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オワタ流剣術  作者: 上崎モノ
2/3

2話 虫ケラニ殺サレ

 気が付くと背を地面にして空を見上げていた。

 さっぱり状況を飲み込めない。

 ついさっきまで祖父の部屋にいたはずだったが、錆びた刀の柄を掴んだ瞬間、不思議なことに一瞬で辺りは森に変わってしまったのだ。


 ただ、変わったのは周りだけで、僕自身の変化は何も無かった。学校から帰ってそのまま祖父の部屋に寄ったために学ランを着ていたが、特に変わっている様子はなく、右手にもまだ錆びた刀を手にしていた。


 祖父の部屋では睡魔に襲われていた僕だったが、驚きのあまりすっかり目は冴えわたっていた。いや、むしろこれは"明晰夢"というやつで、実はもう夢の中なのかもしれない。確か、明晰夢とは自分で夢を見ていると自覚しながら見ている夢のことだったかな。


 一面が森に変わってからどれくらい経ったかわからないかったが、とりあえず周辺を探索してみることにした。その行動は、何処かもわからないような場所に一人きりという不安感に耐えられなくなったからなのか、憂鬱だった日常から脱することが出来た嬉しさによって駆り立てられた好奇心からなのかは、自分でもよくわからなかった。


 円を描くように歩いて探索していると、大きく開けた場所に出た。腰を掛けるのに丁度いい岩があったので、休みつつも状況を整理していくことにする。


 ……まず、ここは恐らく夢の中なのだろう。というか、それしか考えられない。一瞬で別の場所に移動する技術なんて聞いたこと無いし、そもそも真夜中だったはずなのにすっかり明るくなっている。

 ただ夢にしては意識がはっきりしていることだけ疑問なんだよなぁ。


 そして、こんな状況のきっかけとなった錆びた刀なのだけれども、調べてみても特に何か変わったところは見受けられなかった。ちょっと重くて邪魔だから置いていきたい。

 でも、これうちの家宝みたいだから、置いて来たら祖父に怒られるだろうなぁ……。

 あっ、でも夢だから別にいいのかな?


 休憩を挟み、大分落ち着いてきた時のことだった。

 何時からか一定間隔でズドンと地響きが鳴りだした。始めは感じられないほど小さなものだったが、徐々にその大きさは増していった。


 僕は少々不安を感じ始め、姿勢を低くして岩の影に身を潜める。出来るだけ小さくなったつもりだったが、全身が入りきっておらず、一目でわかるほどバレバレな様子だったことは自分でもわかった。

 でも、気休めでも不安感を取り除くためにこうしていた方が落ち着くため、その状態のままジッと音の正体を待つ。


 ゴゴ……ズオオオオオ……


 は? ふざけんな。なんだよ、あれ……!

 僕が目にしたのは、森の木々と同等の高さと大きな体を持つ"巨大な蜘蛛"だった。

 あまりの迫力に足が震えだし、身体は石のように硬直してしまう。

 不意にその化け物に殺されて食べられる自分をイメージしてしまい、更に恐怖心を煽る。


「……大丈夫。あの化け物からすれば僕なんて石ころみたいなものだ。きっとそうだ……だから大丈夫……」


 僕は自分に何度もそう言い聞かせた。

 巨大な蜘蛛がこちらにどんどん近づいてくるが、逃げずに息を殺してその場に留まる。移動の度に聞こえる大きな足音と共に、何か大きなものをを引きずる音も聞こえてきた。


 段々と巨大生物の全貌が見えてきたところで、昔にネットで見たタランチュラという種類の蜘蛛に似ていると感じた。正にそんな姿形をしている。

 ただ、1つ違う点を挙げるとするならば、今見ている蜘蛛は死の危険を感じさせるほどの大きさをしているところだ。踏まれただけでも死んでしまいそう……。


 握っていた刀にぎゅっと力が入る。

 蜘蛛は既にすぐ近くまで来ていた。ずっと直進してる様子からして、幸いまだ僕には気付いていないのだろう。


 ふと、蜘蛛の右前脚がズドンッと大きな音を立てて、目の前へと落ちてきた。

 恐怖で声も出ず、心拍数がとても高まっていくのを感じられた。

 僕に気付いてはいないけど踏み潰される可能性がある。でも、動いた拍子に見つかってしまうかもしれない。どうしよう、どうしよう……!

 肝心なときに優柔不断な僕は、その場から離れたいという気持ちが急いでしまったのか、中途半端に岩影からはみ出してしまう。その刹那――――


 キュィイイッッ


 蜘蛛は突然奇声を発し、こちらへ素早い動きで方向転換して、沢山付いている目のような物を赤く光らせた。

 逃げなきゃ!! と思うのが先か、体が動くのが先かわからなかったが、一目散にその場から離れるように走っていた。

 蜘蛛はすぐには動き出さなかったが、僕との距離が開き始めると追い始めた。本気を出せば余裕で追いつける速さを持っているだろうことから、獲物である僕で遊んでいるかもしれない。


 僕はなるべく細い通りや木々が多い道を駆け抜ける。小さい身体を活かし、上手く隙間を潜り抜けて少しでも長く時間を稼ごうと考えていた。

 しかし、振り返ってみると蜘蛛は木々をなぎ倒しながら僕が逃げる方へ進んでいた。あまり効果はないようだ。


 嫌だ。嫌だ、死にたくない……!!

 自分の中の本能がそう訴えかけていた。


 死が迫っている現実から目を背けることに身体が反応したのか、一瞬だけ目を瞑ってしまう。その行為が判断を鈍らせ、大きな木を目前にして避け切れない速さで突っ込んでしまう。


 まずった……。これはもうダメかもしれない……。

 諦めながらも、足掻きとして持っていた錆びた刀で目の前の木を斬り付ける。すると……。


 スパンッ


 思わず立ち止まった。なんと自分の身長と同じくらいの直径を持つ大きな木を、いとも簡単に切断してしまったのだ。

 この刀、もしかしてとんでもない切れ味を持ってるんじゃないか!


 一気に希望が湧いてきたが、それでも攻撃を相手の蜘蛛に当てなければ意味はない。

 こうしている間にも蜘蛛はどんどん僕との距離を詰めていく。どうすればいい、考えろ……!

 ……考える、か。突如、祖父が言っていたあることを思い出した。


緒和多(おわた)流剣術の真髄は"戦略"じゃ。どんなに過酷な環境や著しく変化する状況においても対応できるように、常に頭を働かせて最善の行動をする。これが緒和多流剣術の基本的な本質なのじゃよ』


 戦略……。よくわからないけど、要するに周りにあるものをよく考えて使えってことだろ?

 頭をフルに使って考えろ、僕。

 生き残るためにはどうすればいい!?


 周りにある物は、木、草、岩、枝、蔦。武器は切れ味抜群の錆びた刀。これらを上手く使うんだ。

 幸いあの化け物との距離はまだ少しある。逃げ切れる可能性が低いというなら、逃げずに最後の賭けだ……!!





 仕掛け終えた僕は、全力で走っていた。そう、先ほど走っていた方向とは"逆"へ。

 横目で動きを確認しながら、ぐるっと回りこむように蜘蛛の横を駆ける。

 周りに障害物が多いおかげか、こちらには全く気付いていなさそうだ。よかった、一安心だ。


 やがて蜘蛛の動きが急にピタッと止まった。ここからが勝負だ。



 僕は既にトラップを仕掛けていた。それは僕自身の"ダミー人形"だ。

 まぁ人形というにはいささかチープなものだけども。


 土台として岩を数個置き、蔦で十字に固定した枝を間に差し込む。その枝に学ランの上着を履かせるように袖を通す。ただそれだけの簡易的なダミーだ。

 このダミー人形が有効だと思ったのには、2つのポイントが関係してくる。


 1つ目は、最初に僕が岩に入りきらないようなバレバレの状態だったにも拘らず、その場から動いて初めて蜘蛛に認識された状況が関係している。これは、恐らく蜘蛛の目はそこまで良くなく、動き回るものをぼんやりと獲物として認識しているのではないかと推測した。

 つまり、獲物となる対象が止まった場合を含めて、"獲物を目で追えない時は別の方法で動きを認識する"はずだ。


 そして2つ目。実は、仕掛けを作っている時に初めて気が付いたことが関係している。逃げていた時には必死で気付いていなかったのだけども、僕が着ていた学ランの上着に、腕の細さほどの蜘蛛の糸が付着されていた。障害物が多くて僕を目で追えない中で後をついてこれたのは、この糸を頼りにしていたからだろう。


 以上2つのポイントから、奴は"獲物を目で追えない場合は糸でマーキングして追いかける"ことで、動きの見えない相手でも追うことが出来るのではないだろうか。

 裏を返せば、こちらは付着している糸をどうにかしてやれば視界を奪うことが出来る。


 だから僕は、糸が付着している上着を使ってダミー人形を作った。ダミー人形は動かないから、簡単に正体が僕ではない事を認識できないはずだ。

 このトラップが上手く作動すれば、少しの間ダミー人形の前に蜘蛛を足止めさせることが可能になる。


 問題は足止めした後にどうやって攻撃するかだった。

 『木に登って上から飛び降りつつ突き刺す作戦』は、かなりの高さが必要のため、失敗すると地面に叩きつけられ下手したら死んでしまうのでやめた。

 『脚を斬って動きを止める作戦』は、脚を斬った後に暴れまわることが予想され、簡単に潰されてしまうかもしれないからやめた。


 だったら残る最後の選択肢は――――



 目的地に着いた僕は足を止めた。

 ビンゴ。

 予想通り、蜘蛛の腹部はベッタリと地面に密着していた。


 蜘蛛が移動する際に何かを引きずる音がしていたことから、もしかしたら腹部は大きな重量が原因で浮き上がらないのではないかと考えていた。

 方向転換がやけに早かったのも、この重い腹部を軸にしていたからなのだろう。

 大きくて動きが鈍いのであれば恰好の的だ。

 ――――この腹部を斬れば僕は勝てる!


 両手で錆びた刀を持ち、部活でいつも行っているように構える。その姿は自分でも割と様になっているんじゃないかと思った。

 ……今だけは、僕を剣道部へ誘った先輩たちに感謝しておくよ。

 蜘蛛は未だダミー人形に気を取られているのか動く気配が無かった。このチャンスを無駄には出来ない。


 心を静めろ。確実に一撃で致命傷を与えるんだ。

 僕は覚悟を決めて、刀を一気に上まで振り上げる。


「てええぇぇえいやぁ!!!」


 叫び声と共に、力いっぱい斬り付けた。

 直後に一切の摩擦を受けることなく、気持ちいいほどあっさりと蜘蛛の腹部を引き裂く。

 その威力は予想をはるかに超えるものだった。


 切り口は刀身の触れていない蜘蛛の胴体をも裂き、頭の少し前まで真っ二つに分かれた。

 蜘蛛は奇声を上げること無く絶命した。神経がまだ通っているのか、脚だけが一定間隔でビクビクと動いている。


 や、やった……。

 僕は生き残ったんだ!


「ハァッ……ハァッ……緒和多(おわた)流剣術、ちょっとわかったかも……」


 気が緩んでその場にヘタッと座り込んだ。

 ……それにしてもとんでもない斬撃だ。

 それは物理的には不可能な深さまで斬り裂かれていた。持っている刀の切れ味が鋭い、ってだけじゃ説明がつかないな。


 まぁそんなことは後から考えればいいや。今は休もう。

 そう思っている時のことだった。後方から複数人の話し声と、こちらに走って向かってきているような音が聞こえ始める。

 こんな森深くに人がいたんだなぁ。と僕は不思議に思うこと無く、勝利の余韻に浸っていた。

 どんな人か少し気になったため、声の聞こえる後ろの方を振り返った。その時のことだった。


 キイィィッキイィィッ


 聞き覚えのある奇声。それよりも少し甲高い奇声が四方八方から漏れだした。

 再度、巨大な蜘蛛の死骸を見る。

 すると、引き裂かれた巨大な蜘蛛の腹部から、小動物ほどの大きさの"子蜘蛛"が辺り一帯に溢れ出ていた。


 は、はは……。もう動けないぞ……。

 来るな……。頼む、来ないでくれ……。


 子蜘蛛は気味が悪いほど沢山の数で、隙間なく広がるように散りだす。

 僕は座りながら思わず後ずさりした。

 気力で立ち上がろうと地面に手を突いた頃には、あっという間に囲まれてしまった。

 そして、巨大な蜘蛛よりも速い動きで、十数匹ほどの数の子蜘蛛が襲い掛かってきた。


 キシィィイイ


 何匹かの子蜘蛛の体当たりが僕の腹部を直撃した。と、同時に強い痛みを感じる。

 ぐちゃあ、という音がした腹部の方を見た。大きめの円形の穴がポッカリ空いていることに気付き、身体の一部が消失していたことを知る。


 え? え? え?

 痛い。熱い。熱い。痛い……痛い痛い!!


 強烈な痛みと共に、叩きつけられるように仰向けで倒れた。

 無意識に身体に空いた穴に手を当てるが、鼓動のリズムで血が噴き出てくる。

 僕は痛みによってその場で悶え苦しむ。あまりの痛さに声は出なかった。

 そんな僕を子蜘蛛たちはお構いなしに踏みつけて散り散りな移動を続けた。


 あ、ダメだ。これ死んだ。

 意識は次第に遠退いていき、身体も動かず、全身に寒気が襲って来る。


 遠退く意識の中で、先ほど聞こえた声の主が、僕に群がる子蜘蛛を追い払う様子が見えた。

 その後、僕の方へ駆け寄り、何の言語かわからなかったが心配そうに必死で呼びかける。

 大柄な男だった。ごつごつとした顔つきと肉体が視界に映る。


 ……最期に見るのがこのおっさんの顔か。

 ……どうせなら可愛い女の子が良かったわ……。


 既に僕は僕を諦めていた。

 しかし、大柄な男は諦めるなと言わんばかりに、僕に呼びかけることを止めない。


 ……無理だって。腹に風穴空いてんだぞ……。

 ……なんでこいつ、こんなにも悲しそうな顔してるんだ……。


 結局、意識が途切れる最後の最後まで、男は傍から離れようとはしなかった。

 死ぬってわかってんのに。バカな奴だなぁ。

 ……まぁ。僕がこいつみたいに、赤の他人でも必死で助けようとする優しさがあったなら……。

 少しはましな人生を送れていたのかな……。


 ――――こうして、僕は死んだ。





 あぁ、僕は死んだのか。

 あれだけ痛いのなら、もしかしてこれは夢ではなくて現実なのかもしれない。

 ……そうだったら嫌だなぁ。


 僕はこれからどうなるのだろうか。

 死んだ後は何処へ行くのだろうか。

 そんなことどうでもよかった。


 恨んだのは自分の浅ましさ。

 巨大な蜘蛛をダミー人形で欺くことに成功して舞い上がっていた。

 何でも斬れる強力な力を手に入れて、いつの間にか慢心していた。

 だから僕はいくらでもあった"逃げるチャンス"を棒に振った。


『やり直したいの?』


 やり直したいさ。

 そして、過去の自分を叱責するんだ。 

 お前の思い描くサクセスストーリーは存在しない。これまでの人生のように、惨めで、卑屈で、身の程をわきまえた選択をすべきだ、ってね。


『うーん。君は自分のことが嫌いなのかな?』


 あぁ、嫌いだね。

 夢も何もなく、何のために生きるわけでもなく、かといって死ぬのは恐い。

 そんな僕だからこそ選択をいつも間違える。


『でも、君にしか出来ないことだってあるよ』


 僕にしか出来ないこと?

 ……そんなものはない。


『そうかな? きっと君自身が気付いてないだけじゃない?』


 まさか。

 僕のことは僕自身が一番よく知ってる。


『そっか。じゃあさ、助言してあげる! 君は誰かの力を必要とするだろうし、誰かから力を必要とされるだろう。そんな時に一番大事なのは、"自分自身を認めてあげる"ことだよ』


 自分自身を認める?

 ……どういうことだよ。


『どういうことでしょう!』


 はぁ? なんなんだよ!

 からかってるのか?

 助言ならもっとわかりやすく言え!

 ……というか、お前は誰なんだ!


『さぁ、誰だろうね! ……あ、もう時間が来てしまったみたい。また今度話すからさ、今は眠っておきなよ。随分疲れて眠いんでしょ?』


 確かに眠い……。

 思えば何度も休息を邪魔されてきたしな。


『良い夢見てね。それじゃあ、おやすみなさい。また"後で"』


 "後で"って、僕死んでるんだけど……。

 もしかしたら声の正体は、死後に現れる天使なのかもな。


 まぁいいや、おやすみなさい。

 来世は僕以外の人間でありますように……。

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