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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第1章 ルームメイト
13/126

13、夏服

 

「月美ちゃん♪」


 返事をせず、月美は廊下を歩き続けた。


「月美ちゃん♪」


 百合はにこにこしながら、月美のあとをついてくるのだ。


「月美ちゃん♪」

「あ、あの・・・学舎であんまりその呼び方しないで下さいます?」

 月美は頬を染めながら、小声で忠告した。

「誰もいないから、大丈夫だよ♪」

「でもさっき、教室でも月美ちゃんって言ってましたわ・・・」

「そっか。ごめんね、月美ちゃん♪」

「うぅ・・・」

 月美は超クールなお嬢様であり、百合もそのことをよく理解しているのだが、クールさと同じくらい優しさを持っていることがバレてしまっているため、百合はこのようにグイグイくるのだ。体育祭を切っ掛けに、二人は完全に友達関係になったわけだが、これまでの毎日の触れ合いからも、月美が優し~い女の子であることは明らかである。ちょっとくらいしつこく「ちゃん」付けして呼んでも、本気で怒られることはない。


「ねえ月美ちゃん♪」

「な、なんですの・・・」

「美術のテーマ、どうしようか」

 先ほど美術の授業があり、次回からは自分の好きな場所の風景画を描くことが知らされたわけだが、そのテーマを来週までに決めなければならないのだ。屋外でのスケッチ授業である。

「・・・別に、百合さんにお教えする必要、ないと思いますけど」

「一緒に描きたいなぁって思って♪」

「・・・じ、自分の好きな風景を描きますのよ。他人に合わせてたらろくなことになりませんわ」

「そうかな?」

「そうですわ」

 仲良し女子高生は往々にして自分の意思決定をサボり、友人と一緒に行動して、活動の本来の目的から逸脱しがちであるが、今回の場合、本人が楽しい時間を過ごすことが出来る場所が本人の好きな場所であると解釈するならば、決して間違った選び方ではないと言える。

「月美ちゃんと同じところで描きたいなぁ」

「もう・・・あきれた人ですわね・・・」

 困ったような顔をする月美を見て、百合はくすくす笑った。



 大教室に到着し、フランス語の教科書を机に出した月美は、巨大な黒板をぼんやり眺めながら、自分の好きな場所について考え始めた。ちなみに百合は当然のように月美のすぐ隣に腰かけており、二人のファンが遠巻きに集まってきゃあきゃあ言っている。月美は努めてクールな表情を保ち、百合への恋愛感情を心の奥底に封じながら考え事をした。

(んー・・・わたくしの好きな場所・・・)

 その場所の絵を描いているだけでカッコイイと思われるような、お嬢様度の高い題材を選びたいところである。

 この島は美しい風物に満ちあふれた奇跡の島なので、絵の題材は選び放題なのだが、その中でもちょっと意外なものを描いて注目されたいなと月美は思った。彼女はとにかく、人と違ったことがしたい系女子なのである。

(海の絵・・・は普通すぎますわ。花畑もきっと大勢が描きます。・・・学舎の絵は・・・これもありきたりですわね。ならば寮・・・これもインパクトに欠けますわ)

 建物はどれも非常に美しいが、題材としては一般的すぎて月美の感性にマッチしない。今日の放課後は題材の風景を探しに当てもなく彷徨さまようことになるのだろうか。

「ねえ月美ちゃん」

「ひ!」

 耳元でささやかないで欲しいところである。月美は耳が弱点なのだ。

「青い小鳥ちゃんの絵を描かない?」

「え? 時々見かける、あの小鳥ですの?」

 瑠璃色の翼が、月美の脳内で鮮烈にきらめいた。

「んー・・・」

 悪くないかも知れない。あの小鳥はかなり生意気で馴れ馴れしいやつであるが、外見はとても上品で素敵である。描き方によっては素晴らしい絵になるかもしれない。

「あ、でも、テーマは風景画ですわよ」

「あの青い小鳥ちゃんがいる風景ってことで、どう?」

「・・・なるほど」

 面白いかも知れない。何気ない風景であっても、あの美しい鳥が入り込んでいれば、一気に景色が引き締まり、絵の中に物語が生まれそうである。

 月美は窓の外の遠い雲を眺めた。

(あの小鳥、どこにいるかしら)

 とりあえず今日、探してみたほうがいいかも知れない。来週の美術の授業の時に都合良く姿を見せてくれるとは思えないので、今のうちに写真を撮っておくべきなのだ。



 しかし、意外と早く青い小鳥は月美たちの前に現れた。

 小鳥は、放課後の太陽を翼にポカポカと浴びながら、寮の前の噴水のそばで昼寝をしていたのだ。ちょっぴり歴史を感じさせる古びた風合いの大理石噴水は、日差しの中で雪のように白く輝いており、青い鳥のブルーがよく映え、とても絵になっていた。もうこの場所をそのまま題材にしてもいいくらいである。

「完全に寝てますわね」

「かわいいね♪」

「今のうちに写真を撮っておきましょう」

 月美はつい先ほど綺麗子から借りておりたカメラを取り出し、レンズ越しに青い小鳥をじろじろ観察しながらシャッターを切った。月美はあまりじっくりこの小鳥を見たことが無かったが、お腹のあたりがほんのり白く、丸っこい体がとても愛らしかった。

 一方百合は、月美の横顔を覗き込み、その表情をじっと観察していた。

(月美ちゃん・・・綺麗だなぁ・・・)

 もういっその事この人を題材に絵を描きたいなと百合は少し思ったのだった。



「お! あなたたち~何してんの?」

 寮の前で撮影をしていたため、当然知り合いが通りかかるわけである。やってきたのは、先に寮に戻っていた綺麗子と桃香であった。

「綺麗子さんのカメラでちょっと撮影会ですわ」

「ふーん、珍しいわね、月美が動物を撮るなんて」

「いろいろ事情がありますのよ」

 そう言って月美がふと顔を上げると、なんとそこにいた綺麗子と桃香は、夏服の制服姿だった。

「え! なんでお二人、夏服ですの・・・?」

「よくいてくれたわね! 来週から制服の移行期間でしょ。私は時代を先取りする女だから、試しに着てみたのよ。涼しくて気持ちがいいわ」

「風邪引きますわよ・・・」

 百合は月美の隣でくすくす笑った。


 夏服は冬服同様、とても美しい制服だった。

 体育祭の直後に各生徒に配られ、月美ももちろん既に持っているのだが、こうして誰かが着ているのを見ると、その魅力が10倍に感じられた。腰のくびれからスカートに向かって広がる美しいシルエットを硬めに保ちながらも、ブラウスの柔らかく透き通るような清涼感も表現し、そして細部に散りばめられた緻密な絵柄が隠し味となって、クールさと可愛さの融合を実現している。ブラックチョコレートのような硬派な冬服よりも、ちょっと可愛い印象だ。

(うぅ・・・これ、百合さんも着ることになりますのよね・・・)

 想像しただけで月美は胸がドキドキと弾んでしまった。ただでさえ美しすぎる百合さんが、これ以上可愛くなり、おまけに肌の露出が増えたら月美は気を失ってしまうかも知れない。来週からはさらに気合を入れてクールなお嬢様を演じる必要がありそうだ。


「桃香ぁ~~夏服最高よねぇ~」

「そ、そうだねぇ~・・・」

 綺麗子は桃香に抱き着いて、体をゆっくり左右にゆすった。桃香はちょっと困っている様子だが、幸せそうである。


 そんな二人の様子を見た百合は、少しうらやましく思った。

(綺麗子さんたちって・・・仲いいなぁ)

 百合はめでたく月美お嬢様と友人関係になることが出来たが、友人らしい振る舞いについてはまだ模索中なのである。「月美ちゃん」と親しく呼びかけられるようにはなったが、今のところはそれ以外に大きな変化はない。

(綺麗子さんの真似してみようかなぁ・・・)

 つまり、何気ないタイミングで、後ろから抱き着くということである。

(そ、そんなことできるかな・・・)

 相手は超硬派なお嬢様なので、これはかなり困難なミッションだ。

(でも、挑戦してみたい・・・!)

 百合はどうしても月美と親交を深め、友達というのがどういうものかしっかり味わいたいのだ。

 月美が小鳥の撮影に夢中になり、綺麗子たちが噴水の水を覗き込んで遊んでいるタイミングで、百合はカニのような横歩きでこそこそと月美に忍び寄った。

(よ、よし・・・綺麗子さんのように、何気なく。ふわっと優しく抱き着いちゃおう・・・)

 百合はそっと月美の脇腹に触れようとした。

 しかし、いざスキンシップをとろうと思うと、月美のクールな美貌と存在感が百合の五感に防衛攻撃を仕掛けてくる。月美の髪の香りや、すべすべの素肌、そして大人びた眼差しが、気軽に触れていい人間を見誤るなと訴えかけてくるように百合は感じたのだ。こんな綺麗なお嬢様に、軽い気持ちで後ろから抱き着くなんて出来ない。

(む、無理だよぉ・・・! なんか凄く、恥ずかしい・・・!)

 百合は月美の腰に伸ばした手を引っ込めた。


 その時、青い小鳥は不意に目を覚まし、すぐ近くであほみたいに騒いでいる綺麗子に驚いてダチョウのようなダッシュで逃げていってしまった。あの小鳥はなぜか空を飛べないらしく、いつもあんな感じで走っていく。

「あら・・・もう。綺麗子さんがうるさいから小鳥が逃げちゃいましたわ。でも充分撮れましたし、まあいいですわ。部屋に帰りましょう、百合さん」

「は、はい!」

 まるで悪い事でもした時のようなドキドキが、百合の胸の中で熱く弾んだ。



 月美がシャワーを浴びる音を聞きながら、百合は自分のベッドのへりに腰かけ、考えていた。

(どうやったら綺麗子さんみたいに大胆になれるかなぁ・・・)

 もう月美にとって綺麗子は友人関係の見本であり、師匠のようにすら感じられている。

(・・・そうだ。とにかく、綺麗子さんの行動を真似してみよう)

 千里の道も一歩から始まるわけだが、最初の一歩はとりあえず、師匠と同じことをしてみるべきかも知れない。


 月美のシャワーの浴び方はちょっと特殊である。

 フックにシャワーを掛けたまま頭からお湯を浴び、考え事をする時の知的で美しいポーズをとるのだ。これはお嬢様流の滝行みたいなもので、主に冷静さを取り戻したい時に行う瞑想の一種となっている。

(夏服、可愛かったですわ・・・)

 月美は先ほど見た綺麗子たちの夏服姿に、百合の顔を重ねて、一人でドキドキしていた。

(うぅ・・・来週までに心の準備をしなきゃダメですわ。百合さんが半袖になったら、私だけじゃなくて周りの生徒たちの身も危険ですわよ。気を失う生徒が絶対増えますわ)

 月美は自分のモチ肌ほっぺをペチペチと何度か叩いて気合を入れた。

(今夜から毎晩布団に潜ったら、半袖姿の百合さんを想像して、体を慣れさせるしかないですわね)

 免疫を作っていく作戦である。

(よし・・・)

 学園一の美少女と同室になってしまった月美の人生は、このように毎日が戦いである。月美は今晩からの方針をなんとか定め、シャワーを終えることにした。


 ライトブルーのネグリジェを着て身支度を整えた月美は、鏡の前で自分の容姿をしっかりチェックしてから脱衣所を出た。

「百合さーん、シャワー空きましたわよ」

 しかしそこには、月美の想像を絶する光景が待ち構えていたのである。

「お、おかえりなさ~い・・・」

「ひ!?」

 ドアの正面の壁にもたれ掛かり、少し照れたような顔をしている百合は、なんと夏服の制服に身を包んでいたのだ。

「なな、なんでそんな格好してるんです!?」

 電球色の温かな照明に横顔を照らされる百合の姿は、最高に美しい上にとても可愛く、おまけにちょっとセクシーであった。

「いや・・・えーと、綺麗子さんたちの格好見たら、私もちょっと着たくなっちゃって♪」

 百合はとにかく綺麗子の行動を真似てみたわけである。これによって月美に抱き着く勇気が出るとは思えなかったが、何かの切っ掛けになるかも知れないと思ったのだ。

(ゆ、百合さんの夏服・・・!)

 まさかこんなタイミングで見ることになると思っていなかった月美は、ひどく動揺した。まるで百合の水着姿でも見てしまったかのように、月美の顔はたちまち熱くなっていった。

(んー、やっぱり服なんか真似しても、意味ないかなぁ・・・)

 自分の腕をさすりながら、百合が後悔し始めた瞬間、事件は起こる。

 シャワー上がりに突然刺激の強い光景を目にしてしまった月美が、一時的な立ちくらみを起こし、その場にへなへなと倒れ込んでしまいそうになったのだ。

「あっ・・・!」

 百合は咄嗟に一歩踏み出し、月美の体を支えたのだった。

「大丈夫?」

「へ・・・」

 月美は状況を理解するのに少々時間を要した。

 彼女の体は百合の腕の中にすっぽり収まり、抱きしめられていたのだ。

(ゆ、ゆ、百合さんが・・・! わ、わたくしを・・・!?)

 月美は百合の肌の温もりと優しい感触に包まれながら、美しい瞳で見つめられた。自分の頬にかかった百合の髪の毛が、首元や鎖骨のほうへさらりと滑った感触に、月美は背筋せすじがゾクゾクしてしまった。

(わ、私今・・・月美さんをぎゅってしてる・・・)

 百合は嬉しさや恥ずかしさよりも、不思議な感動を味わっていた。体勢を少し崩したまま自分を見上げてくる月美お嬢様の瞳は、子猫のように愛らしく、桜色に染まった湯上りの肌は、思わず触れたくなるほど美しかった。


「月美ちゃん・・・可愛いね」


 神秘的とすら思える不思議な雰囲気に飲まれてしまい、少々判断力が鈍った百合は思わず、愛するペットに話しかけるような甘い声で本音を口にしてしまったのだ。

 こんなことを言われてしまった月美は、たまったものではない。

「は、は、放して下さいッ!」

「あっ、うん! ごめん!」

 倒れそうになったのを支えてもらったのに、月美はお礼も言わずに百合から逃げ、自分のベッドの上にバフッと飛び込み、うつ伏せのまま動かなくなった。ドキドキが限界値まで達し、耳まで真っ赤になった月美は、心と体を冷ます必要があったのだ。

 百合は自分の言動が急に恥ずかしくなり、月美と同じくらい頬を林檎色にして脱衣所の前をうろうろした。そして自分のベッドに戻ってうつ伏せに倒れ込み、枕に顔をうずめてしまった。

 二人とも同じポーズである。

(百合さんに抱きしめられて、しかも可愛いとか言われちゃいましたわあ・・・! ど、どうなってますのぉ!!)

(恥ずかしい・・・でも、なんだろう、私今・・・すごく幸せな気持ち・・・!)

 しばらくして落ち着いてきた百合は、ちょっぴり微笑みながら、月美を覗き見た。月美が怒っていないことは、百合にもよく分かったのだ。

「月美ちゃん♪」

 月美はビクッと反応したが顔を上げず、海岸のアザラシのようにもぞもぞ動いただけだった。

「じゃあ私、シャワー浴びてくるね♪」

 なんだか二人の関係が急に近くなったような感じがして、百合はとても嬉しかった。

 月美は、百合と友達になるということがどれだけ恐ろしいことか、そしてそれがどれくらい幸福なことかを同時に味わい、頭がパンクしそうだった。

「か・・・」

 けれど、月美もとっても幸せだったのである。

「勝手にして下さい・・・」

 月美は百合に対して出来なかった分、枕をぎゅうっと抱きしめなが、火照った声で返事をしたのだった。

 

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[良い点] もうさ、付き合っちゃえば良いのに… 今までで一番尊い回でした…ここまで何回尊死したのかわからないけど、20回は軽く超えてると思うな…()
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