ページ52 散歩 その5
──天守閣。
入口の右斜め前にある掲示板の前に、ソレは胡坐をかいて座っていた。
全身に甲冑を身に纏い、まるで戦国時代の武将のように。
──小鬼王。
目測で2メートル以上はあるだろう。
ごつごつとした太い腕と脚。
兜を目深に被り、巨大な顎からは牙を突き上げこちらを睨んでいる。
傍らには人ひとりはありそうな巨大な棍棒が立て掛けられている。
紛れもなく、ボスモンスターだ。
「オ前ラ、カゾク殺シタ。……敵、討ツ」
その言葉にオレと澪が驚愕する。
「「喋った?!」」
今までオレの知る限り、モンスターが喋ったことは一度もなかった。
あのテーバイやドッペルゲンガーですら喋ることはなかったのだ。
──喋るだけの知性あるモンスター。
それが何を意味するのか。
考える時間はオレ達にはなかった──。
のそのそと小鬼王は立ち上がり──吠えた。
「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ」
っ?!
その巨大な咆哮に大地が震え、空気が重くなる。
「澪ッ、下がってろ!」
緊張が走る中、オレは短剣を構えた。
雷鳴が轟き、ポタポタと雨が降り始める。
小鬼王は、巨大な棍棒を軽々と担ぎ上げるとその巨躯に似合わないとんでもない速度で、駆けた。
数歩で接近し、その巨大な棍棒を横に薙ぐ。
「影分身」
──ブンッッ。
影でできた分身体が姿を現し、一瞬だけ棍棒を塞き止め、あっさり掻き消えた。
周囲の木々が巻き起こる突風に煽られて仰け反った。
オレは分身体が作り出したその一瞬で棍棒を掻い潜ると、小鬼王の背後から攻撃に転じた。
巨大ゴリラを一撃で倒したあの技──。
「死すべく身体ッッ」
カァァアアンッ。
甲高い音を立てて、甲冑を貫き肉を抉る──。
よし、入った!
と思った時には、小鬼王が振り向き様に棍棒を後ろに薙いでいた。
ブンッッ。
ギリギリのとこで後ろに飛び退くと、吹き飛ばされそうなぐらいの風圧が全身に駆け抜ける。
堅ってェ。
なんだよこれ、刺したオレの手がジンジンしてるぞ……。
ドスドスとこちらへ向き直った小鬼王の口元が緩んだような気がした──。
躱せない速度じゃない。
ただ、問題はあのバカ力とタフネスさだ。
こちらは一撃でももらうとやばい……。
すぐにまた小鬼王が振り被り、オレ目掛けて棍棒が振り下ろされる。
咄嗟に横に避けると、そのまま地面を抉った。
ズドオオオン!
「──うおっ」
激しい衝突音と共に大地が揺れ──割れた。
立ち込めた砂煙の中を小鬼王が突進してくる。
無茶苦茶だ。
──ダダダダダッ。
不意にライフルの銃声が聞こえて、澪の方を見るとゴブリンジェネラルが迫って来ていた。
くっ──。
オレは地面を蹴った。
ライフルの弾丸を防弾チョッキとその下の厚い肉で弾き、手に持ったサバイバルナイフで澪に襲い掛かるゴブリンジェネラル。
「このおおおおおおおおおっっ」
弾丸の如きスピードで駆けたオレは、ゴブリンジェネラルの横っ腹に飛び蹴りを放った──。
「グギャァァァッッ」
ゴブリンジェネラルが堀の方に吹き飛び、オレは最後までそれを見届けずに振り向いた。
「澪ッ!」
視線の先ではすでに薙ぎ放たれた小鬼王の棍棒が澪に迫る──。
──くそっ、間に合わない。
そう悟ったオレは、澪を抱くようにして小鬼王との間に身体を滑り込ませた。
驚愕したように澪の顔が歪む。
直後、全身に例えようのない激痛が走り、オレ達の身体は吹き飛び、絡まるように地面を転がった。
「カッ、ゴッホゴホッ……」
血が腹から競り上がってきて口いっぱいに広がる。
「おい少年、しっかりしろッ」
すぐに澪が起き上がり、オレに駆け寄った。
朦朧とする視界の先、追撃者を睨む。
痛ェ、何本か肋骨が折れたかも……。
──ドスドス。
勝ちを確信し、止めを刺すためにその足を進める小鬼王。
「──チッ」
澪が舌打ちして、ポケットから取り出した手榴弾を投げた。
ドンッ!!
軽く後方へ飛び退くことで回避された。
降り注ぐ雨の中を爆炎が舞い上がる。
──そして、涙ながらに澪が叫んだ。
「何故だ! ボクは勝手について来ただけだぞ、どうして庇ったりした!」
──そんなの、決まってるじゃないか。
オレはのっそりと痛みに耐えながら立ち上がり、小鬼王を見据えた。
「……言った、だろ? この手が届く範囲にある者は、守ってみせるって」
「ふざけるなっ。あんなモノはただの詭弁だ! 少年が死ねば確実にボクも殺される。それでは本末転倒、他人を庇うなんて馬鹿のすることだ!!」
振り向くと、理解できないモノを見るような顔で澪がオレを睨んでいた。
他人を庇う────違うな。
これはただのオレの意地……。
オレが好きで、オレのためにやっていることだ。
自分で決めたことを自分で守らなくて、誰が守る。
「──詭弁かどうか……、そこで黙って見ていろよ」
オレは今まで……いや、今だってずっと誰かに守られている。
こんな姿見せたら心配だってされるだろう。
だからこそ、オレはその大切な人たちを守りたい。
それに────
オレにとってはもう、澪は他人じゃないんだつーの。
命を賭して戦うだけの価値のある『仲間』だ!
「あ”あ”あああああああああっっ」
己を奮い立たせるようにオレは吠え、地面を蹴った。
背後には澪の狂ったような笑い声が聞こえ、オレはそれを無視して全力で戦いに集中した──。
「あは、あははは、馬鹿だ。馬鹿がいる。……いい。いいぞ影山優人ッ! ならばその手で証明してみせろッ! このボクが、その最期まで見届けてやろう!」