよ」

「まあ、月美レベルのお嬢様だとメダカの化石しか見つけられないでしょうね。私はティラノサウルスを掘り当てて見せるわ!」

「素晴らしいですわね。そいつに乗って帰ってくるといいですわ」

「真面目に聞きなさいよぉ!」

 月美は綺麗子の遊びに付き合うつもりはもちろんない。

 しかし、一緒にサンドイッチを食べている百合は、くすくす笑いながら身を乗り出した。

「綺麗子さん、スコップとかはあるんですか?」

「ないわ!」

「じゃあ園芸部さんから借りていきましょう」

「なるほど、いいアイディアね! さすが百合だわ!」

 綺麗子は桃香を背中から抱きしめながら目を輝かせた。

「それじゃあ皆、放課後にとりあえず寮の前集合ね! 掘り出したものの価値で順位つけて、ビリの人は皆にアイスおごるのね!」

「えぇ・・・」

「逃げるんじゃないわよ!」

 このような経緯で月美は綺麗子の遊びに巻き込まれてしまったのである。意外と好奇心旺盛な百合はともかく、いつも綺麗子と一緒に過ごしている桃香ちゃんのボランティア精神もなかなかのものだ。



「ははは! なるほど、化石かぁ。見つかるといいねぇ」

 馬上の翼は爽やかに笑い、後でヘルメットや軍手を持ってきて月美たちに合流してくれる約束をして去っていった。なんだか大事おおごとになってしまい、月美はちょっと恥ずかしかった。

「さ、行きましょう! 日が暮れる前にティラノ見つけるんだから!」

 恐竜をその辺の野良猫みたいに言わないで欲しいところである。



 海辺に面したモダンなレストランの近くには、風雨と海水によって侵食された滑らかな地層がある。

 この辺りは、西アメリカのアンテロープキャニオンという観光地に似ているため、アンテロープビーチというニックネームがついており、入り組んだ黄金こがね色の岩の陰を利用して水着に着替える生徒が多く、時々下着などが置き去られていることがある。

「じゃ、後で合流しましょう! ビリの人は皆にアイス奢るんだからしっかりやりなさいよね! 発掘開始!」

 絶対化石なんて見つかるわけないと思いながら、しぶしぶ月美もスコップを持って地層に向き合った。



 遠い波音を背中で聴きながら、月美はなんとなく物思いを始めた。


 噂によると、恐竜たちの色や模様は分からないらしい。

 骨の化石をいくら分析しても、肌や羽毛の色について知る手がかりはほとんど無いのだ。

 もしかしたら、背中にパンダの顔そっくりの模様がついている恐竜や、全身ショッキングピンクで水色のハートマークがついた恐竜、あるいは「いえ~い」という字がおでこに書いてある恐竜もいたかも知れない。それらは全て、答え合わせの出来ない、考古学のロマンの世界である。


(んー・・・)

 うなじにジリジリと太陽を感じる月美は、スコップで地面の砂をかき分けながら、さらに恐竜のことを考えた。


 例えば、美しい銀色の体を持ち、周りの恐竜たちからモテモテだったステゴサウルスの個体がいたとしても、その子の化石を見つけた人間は、彼女の色や、ましてやそれにまつわるモテモテエピソードなど知るよしもないわけである。当時生きていた生き物たちだけが知る物語なのだ。

(なんだか不思議ですわねぇ・・・)

 今こうして同じ時代を生きている全ての人間と動物が、同じ秘密と物語を共有している仲間であるかのように月美は感じた。

(百合さんの美しさも、2億5000万年経ったら、誰にも分からなくなっているんですわね)

 陸上で二足歩行できるようになったイルカか何かが、人類という太古の生物を発掘しているかも知れないが、その時に百合の美貌に気付く者はいないだろう。そして、モテすぎる百合のボディーガードでありながら、彼女に恋してしまった月美という少女がいたことを察する者もいないのだ。

(なんだか、途方もない話ですわ)

 百合と同じ時代を生きていることに、月美は感謝した。しかも同じ年齢で、同じ場所に暮らし、友情まで育んでいるなんて奇跡である。これと同じような奇跡が無数に積み重なって出来たのが、目の前にある地層なのだと考えると、月美は地球の歴史の奥深さに頭が下がる思いであった。

「あら・・・?」

 頭を下げたついでに、月美は足元の地中から砂まみれの石を見つけた。こぶし程の大きさのその石の表面には、なんと貝殻を押し当てたような模様がハッキリとついていたのだ。これは化石かも知れない。

(え・・・本当に見つけちゃいましたわ)

 月美は石を拾い上げ、撫でるように優しく砂を払った。


「月美ちゃん月美ちゃん!!」

「んにゃ!」

 突然百合がやってきたので、月美はネコみたいな声を出してしまった。

「な、なんですのいきなり・・・何か見つけましたの?」

「海がすっごい綺麗だよ!!」

「え?」

 百合が指差したのは、月美の背後だった。

 そういえば月美たちは、最高に美しいと噂されるストラーシャのビーチのすぐ近くに来ているのである。月美は女学園島の内海うちうみをまだ学園案内の本でしか見たことがない。

「こっち来て! 早く早く!」

「ちょ、ちょっと・・・声が大きいですわ」

 幼子のようにはしゃぐ百合に手招きされて、月美は砂浜に足を踏み入れた。靴の中に砂が入らないように歩くのがなかなか大変である。


「わぁ・・・」


 小さく盛り上がった砂地を越えた先の光景に、月美は息を呑んだ。

 月美の遥かな頭上までそびえ立ち、花びらのような柔らかな濃淡を見せる空のブルーが、きらきら輝きながら静かな海面に映って、その間を白波に似た雲が風に吹かれて自由に漂っていたのだ。太陽で栓をされた巨大なガラス瓶の中にいるかのような幻想と、自分が鳥になったかのような解放感を味わい、月美は少し頭がくらくらした。

「すごいね、月美ちゃん・・・」

「そうですわね・・・」

 二人は美しく透き通る海と空に見とれた。

 三日月の形をした島に抱きしめられるように形成されている内海うちうみはほぼ完璧な円形であり、巨大な湖のようにも見えるが、月美たちの頬を撫でる風は紛れもなく海の香りである。ヨットの帆がたくさん浮いており、超遠浅な海を満喫する生徒たちの姿もあちこちに見えるが、内海が広すぎるので、それらは高原に咲いた小さな野花のように感じられた。この景色は恐竜たちの時代からほとんど変わっておらず、月美の頬を撫でている風も何億年も昔からこの浜に吹いているのかも知れない。

 なんだか月美は急に恐竜たちが身近に感じられた。

 月美は靴のまま波打ち際まで行き、握っていた小さな化石を、まぶしい白砂の上にそっと置いてあげた。

「ほら、懐かしい海ですわよ」

 貝の化石は透き通った小さな波の上でころころとダンスしたあと、ゆっくりとふるさとの海に帰っていった。



「ちょっと何!? 海に化石捨てたってこと!?」

「ちょっと手が滑ったんですのよ」

「それじゃあなた、0円よ! 見つけたものの価値で勝負してるの忘れてない? ていうか捨てるくらいなら私にちょうだいよぉ!」

 綺麗子は美しい巻き髪を砂だらけにしながら、まだ発掘作業を続けていた。

「百合は何か見つけたの?」

「綺麗な海を見つけましたよ♪」

「なによそれ・・・あなたも0円よ。桃香は?」

「誰かが忘れた靴下を見つけました・・・片方ですけど。えへへ」

 ダメダメ集団である。

「桃香さんが優勝ってことで、もう帰りましょうよ」

「なんで靴下が優勝なのよ。忘れ物の靴下の値段なんかマイナス100円よ。それにまだ全然太陽は沈んでないわ。私は最後まであきらめないわよ」

 綺麗子は結構根性があるようだ。

 仕方ないので月美も再びスコップを手に持ち、地層のそばをぶらぶら歩くことにした。桃香が拾った靴下のもう片方が見つかるかも知れない。



 しばらくして、事態は進展する。

「ん?」

 綺麗子は地面に突き立てたスコップの感触に違和感を覚えた。乾いた砂の下で、ちょっとした岩盤が割れたような感覚である。

「岩があるんだわ! ティラノサウルスかしら! 壊れてないといいけど!」

 彼女はドキドキしながら砂をかき分け始めたのだが、その直後、突然噴水のように砂が舞い上がり、「シュシュシュゥー!」という音と共に地面から風が吹いてきたのだ。近くで居眠りをしていたウミネコたちも飛び起きてキョロキョロしている。

「な、何これ! すっごーい!」


 ヘルメットや軍手を調達してきた翼先輩が、ここでようやく現場に到着した。

「やあ、遅れて申し訳ない」

「翼せんぱーい! 地面から風が出てきまーす!」

 楽し気な綺麗子の報告を馬上で聴いた翼は、一瞬ポカンとした顔をしたが、すぐに顔を青くして叫んだ。

「ま、待って! すぐにそこから離れなさい!」

「え?」

「危険かも知れない!」

 翼は機馬を走らせて綺麗子を救い、付近にいた生徒たちも避難させた。



「可燃性も毒性もないようじゃ」

 和服姿のままマスクをした科学者が、いくつかの計器を見比べながらそうつぶやいた。

 彼女はアヤギメ学区の生徒会長、浄令院じょうれいいん千夜子ちやこである。いつも眠そうな半目をした変わり者であるが、ローザと違ってまあまあ物分かりの良い生徒会長だ。

「可燃性?」

「運が良かったのう。これがもし有毒ガスじゃったら、お前が化石になっていたところじゃ」

 彼女は日本人形のような外見と、昔話に出てくるような喋り方に似合わず、最新の科学への造詣ぞうけいが深い。未確認のガスが噴出する場所を発見してしまったと連絡すると、アヤギメ学区から機馬車に乗ってすぐに駆け付けてくれたのだ。

「じゃが、正式に安全性が確かめられるまでは付近のビーチを立ち入り禁止にすべきじゃ」

「浄令院様、そのガスは一体何なんです?」

 綺麗子は月美の陰に隠れながら、現場の様子をうかがっている。

「自然界では非常に珍しいケースじゃが、おそらくヘリウムが多く含まれておるな」

「ヘリウムって何ですか?」

「風船の中に入れたり、声を変えて遊んだりするあれじゃ」

「あー! 大昔のパーティーグッズを掘り当てたってことですか!?」

「お前アホじゃな」

 浄令院様は毒舌で有名である。


 化石は見つけられなかったが、何かに活用できそうな気体の噴出口を掘り当てたことは確かである。綺麗子はちょっと得意げな表情で月美の横顔をチラッと覗き見てから、浄令院にこう尋ねた。

「先輩先輩! 私が掘り当てたこの気体はどれくらいの金額ですか!?」

「金額?」

「はい!」

「とりあえず1万ダリア。日本円にすれば約100万円じゃな」

「100万円!? ホントにぃ!?」

「本当じゃ。このガスを安全に管理していくのに必要な経費が毎月100万円じゃ」

 綺麗子は皆にアイスを奢った。

 

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