ページ7 そういう設定
「ちょっとお父さん、優人さんにあまり迷惑かけないでよねっ」
「あぁ、いや、すまんすまん」
「ははは、さっちゃんも元気そうで安心したよ」
店長達は駅で暴れていたモンスターから早々に逃げ出して、二人でここに避難して来たらしい。
そして、人で溢れ返る病院を見るに見かねて、病院に掛け合い、非常食などを使わせてもらい、ボランティアとして炊き出しを作って配っているそうだ。
「はい優人さん、3人分です」
「うん、ありがとう」
乗った具だくさんの3つのお椀をみて苦笑した。
山盛りだ。
二人の気持ちが身に染みる。
「あぁ優人……すまねェが、この騒ぎだ。俺達もしばらくはここでてごしてる。当分店は出せねぇ」
その一言で察したようにさっちゃんも俯いていた。
申し訳なさそうに頭を掻く店長にオレは首を横に振る。
「わかっています店長。短い間でしたが本当にお世話になりました。また再開する時は必ず声を掛けて下さい!」
噛みしめるようにお礼を言った。
一人でこの地に訪れて一番初めに声を掛けてくれた人達だ。
本当によくしてもらった。
奥さんを早くに亡くし、男手一つでまだ中学生のさっちゃんを育ててる。
オレのことも本当の家族のように接してくれて、入学したての頃は友達も一人も居なかったので本当に助けられた。
付き合いは短かったけど、とても居心地のいい場所でこんなことでもなきゃずっとあそこに居たかった……。
見た目がとても厳つくて不器用だけど、すっごく優しくて心温かい店長が本当の親父のようでとても大好きだった。
オレが一人で広島に来て寂しさを感じなかったのは、この人のおかげだと思う。
この人が困っていれば、必ず助けに駆けつけたい。
「本当に、ありがとう御座いましたっ」
だから最後にもう一度頭を下げてお礼を言った。
「影山くん、大丈夫?」
席に着くと遠くから見ていたのか、左雨さんが心配して声を掛けてくれた。
「あぁ、大丈夫。この騒ぎで店は開けられないから、バイトは終わりだってさ」
「そっかぁ」
まだ続けられるモノならオレだって続けたかったさ。
はぁ、バイトどうすっかな。
モンスターが現れて、学校もこの先どうなるのか。
先行きがまったく見えない。
これからのこと。
考えねばならないことが山ほどある。
「ん~、美味しいの」
いつの間にか食べ始めていた少女が突然満面の笑みで声を上げた。
それを見てオレと左雨さんはお互いに頬を緩ませた。
落ち込んでばかりいても何も始まらないか。
「オレ達も食べよっか」
「うん」
とは言って見たモノの……。
くそ、利き手じゃない手で箸使って食べるの難しいな。
いっそ掻き込むか。
あぁ、うっめぇなおい。涙が出る。
店長の作る料理は何でも美味いわ。
文字通り心まで温まる思いでオレは口の中に掻きこんだ。
ふと正面に目をやると本当に幸せそうに食べる少女。
さっきは後姿で顔が見えなかったけど、正面からよく見ると……。
外国人?
深々とロングケープのフードを被り、フードの中には地毛にしか見えない白身のあるピンクの髪に整った容姿、日本語も違和感なく喋っていたことからこの辺りに住んでいるのかな。
広島と言えど、市内であるこの辺は原爆ドームなど様々な観光名所がある。
世界中から毎日のように多くの観光客が訪れる場所だ。
現にこの病院の避難所にも多くの外国人が避難して来ていた。
オレはバイトのおかげで外国人客慣れしている。
その所為もあってか、目の前の違和感に全く気付くことができなかった。
「オレは影山優人こっちは……」
「左雨愛です」
名前だけの簡単な自己紹介をすると、少女が口を開いた。
そして、まさかの食べる手は、止まらなかった。
「ノエルは……ノエ、ルもぐもぐ、シュトもぐもぐラス、ごっくん……ぱぁ」
食うか喋るかどっちかにしろよ!
何を言っているのかさっぱりわからん。
最後に口の中の物を一気に飲み込み、息を夜空に向けて勢いよく吐き出した。
その勢いでロングケープのフードがずり落ちてしまったのだ。
ふわふわとした綺麗な長い髪が姿を現し、その隙間から『耳』が顔を出す。
すぐに「あっ」という顔をしてフードを被り直した。
だが、時はすでに遅かった。
「え……?」
「うそ……?!」
オレは固まり、両手で口を塞いだ左雨さんが僅かな声を上げた。
ゆっくりギギギと首を動かしてお互いの顔を見る。
「えへへ、ばれちゃったの」
あどけない照れ笑いを浮かべる少女。
すぐにフードを被り直したので周りで騒ぐ者は居なかったのが不幸中の幸いなのかもしれない。
何事も無かったかのように話し出した。
「ユウト、さっきはありがとうなの」
先ほど店長に食い下がっていた時とは違い、ふわふわとした調子でお礼を言う少女にようやくオレは自分が目にした物を棚上げにして再起動した。
「あ、あぁ、店長の作る料理は大体うまいから、おかわりしたい気持ちは凄くわかるよ」
「『人間』の料理は話で聞いたよりもずっと美味しくて、森を出て正解だったの」
人間?! 森?!
あ、そういう設定か!
ったく、みんな好きだな!
そういう設定。
ということは、さっきのも作り物なのね。
なんだ、ただのコスプレか。
焦って損したぜ。
「あの……、森ってもしかして、シュトラスの森じゃないですか?」
うお、左雨さんが設定に乗っかって来た。
なんて優しい子なの左雨さん。
さっきはあまり聞き取れなかったけど、シュトラスか、ふぅん、シュトラス、ね……?
ん?
なんかどっかで聞いたことあるような……、うーん。
「はいなの、ノエルはシュトラスの森から来た”精霊使い”ノエル・シュ……」
『ブゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウンッッ』
?!
ノエルの話を割って、突然大きなサイレンが鳴り響いた。
その音に周囲の避難民達もざわざわとざわめき出す。
「何?!」
オレは焦る気持ちを抑えて立ち上がり、辺りを見渡した。
なんだ今のサイレン。
……何か、胸騒ぎがする。
そうこうしていると拡声器による声が鳴り響いた。
『現在、病院入口にてモンスターと交戦中です。隊員の指示に従い速やかに避難をして下さい!』
…………。
「きゃああああああああああああああっ?!」
少しの間を置いて悲鳴が上がった。
それはすぐに周囲に広がり大混乱が巻き起こる。
誰もが我先にと駆け出し、辺りが一瞬にしてパニックに陥った。
ある者は食べかけの炊き出しを放り出し。
ある者は小さい我が子を抱きかかえ。
ある者は年老いた家族の車椅子を押して……。
モンスターと交戦中??
炊き出しを食べている時から銃声などまったく聞こえなかった。
病院の入口とは少し距離がある。
周囲を見渡しても逃げ惑う人ばかりだ。
いったい何と交戦しているんだ。
周りの空気に飲まれオレまで混乱していると更なる混乱が襲って来た。
「ユウト、これはさっきのお礼なの」
「えっ?!」
突然、左手に何か押し付けられた。
「早く行くの!」
ノエルは早口にそう答えると走り出した。
自衛隊の誘導でみんなが逃げる方とは『逆方向』へ……。
「行くってどこにだよ?!」
オレの悲鳴のような声は周囲の喧騒に掻き消え、ノエルは振り向きもしないまま見えなくなった。
はは。地獄にでもエスコートしてくれるのだろうか。
これ、やっぱりオレも来いってことだよね……?
左手の中には一本のナイフが握られていた──。
オレ、ケガ人なんですけどおおおおおおおっ?!
左雨さんを見ると凄く不安そうな顔をしているのがわかった。
「オレが必ずあいつを連れ戻すから、左雨さんはすぐに避難して!」