悪役令嬢は、桔梗の花に想いを乗せて……
「あなたなんて、こちらから願い下げですわ」
わたくしがこう言ったときの、あなたの顔が忘れられません。
「でも、惜しいことをしましたわね。もう少しであなたの家が手に入るところでしたのに、お父様の不正を暴いてしまうのですもの」
それでもあなたは信じようとしませんでした。
「わたくしが御曹子のあなたに近づいたのも、全てはお父様のため」
苦渋に歪んだ、あなたの顔が忘れられません。
「あなたとの間に、真実の愛などありはしなかったのです」
そう言ったとき、あなたの頬を涙が伝いました。
余程に悔しかったのでしょう。財閥の御曹子たるあなたには、耐え難い屈辱だったのでしょう。
あなたのそんな表情を初めて見ました。
悲しみに暮れたあなたの表情を初めて見ました。
わたくしは、そんなあなたの顔を、忘れることなど出来ないでしょう。
あなたとわたくしの婚約披露宴の会場で、お父様が財閥で働いた不正が糾弾される事態となりました。
困惑の眼で見つめてくるあなた。わたくしにも状況が分かりませんでした。お父様が不正をするなんて、信じられなかったのです。
それでも、すぐに分かったことがあります。
わたくしは、あなたの下にいてはいけない。
この事実は、わたくしが共にある限り、付きまとうこととなるでしょう。
これから家を継ごうという、あなたの足枷にはなりたくなかったのです。
だからわたくしは、あなたの下を去ることにしました。
お屋敷に戻ると、すぐに荷物の整理が始まります。いわゆる夜逃げということですね。
お父様の指示に従って、私室の荷物を纏めていきます。
「アルバム……」
引き出しから、一冊のアルバムが出てきました。ページを捲る度に、幼い頃よりあなたと過ごした思い出が蘇ってきます。
夏祭りで迷子になったわたくしを、一番に見つけてくれました。
転んだわたくしが泣き止むまで、ずっと手を繋いでくれました。
かまくらの中で寄り添っていたとき、すごく恥ずかしかったのですよ?
もっとあなたと思い出を重ねていきたかった。ずっと一緒にいられると思っていたのに、どうしてこうなってしまったのでしょう。
……最後に、わたくしのわがままを許してください。
このアルバムは置いていきます。桔梗の花を添えて。