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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第3章 田舎暮らし
101/126

101、夏のはじまり

 

「夏だああああああ!!!」


 朝の教室に、サングラスを掛けた綺麗子が飛び込んできた。


「な~んでエアコンなんか点けてるのよ! 子供は数の子よ!」

「・・・それを言うなら風の子ですわ。しかも意味が間違ってます」


 自主的に教室を掃き掃除している月美お嬢様が、クールなツッコミを入れた。


 いつもだったら月美を手伝って掃除を始めるはずの百合が、今朝は席についたままである。そのわけは、彼女のひざの上に、小学一年生のアテナちゃんが座っているからだ。


 アテナという少女は、月美と同じくらいクールな女の子であり、「綺麗子、寝ぐせひどい」とか「桃香、またおかわりしてる」など、ハッキリと物を言うタイプの少女なのだが、なぜか百合のことは信頼しており、近頃はスキンシップも多めだ。


「おはよう~アテナ! 今年の夏は南極に行きましょ!」

「行かない」

「氷たくさん取ってきて、かき氷屋を開くのよ!」

「無理」


 いつもこんな感じである。

 アテナは綺麗子を無慈悲にあしらいながら、百合の胸にぽよんと寄りかかった。華奢な体はふわっと温かく、腕はすべすべで、髪はハイビスカスみたいないい香りがする。


(アテナちゃん、可愛いなぁ♪)


 百合はアテナに嫌がられないように、そーっと彼女の頭に自分のほっぺを押し当てた。こんな感じの妹がいたらいいのになと百合は思った。


 そこへまた一人、今度はやや背が高い少女が教室に姿を現した。


「おはよう。なんじゃこの部屋、エアコンの効きが悪いのう」

「おはよう千夜子! エアコンは私がオフにしたわ!」

「なぜじゃ」

「エアコンなんて田舎者が使うものだからよ!」

「ならばなおさら使うべきじゃ」


 登場したのは、高校生2年生の千夜子だ。

 千夜子は神社の巫女さんであり、いつも眠そうな目をしているが、かなりのしっかり者だ。


 初瀬屋の月美、幼いアテナちゃん、そして巫女さんの千夜子は、鹿野里における「クール三銃士さんじゅうし」と呼ばれ、のんびりしすぎる鹿野里をキリッとまとめてくれる貴重な人材たちだ。


「ねえねえ、千夜子は夏休み何するの~?」

「特にないのう。神社の掃除と、気が向いた日は勉強じゃ」

「ふーん。今年は畑の草むしりするの?」

「農業の手伝いか、もちろんやるつもりじゃ。涼しい日があったら、綺麗子も手伝ってくれ」

「オッケー! アイスおごってね!」

「わかった」


 鹿野里は三日月野菜の栽培と研究という重要な使命を与えられた地域だから、そこで暮らす子供たちも農業の手伝いは頑張るようだ。


(私も草むしりとかやりたいなぁ♪)


 アテナを抱きしめながら、百合はちょっぴりワクワクした。


 百合は春夏秋冬どれも好きなのだが、日々濃くなっていく山の緑を目にしたり、小川の水面みなもに宝石を散りばめる日差しの強さを肌で感じるたびに、夏へのトキメキが増していった。鹿野里で迎える夏がどんなものになるのか、百合には想像もつかない。


(月美ちゃんと一緒に、花火とかしたいなぁ♪)


 浴衣姿絶対似合うぞと思いながら百合が月美に目をやると、偶然彼女と目が合ってしまった。月美は慌てて俯いて、同じところを何度も掃いた。


「今年は百合もいるからぁ、農作業もはかどるわね~!」

「そうじゃな。でも、朝の水やり程度にしておいたほうがいいぞ。昼間の草むしりは暑くて危険じゃ」


 ここで百合は、アテナの頭を優しく撫でながら綺麗子たちに質問することにした。


「ねえみんな」

「なに~?」

「この町って、夏祭りはあるの?」


 夏祭り・・・その聞き慣れない響きに綺麗子たちはキョトンとしてしまい、教室に不思議な沈黙が広がった。


 窓のすぐ外にやってきていた青い小鳥の「ピヨ~」という小さな声が、百合の耳にはっきり聞こえたくらいである。


 百合は何気ない質問をしたつもりだったのだが、鹿野里の子供たちにとっては衝撃的だったのだ。


「・・・え、夏祭りって、やれるもんなの?」

「神社があるから、夏祭りもあるのかなぁって思ったんだけど・・・」


 すると、みるみるうちに綺麗子の顔が晴れやかになっていった。


「それよ! それだわ!! 夏祭りよ!!! 何か足りないと思ってたけど、鹿野里には夏祭りがないのよ!!」

「確かに、言われてみればそうじゃな」


 綺麗子たちにとって、これは目からウロコだった。


 月美も綺麗子と同じくらい衝撃を受けたのだが、彼女は驚いた表情を人に見せないための特別な訓練を積んできたプロのお嬢様だから、涼しげに掃除を続けている。

 そして何か知的なことを言うために、頭をフル回転させるのだ。


「千夜子さん、確か何十年か前までは夏祭りがあったんじゃありませんでしたっけ。学校の資料室で昔の写真を見かけましたのよ」

「よく知っているな月美。100年近く前の鹿野里は普通の農村としてそれなりの賑わいを見せていたようじゃ」


 今さらだが、千夜子さんのしゃべり方は時代劇みたいだなと百合は思った。


「昔はあったのー? じゃあどうして夏祭り無くなっちゃったのよ」

「綺麗子も知っているじゃろう。この里は今でこそ人が増えたが、一度限界集落となったのじゃ。人がいなくなりすぎて、祭りどころではなくなったのじゃろう」

「なるほど。でも今は三日月農業のお陰で人口が戻ってきたと」


 綺麗子はサングラスを人差し指でクイッと上げた。


「っていうことは~!?」

「今なら出来るかも知れんな、夏祭り」

「うっひょおおおお!!!! 夏祭り復活ね!!!!」


 綺麗子は百合に駆け寄って彼女の手を握り、「百合あなた天才よ!!」と言った。百合の膝の上のアテナがちょっとイヤそうな顔をしている。


 綺麗子のサングラスに映った自分の顔を見て、百合は照れてしまった。

 鹿野里に来てからというもの、いつも誰かの後ろについていくばかりだった受け身の百合が、新しいイベントを起こす切っ掛けとなれたことが、妙に誇らしく、嬉しかったのだ。



「おはようデース!」


 キャロリンと桃香が、車椅子のルネを押して教室に姿を現した。綺麗子はすかさず3人に駆け寄り、胸を張った。


「キャロリン! 桃香! ルネ! 今年の夏は、神社で夏祭り開催するわよ!!!」

「おー! 了解デース!!」


 キャロリンの物分かりの速さは尋常でない。


「巫女さんの千夜子が仲間なのは心強いわ! けど、開催には全員の力が必要よ!」


 綺麗子は黒板に大きく「夏まつり!」と書きなぐって教壇に両手をドンとついた。


「皆で手分けして準備するのよ! 大人たちも巻き込んで、最高の夏祭りにしましょう!!」

「おーっ!!!」


 美菜先生が教室に顔を出す頃、教室は早朝らしからぬ異様な盛り上がりを見せていたのだ。





 さて、子供たちがそわそわしながら午前中の授業を頑張っているころ、ローザの喫茶店にお客様が来た。


「いらっしゃいませー♪」


 解放感のある大きなガラス窓付きのドアが開いた時、ローザはカウンターキッチンの奥でお皿を洗っていたのだが、入店してきた人物のただならぬ美しいオーラに気付いて慌ててカウンターに顔を出した。


「素敵なお店ですね」

「初瀬様ぁ! ようこそカフェ・シュガーローズへ♪」

「お邪魔いたします。私のことは、銀花と呼んで下さって構いません」


 ローザは引っ越してきたばかりの時に既に初瀬屋の女将である銀花に挨拶を済ましていたのだが、カフェに銀花がやってきたのは初めてである。ローザはいつも自信たっぷりで、人を食ったような態度をしている女であるが、銀花と二人きりになるとさすがに少し緊張してしまう。


「ホットのレモンティー、あります?」

「ございます♪」

「ではそれを」

「ありがとうございます♪ ただいまお作りしますわね」


 偶然にも、ローザが一番得意とする飲み物を注文してもらえたので、ローザは使い慣れたティーポットを手際よく操ってお茶を淹れていった。ちなみに茶葉は香り豊かなアールグレイだ。


「先日お電話でもお願いしましたけれど、月美と百合をローザ様の図画工作教室に入会させますから、よろしくお願いしますね」

「はい。楽しい教室になるよう頑張りますわ♪」

「今日はそのご挨拶も兼ねて、参りましたのよ」

「そうでしたか♪ ありがとうございます」


 ローザの図工教室の記念すべき初回は今日の放課後なのだ。

 数時間後、このカフェの一角が図工室となり、大きなテーブルは子供たちの創作意欲が翼を広げて飛び立つ滑走路に変身するわけだ。


「お待たせいたしました♪」

「ありがとうございます。まあ、いい香り」


 レモンティーを味わいながら店内をゆっくりと見回す銀花の様子に、ローザはドキドキした。


(いや~ん! なんて美人なのぉ~!!)


 ぜひとも銀花と仲良くなりたいとローザは思った。


「銀花様、ちなみに今日の教室は、フォトフレームを作ろうと思っています。こんな感じの♪」

「あら、とても可愛らしい」

「女の子4人なので、可愛い作品がウケるかなと思いまして♪ 既成の木枠に好きな色を塗った後、貝殻やシーグラスを貼るだけの簡単な作品ですが、今日は最初なので、皆と仲良くなることに重きを置こうと思いますわ♪」

「そうですか。ローザ様の教室、楽しそうです」


 銀花は手の中のティーカップに視線を落とし、夕焼け色の紅茶の中で泳ぐ輪切りのレモンをしばらく見つめていた。出窓を飾るレースのカーテンから、シルクのように繊細な白い光が降り注ぎ、銀花の長い黒髪を星空のように輝かせている。


「ねえローザ様」

「はい♪」

「少しずつ、年末の天気が悪くなっていると思いません?」

「・・・え?」


 銀花の声色はとても穏やかで、そこに強い感情が乗っているようには感じられなかったが、珍しくローザの瞳をしっかりと見つめながら尋ねてきたので、ローザは少々動揺した。しかも、その質問の意味がよく分からないのだ。


(気候変動とか、そういう話かしら・・・?)


 だとするとこれはあまりに唐突で、脈絡のないセリフである。もしかしたらクイズかも知れない。


「年末の・・・お天気が、どうかしました?」

「ごめんなさい。なんでもありません」


 ローザのリアクションを確認した銀花は、そっと微笑みながら紅茶を飲んだ。実にミステリアスな女性である。

 ローザの故郷の話や、初瀬屋の日常の話などに花を咲かせた後、やがて銀花は去っていった。




 昼下がりになると、綺麗子の母も喫茶店を訪れ、図画工作教室に通う娘をよろしくと挨拶していってくれた。


 綺麗子の母には特にミステリアスな様子はなく、近所の気さくなママといった感じであった。元気すぎる綺麗子が何か悪さをしたり言うことを聞かないことがあれば遠慮なく叱って下さい、ということだった。パワフルなママである。




 その後のローザは、放課後の図工教室に向けて準備を始めた。

 ローザはとんでもない女好きであり、目的のためには手段を選ばない冷徹なところがある危険人物なのだが、意外と仕事は真面目にやるタイプであり、お金をもらって生徒を預かる以上、満足して貰えるように頑張るのだ。


(喜んでくれるかしら、ルネちゃん♪)


 ローザはとにかく、車椅子のルネちゃんのことで頭がいっぱいだ。

 電話で彼女の母と話した時は、体調が悪くなった場合の連絡先など、業務連絡に終始してしまい、ルネがどんな子なのか尋ねることができなかった。


(あの子、笑ったらきっと素敵だわ♪ 絶対私に夢中にさせちゃう♪)


 ローザは早くも乙女のハートをもてあそぶ気満々であり、襟元のボタンを一つ外して、セクシー度をアップさせた。


(私が本気を出せば、どんな子でも私にメロメロになっちゃうんだから♪)


 子供相手に何を考えているのか。本当にどうしようもない女である。



 さて、可愛いフォトフレームの材料たちを種類ごとに手芸用の小さなケースに入れ、テーブルの上を綺麗に整えたローザは、店の外に出て少女たちを待つことにした。そろそろ約束の時刻なのだ。


 真新しい夏の香りに乗って、少女たちの声が聞こえてきたのはその直後だった。


「ローザさーん!」

「ローザ先生~!」


 降り注ぐ木漏れ日の向こうから、少女たちが笑顔で駆け寄ってくるのだ。一人は車椅子だが、皆良い笑顔である。可憐な美少女たちに囲まれて暮らせるなんて、我ながらいい仕事を選んだとローザは思った。


 ローザが「こんにちは~皆~、今日は可愛いフォトフレームを作るわよ~♪」と言いかけた時、目を輝かせた少女たちが彼女を取り囲んで言った。


「ローザ先生っ! お神輿みこしの作り方教えて!!」

「え?」

「盆踊りのやぐらみたいなのも作ってみたいんですけど!!」

「釘を使う工法で構いませんのよっ」

提灯ちょうちんも200個くらい作りたいわ!!」


 ローザは少々、鹿野里の子供たちのワイルドさを舐めていたようだ。


 この里の乙女たちが夏に懸ける熱い想いは、小さなフォトフレームなんかに収まりはしないのだ。

 

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