103、水着選び
キャロリンの家はかなり新しく、とってもモダンな雰囲気だった。
「ここがリビングデ~ス♪」
「わぁ、広いね~」
「二人ともゆっくりくつろぐデース!」
「涼しい~♪」
百合と月美が案内されたリビングは、天井が吹き抜けになっており、大きな窓ガラスの向こうに綺麗なローズガーデンが広がっていた。綺麗に刈り込まれた白い薔薇のアーチが陽だまりで輝いている。
「ママー! 月美たち来たデース!」
キャロリンが窓を開け、庭にいるママを呼んだ。ちなみに、キャロリンのママはキャロリンにそっくりで、掃き出し窓からスコップを片手に顔を出した彼女の顔は、まさに大人になったキャロリンであった。
「オー! 月美と、それから、転校生の百合ちゃんデスねぇ?」
「は、はい!」
「今日はキャロリンからプレゼントがあるデースよぉ♪」
「えっ? プレゼントですか?」
「もー! ママ、それはまだ言っちゃダメデース!」
「オー、ソーリ~♪」
キャロリンママは笑いながら花壇に戻っていった。夏の庭いじりは午前の涼しい時間帯にやるに限る。
キャロリンはキッチンから持ってきたジュースをガラスのローテーブルに置きながら、百合たちの前で胸を張った。
「百合! 今ママが言っちゃったデスけど、プレゼントがあるデース!」
「ほんとに?」
「ハイ。月美にもあるデース!」
「あら、な、何ですの・・・?」
月美はソファーに腰かけてクールな顔をしている。何かをあげる、と言われても素直に喜びを表現できないのがお嬢様の難点だ。
「これデース!」
そう言ってキャロリンは、リビングの白い壁に手をつき、それをザーッと横にスライドさせた。この部屋の壁は、よく見るとクローゼットだらけだったのだ。
「じゃーん!」
そこには、ハンガーに掛かったたくさんの衣類が、24色の色鉛筆のようなグラデーションを見せて、たくさん並んでいた。服をプレゼントしてくれるということだろうか。
「私のママは、三日月植物の研究のほかに、ファッションデザインもやってるデース!」
「ファッションデザイン!? すごいね!」
「これはママとママの知り合いが作った水着デース!」
「え、水着!?」
そう、ここに並んでいるのはただの洋服ではなく、子供用の水着だったのだ。
「鹿野里に来て一年目の百合には水着が無いデース。この中から、好きなものプレゼントしまーす!」
「ええ!? いいのー!?」
「もっちろんデース!」
実は来週、水泳の授業があるのだが、鹿野里の学校の水泳の授業は、ちょっと変わっているのだ。
まず、学校にプールがないため、市街地にある別の学校まで行くのだ。夏休みに入る直前の週に一回だけプールを借りてしっかり泳ぎまくる、という、学習指導要領を若干無視した、画期的なカリキュラムである。鹿野里の子供たちにとっては遠足のような一大イベントだ。
「こ、こんな可愛い水着、授業で着てもいいの?」
「水着は自由デ~ス!」
年に一回しか水泳の授業がないので、そのためにスクール用水着を購入させるのは忍びない、という学校側の配慮により、水着は自由なのだ。キャロリンたちは毎年、自分の趣味全開の可愛い水着でプール授業に臨んでいる。
「月美にもあげマース!」
「え・・・キャロリンさん、お気持ちは嬉しいのですけれど、私はもう水着を持っていますのよ」
月美は4年生の時に買ったクールな水着を愛用しているのだ。
「月美ぃ、去年からどれくらい身長が伸びたデース?」
「え? さぁ、かなり伸びましたけど・・・」
「二年前買った水着なんか絶対ピッチピチデ~ス」
「そ、それは・・・たしかに・・・」
実は月美は少し前までかなり小柄なお嬢様だったのだが、この一年でグッと背が伸びたのだ。そのせいで今年は、去年着られたワンピースが小さくなっていたり、スカートが短くなっていたりして、衣料品で苦労している。
「遠慮しないで、月美も一着選ぶデース!」
「で、でも・・・いいんですの?」
「このあいだ初瀬屋に泊めてもらったお礼デース!」
「では・・・お言葉に甘えて」
月美は少し照れながら、クローゼットに向かった。
百合は非常にわくわくしていた。まるで月美と一緒に水着のお店に来たような感覚になったからだ。
「月美ちゃん! どんなやつにする!?」
「き、気が早いですわね百合さん・・・。まだ全然決めてませんわ。ゆっくり見ます。こういうのは」
「そうだよねっ」
百合は月美の邪魔をしないように彼女から少し離れ、左端から水着を見ていった。
水着は色ごとに別れており、形は様々である。
キャロリンママのデザインセンスが南国ビーチ的な方向性に偏っているせいで、競泳用の真面目なスタイルの水着はほとんど無かった。
(つ、月美ちゃんもこの中から選ぶの!?)
百合は目を輝かせながら月美の表情を窺った。すると、月美は案の定、削ったばかりの鉛筆の芯がポッキリ折れてしまった瞬間と同じような渋~い顔をしていた。
「あの・・・私もっと硬派な水着がいいんですけど・・・」
「ノーノー! もう6年生なんだからこれくらいは普通デース! 月美のクールさは色で表現すればいいデース!」
「むむ・・・」
照れている月美ちゃんはすっごく可愛いなぁと百合思った。
さて、月美がもじもじしている間に、百合は自分の水着を選ぶことにした。
最初はピンク系を見ていたのだが、ホワイト系の水着が並んだところに、百合の目を引く一着があった。
「お~、これ可愛い」
「お! それ私も好きデース!」
上と下で別れているタイプで、胸元が見えすぎないように大き目のフリルで飾られており、下は適度にボリュームがあるミニスカートになっているタイプだ。真珠のようなパールホワイトのラインが施されており、シンプルなようでいてしっかり可愛さもある、素敵な水着だ。
「これ、サイズはどうなんだろう」
「百合と月美のサイズになってるデース」
「あれ、私と月美ちゃんって、サイズ同じなの?」
「たぶん一緒デース!」
「へ~!」
百合はあまり意識したことが無かったが、百合と月美は体つきがかなり近いのだ。脚の長さも、おっぱいの成長具合もほぼ同じだ。
(じゃあ、この水着を月美ちゃんが選んでた可能性もあるのかぁ・・・)
そう思うと、百合は少しドキドキしてしまった。自分と月美ちゃんの体が、水着を通じてグッと身近に感じられたのだ。
「キャロリンさん、これ試着できる?」
「もちろんデース♪」
「じゃあここで着替えちゃお~っと♪」
百合がそう冗談を言うと、月美がビクッと飛び跳ねて驚いていた。こんな感じの猫がたまにいる。
「うそうそ♪ じゃあ、あっちの部屋借りていい?」
「どうぞデ~ス」
月美は照れているのか怒っているのか分からない可愛い顔で百合を睨んだ。
リビングの横に、お洒落な和室があった。真新しい畳の香りに包まれたこの部屋を、百合は更衣室代わりに使わせて貰うことにした。
(月美ちゃん、さっきビックリしてたなぁ♪)
目の前でシャツを脱ぐフリでもしてみれば良かったかなと百合は思った。そしたらもっと面白い反応を見られたことだろう。
百合はこのように、月美の可愛いリアクションを楽しんでいるが、あくまでも友人同士の親しいコミュニケーションを仕掛けているのみであり、月美が百合に対して抱く特別な感情に、百合は全く気付いていない。
そしてその特別な感情は、実は百合の中にも芽生えつつあるのだが、彼女はまだそんなことは全然自覚していないのである。
今のところは。
(さっそく着てみよっと♪)
百合は床の間の近くでシャツを脱いだ。
誰もいない和室とはいえ、ちょっと緊張した。プール用の巻きタオルが欲しいところである。
「どうです月美ぃ? 良いのあるデース?」
「今迷ってますわ」
月美は候補を二つに絞っていた。
初めは乗り気でなかった月美も、大人っぽい落ち着いた色合いと、美しいフォルムを持つ水着がいくつもあることに気付いてからは真剣に選び始めた。
「月美は意外とピンクが似合うかもデース。よく桃のジュース飲んでるのも何かの縁デスよぉ。あ、この水着はママが寝ぼけてる時に適当にデザインしたやつですケド、胸の谷間を見せつけるナイスなやつデース。それからこっちはママが酔っ払ってる時に作ったやつですけど、前後ろ逆に履いてもオッケーで、しかも暗い所にいくとほんのり光るデース!」
「ちょ、ちょっと静かにしていただけます・・・?」
月美はしばらく悩んだあと、両方試着すればいいと気づいた。和室は百合が使っているので、月美は一階のお風呂場前にある脱衣所を借りて着替えることにした。
さてその頃、百合は水着に着替え終えていた。
和室には姿見と呼ばれる縦長の鏡があり、この場で水着の似合い具合を確認できた。障子のついた丸窓から柔らかな光が差し込み、鏡の中の百合の肌をふわっと照らし出す。
「おー、いい感じ」
大人っぽい水着姿に、百合は自分でちょっと驚いてしまった。キャロリンママがデザインした水着がかっこいいというのはもちろんだが、百合自身がだいぶ成長したとも言える。来年の今頃は中学生なので、こういう水着が似合う年頃になったということだ。
お腹のあたりがスースーして少し恥ずかしいが、百合はこの水着をとっても気に入った。
ちなみに、百合は生まれつき水泳の才能がピカイチであり、引っ越す前の学校でも低学年の子に泳ぎ方を教えてあげたりしていた。今年もそういう活躍ができたらいいなと百合は思っている。
(そうだ! この格好、今から月美ちゃんに見せてみよーっと♪)
百合は偶然を装い、自分の水着姿をお嬢様に見せにいこうと考えた。きっと恥ずかしがってくれるに違いない。
水着に着替えた月美は、脱衣所にある洗面台の鏡を見て首を傾げていた。
(んー、かなりクールでいい感じですけど、もう少し露出が少ないほうがいいですわね・・・)
セクシーすぎるという点以外は完璧な水着である。
(いや、でも百合さんが選んだのもこんな感じの水着でしたわよね。じゃあ、これでいいのかしら・・・んー、迷いますわ)
ちなみに月美は買い物する時もこんな感じである。興味ないと言っておきながら、いざ選び始めるとかなりこだわるのだ。
百合は、和室の襖をそーっと開けて、顔だけを廊下に出した。
左を見ればキャロリンがリビングのソファに寝転んで流行りのアイドルソングを鼻歌で歌っており、月美の姿は見えなかった。
(月美ちゃん、きっとどこかで試着してるんだ)
百合は何気なく右側に目をやった。
(あ・・・)
廊下の突き当りには脱衣所があり、上部がアーチ型になったお洒落な入り口が見えたのだが、なんとその奥に、水着姿の月美がいたのである。彼女は百合に気付いておらず、洗面台の鏡を真剣な顔でじっと見つめながら、水着の位置を細かく調整したり、手で髪型を変えてみたりしていた。
月美は脱衣所のスライドドアを閉めていなかったのだ。もう少し奥の、お風呂場の前で着替えてから鏡のほうへ来たから、ドアを閉めるという発想にならなかったのだ。
(月美ちゃん、すごく・・・綺麗・・・)
この時百合は、不思議な胸の高鳴りを感じた。
脱衣所の奥にある楕円形のすりガラスの窓を背景にして、すらりと立つ水着姿の月美が、アールヌーヴォーの芸術作品のようで、あまりにも美しかったのだ。
そもそも百合は、月美と一緒にお風呂に入ったことがないから、こんなにも彼女が素肌を露出しているのを始めて見たのである。
(わぁ・・・)
このドキドキは、単なる高揚感と異なっていた。
まるで今自分が悪い事をしているかのようなスリルと、うっとりするような幸福感が、イチゴとバニラのソフトクリームのようにクリーミーに混ざり合っているのだ。その感覚に全身を支配されてしまった百合は、月美から目が離せなくなり、しばらくの間固まってしまった。
(わ、私・・・何してるんだろ)
我に返った百合は慌てて障子を閉じ、胸のドキドキが収まるまで和室で立ち尽くすことになった。いたずらしにいくどころではなくなってしまったわけである。
丸窓の柔らかな光が百合の足元の畳に舞い下り、和室を包む静寂には蝉の声が優しく降りしきっていた。
「キャロリンさん、私はこれにしますわ」
10分ほど経った頃、ワンピースに着替え直した月美が水着を持ってリビングに戻ってきた。百合に見られていたことなど、月美はもちろん知らないわけである。
先にリビングに戻っていた百合は、ソファーの上でキャロリンと一緒に『全国みそ汁図鑑』というシュールな本を見ていたのだが、心はずっと月美のことでいっぱいだった。百合はなぜか月美と目を合わせることができなかったが、月美が近くのソファーに腰かけたタイミングで、思い切って振り返った。
「月美ちゃん!」
「は、はい?」
「プールの授業、楽しみだね!」
月美は少しきょとんとしたが、すぐにいつものクールな顔になり、自分の髪をサッと撫でながら答えた。
「わ、私は、別に・・・楽しみじゃありませんけど」
「そうなの?」
「はい・・・」
「私は、楽しみ♪」
そう言って百合はすぐに俯いてしまった。もっとしゃべりたいが、いつもの調子が出ないのだ。
(なんか、照れちゃうなぁ~・・・)
先程の月美の水着姿が頭から離れない百合は、一人で照れ笑いをした。月美はそんな百合の様子を見て首を傾げたのである。
(・・・ん? どうかしたのかしら、百合さん)
普段とは攻守が入れ替わってしまった一幕であった。