忍、異世界に迷い込む
その日は嵐の中での任務だった、悪代官として名を馳せる男からの依頼で、町に住む正義感の強い男の始末をしに行っていた途中だった。
木々と木々の間を飛びながら移動していた時の事だ、前方に強大な竜巻が現れた、避ける間もなく俺の体は竜巻の中に捕らわれ、同じように捕らわれていた木々や石、それ以外にも瓦礫や建材に体を何度もぶつけながら、竜巻の中から出る方法を考えながらその時をまっていた。
どれくらいの時間が経ったかは分からなかったが、急に空が明けた、空中に投げ出された体を庇う事を忘れさせるほど明けた空は、見たことも無いほど澄んだ青空だった、それだけでは無く空には見たことの無いような巨大な球体が二つあった。
太陽がある場所のほど近くにある、赤い赤い球体に目を奪われながら俺の体は地面に叩きつけられた。
受け身を忘れていたため背中に激痛が走る、その激痛がこの世界は夢では無いことを俺の意識に叩きこむ、体を起こすことも忘れて空を見上げながら、今回の任は失敗だな、と思いどうやって頭目に許してもらおうかなどと考えていた。
しばらくすると明確な殺意に満ちた視線に気づき咄嗟に体を起こし、辺りを見渡す、広い草原の中心にいる事に初めて気づく、俺はなんて間抜けだったんだと自分で思いながら、少しでも現在の状況を頭の中で整理していく、少し離れた場所に見える雑木林の中から視線を感じる。
視線の先に目を向けながら、装備の確認をする、鎖帷子は着込んだまま、苦無は5本、兵糧丸少々、刀は落ちた時に折れてしまったようだ。
敵の戦力は視線の数だけでおよそ6、その他伏兵などを考えるとざっと10~14といったところか、平地で戦うすべは持っているものの今の装備と敵の数を鑑みるに戦うのは得策ではないだろう、しかし逃げる場所の検討もつかない以上、むやみやたらに動くのも得策ではない、どうしたものかと考えていると遠くから馬の走る音と金属の鎧が擦れる音がする。
徐々に近づく音と雄たけびが意味もなく体を高揚させる、長らく忘れていた戦の音に近しく、体の痛みなどどこかに消えていく、音の主たちが味方の可能性は無いかもしれない、しかし、先ほどまで俺に向けられていた殺意は音の方に向けられている。
敵が殺気を別の方向に向けてくれるのは正に好機だった、俺はすかさず気配を消す術を使う、敵のいる雑木林に走っていく、茂みの中の暗闇に身を溶かす、改めて敵の数を数える。
13か、中々惜しい数字に我ながら称賛を送りたいところだ、だがそれよりも、俺は目の前にいる生物に目を奪われた、なんだあれは、狼の顔を持ち、人の体を持つ生き物、話で聞く妖の様な姿に俺はあっけにとられ身動きを取れなくなっていた。
敵の一体が俺の姿を見失った事に気付いたらしい、仲間に伝えるような素振りを見せると4体ほどが俺がいた草原の方に目を移す、敵の臨戦態勢を見て頭が覚めた、敵がどの様な見た目でも関係ない、俺は俺の敵を排除するまでだ、それにはまず戦力の分析が必要不可欠だ。
敵の持つ武器は身の丈はあろう大きな斧を持つ者が5、小剣を持つ者が5、弓を持つ者が3、弓の形状は俺の国にあるものよりは小さめか、だが矢じりは独特の形状をしていた、らせん状に溝を掘られていた、あれで真っすぐ飛ぶのかは疑問だが、あのような矢を作れる職人はそういないだろう。
孤立せず、隊列を組む彼らを正面から倒すのは無理だろう、かといって暗殺するのはもっと無理だ、雑木林を利用して戦えば、人を相手取るなら余程の強者でなければ倒せる自信がある、強者特有のあふれ出る匂いはしない、だがこの相手に今までの戦い方が通用する保証はない、もし通用しなければ動かなければ死なずに済むだろう好機を無駄にしてしまう。
正直忍としてではなく一人の男としては戦ってみたい、しかし死ぬのは嫌だしな、などと考えていると堰を切ったように獣人達が騒ぎ出す、先ほど聞こえていた大声がすぐそこまで来ている。
獣人達は草原にいた俺のことなどすでに意識の外なんだろう、声のする方に対する隊列に並びなした、一番後方にいる少し派手な鎧を着た獣人が大声で叫ぶ、クマのようなオオカミのような声は雑木林の騒音を一気にかき消す、目の色が変わった。
雑木林の外から轟音が鳴り響く、獣人達からは煙が立ち込める、赤い光が体から出てる、先ほどまで匂わなかった強者の匂いが辺りに立ち込める、特に派手な鎧を着た奴からする匂いはかなりのものだ。
決めた、戦闘が始まったら俺はあいつと戦おう、外からも同じように強者の匂いがする、正確な人数は分からないが間違いなく獣人達よりは多いだろう、弓を持つ獣人が弓を引き絞る、ギリギリと音がこちらまで聞こえてくる、獣人が弦から指を離す、矢は強烈に回転しながら真っすぐ馬の脚に吸い込まれていくように飛んでいく。
なるほど、あの溝の影響で溝を掘っていない矢より回転も、そして貫通力も増しているんだろう、馬の前脚を貫通して後ろ足に刺さり馬が倒れる、乗っていた人は颯爽と馬から飛び降りると獣人に切りかかる、そいつは銀色の鎧を身にまとい首に赤い羽根を催した首飾りをぶら下げていた。
そいつの突撃と同時に後ろから同じような格好をした者たちがなだれ込んでいく、この好機を逃すすべはない・・・か。
俺は見物をやめ派手な鎧を着た獣人に飛び掛かる、忍としては最低の悪手だ、しかし今俺は初めて、一人の人間として己が力を使う、このわけのわからない世界で初めての【戦】だ!