ページ50 散歩 その3
オレ達は自衛隊本部のテントに行き、こっそり青井さんの名前を出して、討伐隊が突き止めたゴブリンの棲み処を教えてもらった。
そして、やって来た広島城。
「──たくっ、どんだけ居んだよ」
オレは次から次に出て来るゴブリンに悪態ついた。
「食料輸送車を襲ったってことは、それだけ数も増え、飢えに苦しんでいるってことだろう」
広島城入口の駐車場は、ひどい有様だった──。
戦車が破壊、潰され、隊員達やモンスター双方どちらとも言えぬ、血や肉の後がそこら中にこびり付き、交戦の激しさが眼に浮かぶ。
至るところから硝煙の匂いが。
肉が腐ったような生臭さが。
そして、討伐隊数人分の身体の部位が──。
先日一度吐いてて本当によかった。
ゴブリンが片付いたら青井さんに埋葬してもらおう。
博士を物陰に隠し、オレは一人駐車場で表御門から突撃してくるゴブリンをひたすら狩りまくった。
討伐隊だった人には悪いけど、いくら数が居ても所詮ゴブリン。
無敵だったスパルトイとはわけが違う。
強さの上でもゴブリンの方が格下だ。
しかも倒してれば、いずれ尽きるので安心して戦える。
そうして勢いが収まった頃。
パンッ、パンッ!
ダダダダダダッ!
「──うお、あぶなっ……」
なんとゴブリンがライフルやピストルを構えて撃って来たのである。
「気を付けろ。ゴブリンが討伐隊の所持していた装備を剥ぎ取っているはずだ」
そう言うことはもっと早く聞きたかったよ……。
ま、銃器なんて所詮、誰でも使える一定レベルの火力武器。
ゴブリンが戦力アップに持つにはちょうどいいのだろう。
──だが、相手が悪かった。
「ダークエルフ達の矢より少し早いぐらいかな」
当たる訳がなかった。
ライフルを放つゴブリンアーチャー4体。
「──セイッ」
小石を拾ってブン投げてやった。
「ははは、どっちが怪物かわかんないなっ」
ぐうの音も出ない。
ゴブリンアーチャー達が居た場所には、もはやライフルしか残っていない。
「突撃部隊は粗方片付きましたが、博士はどうします?」
「もちろん、行くに決まっているだろう」
のそのそと物陰から出て来た博士は首からライフルを二挺下げていた。
いったいいつどこから仕入れたんだよ。
「じゃあ、念の為これ着てて下さい」
オレはゴブリンが消えた後に残った防弾チョッキを拾い上げた。
「それなら青井がうるさくて下に着こんである。見る……かい?」
「結構ですッ!」
言葉の途中で落ちが見えて、即答する。
ダダダダダッ。
グギャァッ。
走って来ていたゴブリンを博士が撃ち殺した。
「ははは、ボクが言うのも何だが中々良い身体してると思うんだけどなぁ、即答されると凹むじゃないか」
「そう言うのはもっと大事な時に取っといてくださいよ」
「では、ボクの心を射止めた者の為に取っておくとしよう」
オレは肩を竦めた。
何だろう……。
この天才を前にすると自分がちっぽけに思えてならない。
◇
「雨、降って来そうだね……」
昼間なのに辺りが暗くなってきて、不意に体育館の窓から見える雨雲に目を向けた。
「そろそろ梅雨だし、雨ぐらい降るわよ」
振り向くと響子がペンを片手に眉をひそめた。
「そ・ん・なことよりも! 愛は私のために何か案を出して頂戴よ」
目の前に広げられた白紙の紙をペンで突っつく。
「案って言われてもなぁ~。実際にモンスターと戦ってるところを見てもらうわけには行かないんでしょ?」
「それが一番手っ取り早いんだけど、危険すぎてさすがに無理かなぁ」
「だよねぇ……」
二人揃って溜息をついた。
おもむろに聞こえてくる子供達の楽しそうな声に視線をやると……。
「わーい、かったかったー! ノエルおねえちゃんよわっちぃ~」
「ぬ! もっ、もう一回なのっ! 次はぎゃふんと言わせるの」
「あーっ、こんどはぼくのばんだよぉ~」
「わたしもわたしもぉ~」
「よぉし、みんなまとめてかかって来るのっ!」
子供達に混ざって楽しそうにノエルがトランプをしていた。
「どうしてババ抜きであそこまで子供達と盛り上がれるのかしらね……」
「ふふふ、響子ちゃんは小さい子、苦手だもんねっ」
「適材適所だからいいのよ。あのキモイ人もトイレ掃除やらされてるし」
「えっ、どうしてウィザードくんが……?」
そういえばと、辺りを見回しても本当にウィザードくんの姿が見当たらない。
「あそこに張り出された校内新聞、見てないの?」
そう言って響子ちゃんは体育館の壁にでかでかと張られた紙に視線をやった。
「昨日の食中毒騒ぎで体育館の男子トイレが満員だからって、女子トイレに入ろうとして暴れたらしいの。罰として一週間、トイレ掃除をさせられているのよ」
「……なんか可愛そうだね。そう言えば影山くんも言ってたけど、どうして女子トイレは空いてたのかなぁ。私もプリン食べたけど何ともなかったよ」
後からお腹痛くなったりしないよね……?
「あぁ、それは『生物学的に男よりも女の方が免疫力が高く、死ににくいことが理由だろう。実際に医学的にも証明されている』って九条博士が言ってたわよ」
「へぇ~」
「ま、その誰かさんのせいで、元々合ったあんた達への不満が大きくなっちゃったのよね……」
響子ちゃんが大きな溜息をついた。
「……うん、別に雑用とかは私やノエルも手伝うんだけど、緊急時の呼び出しは仕方ないよ……」
私たちNo.4への高待遇が、徐々に一般生徒たちの不満を膨らませていた。
他の生徒がやらされている、給食当番や掃除などの雑用の免除。
それから、仮設住宅も一番良い物を使わせてもらっている。
そう言った内容が新聞には書かれていた。
「実際、愛は校長先生や森先輩を回復させたって言うのに、他の人にそれができるの? って話よね」
う~ん、私はたまたま……。
たまたま魔法が使えるただけで、特別扱いされたくはないんだけどなぁ……。
「一度バシッとあんた達の凄いところを見せてやればいいのよっ」
と、響子は目の前の『白紙の紙』を指差した。
そこへ、そっと背後から忍び寄る影が二人を抱きしめた。
「何なに~? 二人で何楽しそうな話してるの~? 私も混ぜてよぉ」
「うわっ、せ、世良先輩?! 清水先輩もっ」
「私も抱きついた方が、いい……?」