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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第3章 田舎暮らし
115/126

115、スイカ

 

 百合はうっかり、本当にうっかり、愛の告白をしてしまったのだ。


 言葉を失って見つめ合う二人の間に、花火が4、5発打ち上がった後、胸いっぱいの大困惑と大後悔を抱えて、百合が立ち上がった。


「ご、ごめん・・・!!!」

「えっ」


 その場から逃げるしかなかった百合は、花火の色に照らされる梅園うめぞのの斜面を駆け上がっていった。何度も転び、ひざや手が土まみれになったが、彼女は止まらなかった。周りのお姉さんたちは花火に夢中だから、百合を気に掛ける者はいない。


(わあああああ!!! ま、まずいまずい!!! ど、どうしてあんなこと言っちゃったんだろう!!!!)


 人気ひとけが少ない境内けいだいの石畳まで逃げ帰ってきた百合は、肩で息をしながら、大きなイチョウの木にもたれ掛かった。

 鮮やかな花火が咲く度に現れる木陰が、石畳に黒い柱を何本も描いた。まるでステンドグラスがたくさん飾られた聖堂の中にいるような雰囲気である。百合はここで、たった一人で懺悔し、大好きな人との友情の終わりを寂しく見つめる以外に何もできなかったのである。


 百合の目頭は熱くなり、花火の色に輝く涙の粒がこぼれてきたのだった。




 ところが、偶然にも、この超重要場面を完全に目撃していた少女がいる。


 桃園商店の清純娘、桃香ちゃんだ。


「あ、あれ? 月美ちゃんと百合ちゃんが・・・離れていっちゃったけど・・・」

「え? どこデース?」


 桃香はキャロリンと二人で、石の灯篭とうろうにもたれ掛かって花火を眺めていた。境内の隅にあるこの灯篭からは、梅の庭園が見下ろせたわけだが、桃香は偶然、月美と百合の様子を見ていたのだ。


「百合ちゃんが今、こっちの神社のほうに・・・。月美ちゃんはあっちに残ってるよ」

「ん? なるほどぉ。う~ん」


 キャロリンはラムネの瓶越しに月美や百合の様子を見比べて、この状況を推理した。


「おお!! これはたぶん喧嘩デースねぇ」

「け、喧嘩!?」

「間違いないデース!」


 キャロリンは浴衣の袖を広げながら灯篭の周りを一周した。


「喧嘩はまずいデースねぇ!」

「でもさ、月美ちゃんたちが喧嘩するとは思えないんだけど・・・」

「桃香ぁ~、夏休みで起こる喧嘩には二種類しかないデース」

「え? 二種類?」


 キャロリンは桃香のほっぺに人差し指をむにっと押し当てた。


「一つ目は、海派と山派のバトルデース! 百合は海で泳ぎたいと言ったのに、月美が山でキャンプしたいと言って譲らなかったパターンデース」

「え・・・でも、そんなことであの二人が喧嘩するかな・・・」


 月美と百合の仲の良さは、鹿野里でナンバーワンのレベルであり、春に出会う前から親友だったかのような不思議な絆を感じさせている。夏休みの終わりに、夏に行きたい場所で言い争いになるというのもおかしい。


「まあ、月美は虫が嫌いなはずデスから、このパターンの可能性はないデースね」

「じゃ、じゃあ、喧嘩の原因は・・・?」


 キャロリンは桃香のほっぺに二本の指を押し当てた。


「二つ目はズバリ、スイカに掛ける調味料デース!」

「ス、スイカ?」


 21世のスイカはどれも甘いので、塩や砂糖を掛けなくても美味しいのだが、調味料を掛ける文化は一部の家庭に根強く残っている。二人の喧嘩の原因はこの調味料の好みの違いだとキャロリンは主張するわけだ。


「たぶん、百合はポン酢を掛けるんデース」

「え、スイカにポン酢!?」

「きっとサラダ感覚デース。塩を掛ける派の月美は激怒したわけデスね」

「で、でもそれ・・・キャロリンさんの予想でしょう?」

「いや、間違いないデース。百合のあの様子を見れば分かりマース。ポン酢大好きな横顔デース」


 キャロリンたちからクジラ一頭分くらい離れた境内の大木の陰に百合はいる。彼女の表情なんて全く見えないのに、なぜかキャロリンは自信満々だ。


「というわけで、スイカの調味料バトルを私たちのパワーで終わらせるデース!」

「えっ?」

「私は月美を百合のところに連れていくデース! 桃香は百合のところに行って慰めてあげてくだサーイ!」

「え、ええ!? ほ、ホントにやるの!?」


 キャロリンの行動力は世界レベルだ。




 その頃、石垣に腰かけたままの月美お嬢様は、目玉があるタイプのモアイ像によく似た無表情で、固まっていた。

 花火の輝きと夜の暗闇が、交互に月美を包み込み、夢と現実の狭間にいる彼女の夏を派手に演出している。


(どどどどどうしましょう!!!! 百合さんが、わたくしに!!! こ、恋・・・!? どど、どうしてですの!?!? い、いつからですのぉおお!! ひゃあああああああ!!!)


 全身で花火が炸裂したかのように猛烈に嬉しいのに、その喜びは奇妙な絶望と表裏一体であった。


 なぜなら、月美は「私も百合さんのことが好きでーす!」とは絶対に言えないタイプの少女だからだ。

 子供っぽいからという理由で好きなアイスの味すら主張できない月美が、恋愛感情を自らさらけ出すなど、逆立ちしたって出来ないわけである。


 そうなると、百合は一気に月美と距離を置いてしまうだろう。「私ったら、月美ちゃんに何てこと言っちゃったんだろう・・・」みたいな自己嫌悪に陥った百合が、心に冷たい隙間風が吹くわびしい秋を迎えることは、もはや決定事項だ。


 本当は両想いで、ラブラブな関係になれるというのに、月美のプライドのせいで、全てをのがしてしまうのだろうか。


「月美ぃい!!」

「ひいいいいいい!!」


 金色の花火三連発とほぼ同時に、梅の木の陰からキャロリンが飛び出してきた。


「月美!!」

「な、な、なんですのッ?」

「百合と喧嘩しちゃダメデース!!」

「え、喧嘩・・・!?」


 ただでさえ月美は混乱しているのに、状況はさらに複雑になってきた。


「もももも、もしかして今の話聞いてましたの!?」

「聞いてはいなかったデース。でもだいたい把握してマース!」

「ええええっ!!」


 月美は自分が裸になってしまったかのような恥ずかしさを感じた。

 キャロリンは瓶のラムネをクイッと飲んでから月美と肩を組んだ。


「まったく、月美は頭が固いデースねぇ~。百合を悲しませちゃダメデース」

「あ、頭が固いって、ななな何を言ってますの・・・!!!」


 キャロリンに恋の話をする心の準備など全くできていない月美は、動揺のあまり声がひっくり返ってしまった。


「あ、あんな事を言われて、ど、どう返事していいか、そんなの、わわ、分かりませんわよ・・・!」

「ん~、固い固いデ~ス。ビックリする気持ちは分かりマースが、もっと心は広~くするべきデース!」


 ちなみに、月美は恋の話だと思っているが、キャロリンはスイカに掛ける調味料の話をしている。


「さあ、百合に謝りにいくデ~ス」

「ええええええ!? 百合さんに!? 無理無理無理無理!! な、何を言えばいいんですの!?!?」

「何でもいいデース。相手の気持ちを尊重する、これが、大人のお嬢様デースよぉ!」

「そ、尊重って、そんな簡単じゃないんですけど・・・!!」


 キャロリンは「いいから来るデ~ス♪」と言って、月美の手を引いて歩き出したのだった。月美は目を白黒させながら抵抗したが、動き出したキャロリンはそう簡単には止まらない。祈りで地球の自転を止められないのと同じである。


(どどど、どうしましょう!!どうしましょううううう!!!)


 花火の輝きを背に斜面の道を上りながら、月美は頭をフル回転させたが、それはハムスターの回し車のような空回りを続けるだけで、この場を一挙に解決するような名案は生み出せなかった。人生には、心の準備ができるより早く行動しなければならない場面があるようだ。




 百合は、提灯ちょうちんが揺れる境内の隅で、誰にも知られずに、ひっそりと涙をこぼしていた。


「私・・・どうしてあんなこと・・・言っちゃったんだろ・・・」


 何も言わなければ、親友のままでいられたというのに、なぜ「月美ちゃんに恋してるかも」などと言ってしまったのか。うっかりでは済まされない大失態である。

 友達としてなら、百合は月美からかなり信頼されている自信があった。だからこそ、グイグイと迫って彼女を驚かせたり、冗談を言ったりもできたのだ。しかしあんな事があった後では、もう今まで通りの暮らしはできないだろう。

 ほんの数分でいいからタイムスリップしてやり直したい、そんな届かない願いが、百合の胸をきゅうと締めつけた。


「ゆ、百合ちゃん、こんばんはぁ~・・・」

「あ・・・桃香ちゃん」


 ぎこちない作り笑いの桃香ちゃんが現れた。百合は頬を伝う涙を浴衣のそでで拭った。


「百合ちゃんは、えーと・・・花火見ないの?」

「あ、うん・・・見てるよ」


 泣いている百合を初めて見た桃香は、キャロリンが言っていたようなスイカの調味料論争ではないことをすぐに察した。喧嘩というよりは、何か重要なトラブル、といった雰囲気である。


 なんと声を掛けていいか分からない桃香は、言葉の代わりにハンカチを差し出し、百合の頭を撫でてあげた。身長はほとんど変わらないが、桃香のほうが3つも年上なので、こういう時はお姉さんっぽいわけである。


「百合ちゃん、大丈夫?」

「う、うん・・・ありがとう」


 百合の目からはどんどん涙が溢れだした。事情も分からぬまま自分を慰めてくれる桃香の優しさが、胸に染みたのだ。


 するとそこへ、空気の読めないキラキラした声が駆けてきた。


「百合ぃいいい~~!!」

「わっ!! キャロリンさん?」


 百合は慌てて涙を拭った。


「百合ぃい!! 月美が百合に謝りたいらしいデース♪」

「え!!!!」


 キャロリンの背後にいる少女の姿を見て、百合は震えあがった。想像以上に月美との再会が早く、焦ったのだ。二人の夏祭りは、まだ終わっていないようだ。


「さあ月美~、百合にゴメンナサイするデース♪」

「あっ・・・う・・・」


 キャロリンに押されて、月美が前に出てきた。ステンドグラスの光に似た輝きの中で、二人は俯いたまま向かい合うことになったのだ。


(なな、何を言えばいいんだろうううう・・・!!!)


(どどど、どうすればいいんですのぉおおお!!!)


 二人は熱い熱い沈黙の中にいた。

 30秒にも満たない無言の時間だったが、二人にとっては映画一本分くらいの長さに感じられた。


 先に口を開いたのは、百合の方である。


「さっきは・・・ご、ごめん!」

「え! い、いや・・・その・・・!」

「ん? なんで百合が謝るデース? 自分の気持ちには正直じゃなきゃダメデース! 好きなものは好き、それでいいんデース」


 キャロリンはそう言うと、百合と月美の手をとり、そっと握らせた。


(ひゃっ・・・!)


 お互いの手のひらの温もりが、二人の緊張とドキドキを最高潮にまで引き上げた。キャロリンは本当にとんでもないことをしてくれる少女である。


「百合が何を好きになるかは自由デース! 月美は百合の気持ちを否定しちゃダメデスよネ~♪」

「ひ、否定なんてしてません・・・!」


 月美は百合と手を握り合ったままひそひそ声でキャロリンにそんな風に言った。


「じゃあ、その気持ちをハッキリ百合に言うデース♪」

「うぅ・・・!」


 この時百合は、キャロリンとやり取りをする月美の表情が気になってそっと顔を上げたのだ。


(あ・・・)


 月美は、花火の輝きの中でもハッキリ分かるくらい、赤面していた。


 そしてその直後、二人は目を合わせてしまったのである。


 恥ずかしがりながらこちらを見つめる月美の眼差しには、月美に恋をしていない人であってもドキッとしてしまうような色っぽさがあり、春の優しい朝焼けの中で静かに咲き誇る初々しい桃の花に似た趣きがあった。


 百合はこんなに潤んだ瞳で自分を見つめてくる月美を、初めて見たのである。


(つ、月美ちゃん・・・!!! も、もしかして、あんまり嫌がってないの・・・?)


 恋愛に関してはちょっと鈍感なところがある百合でも、さすがに月美の気持ちがほんの少しは感じられたわけである。少なくとも、「私、月美ちゃんに恋している」という言葉を、ネガティブに受け止めていない感じがするのだ。


 ほんの少し希望を感じた百合は、ほとんど無意識のうちに月美の手をきゅっと強く握り直した。


 それに応えるように、月美も手を握り返した。この時の心情は、実は月美のほうが必死だったかもしれない。


(百合さんお願いです・・・。どこにも行かないで・・・! わたくしもあなたのことが好きですのよ・・・! 大好きですのよ!!! 絶対言えないですけど・・・あなたに恋をしていますのよ・・・!)


 本当に不器用なお嬢様である。

 彼女の代わりに、一歩踏み出せる人間がいるとすれば、それは百合しかいない。


(月美ちゃんに・・・なんて言えばいいのかな・・・)


 恋心を悟られてしまった事実はもう変えようがない。だが、今までのような仲良しの関係も続けたい。この願いを叶えることが出来るかもしれない言葉が一つだけあるのだが、百合はそれを導き出すことができるだろうか。


「月美ちゃん・・・」


 里じゅうに響く花火の音は、ますます激しくなっていく。


「月美ちゃん・・・あのね・・・」


 この花火が終わってしまったら、もう言うチャンスは来ないかもしれない。そんな予感がした百合は、ついに意を決した。


「月美ちゃん・・・これからもずっと・・・好きでいて、いい?」

「うぅ・・・!」


 百合は今度こそ、本当の意味で月美に告白をしたのである。あっぱれな勇気だ。


 月美は上目遣いに百合を見つめたまま、しばらく何も言ってくれなかった。


 しかし、永遠にも思える一瞬ののち、彼女は左手の指先をそっと口元に持っていって乙女チックに照れながら、ついに、首をゆっくり縦に振ったのである。


(う、うなずいてくれたああ・・・!!!)


 夢だか現実だか分からない不思議な世界で、百合はただ、猛烈に速まった自分の胸の鼓動と、手のひらから伝わってくる愛する親友の体温を感じていた。


 すると、月美の様子を見たキャロリンが、首を傾げて笑った。


「ん? もしかして、月美も結構好きなんデース?」

「ち!! ちが・・・! そうは言ってないです・・・! ただ、す、す、好きなんだったら、ご、ご、ご自由にってことですわよ!!! 勝手に好きでいてください、わたくしは別にとめないですって意味です!!」


 それを聞いて、百合は本当に嬉しかった。


 嬉しくって涙が出た。


 これまで通りの関係を続けられる上に、恋心を隠さなくてもいいということである。

 しかも、もしかしたらちょっぴり、月美から好かれているかも知れないという状況だ。完全に恋人同士になったわけではないが、それにかなり近い、ほんわかした恋愛の形である。百合は幸せで、胸がいっぱいになった。


「良かったね、百合ちゃん!」

「う、うん・・・!」


 百合は桃香のハンカチでまた涙を拭いた。今度は嬉し涙である。


 大輪の花火が最後に連続で打ち上がった時、キャロリンが拝殿の小さな階段を駆け上がって声を張り上げた。


「ヨーシ! これで大解決デース!! ポン酢派の百合と塩派の月美、歴史的和解デースねぇ!」


 花火のフィナーレに沸く歓声の余韻が星空にこだましていく中で、百合と月美はキョトンとしてしまった。


「ん・・・?」

「え・・・?」


 そして二人は顔を見合わせたのである。


「ちなみにぃ、私はスイカには何も掛けないデースよ? 最後に残った皮はシャキシャキしててキュウリにも似てますから、マヨネーズつけてもいいですケドね~♪」


 百合と月美が恋愛の話をしていたというのに、完全にそれに気づかれてなかったことが分かって、二人は思わず吹き出してしまった。


「フフッ♪」


 そしてやり場のない幸福感を抑えきれず、いつの間にか百合は石畳を駆け出していた。月美はその後をなんとなく追いかけたのである。


「月美ちゃーん!!」

「な、なんですのっ・・・?」

「私お腹すいたー!!!」

「あら、まあ・・・」

「月美ちゃんはー?」

「まあ、わたくしも、ちょっとはお腹すきましたけど・・・」

「私、スイカ食べたーい!!」

「もしかして、ポン酢掛けますの?」

「掛けないよぉ!!」

「フフフ・・・!」


 二人で歩き出す新しい季節が、赤い提灯ちょうちんと夏の星座たちの向こうで、輝いているのが見えた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 大きく二人の関係が前進しましたね!次回も楽しみです❀.(*´▽`*)❀.
[良い点] キャロリンがとんでもないくらい最高の仕事してて笑った
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