ページ48 散歩 その1
「はあっ?! どれだけ多くの人が死んでると思ってんだよ。青井さん、こんなわがまま通していいんですかっ?!」
「仕方のないことなんだよ。彼女の頭脳はそれだけの価値があるんだ」
翌朝、オレの怒鳴り声に青井さんが肩を竦めた。
現況の少女はブレザーの上に白衣をまとい、腰に両手を当てて宣言する。
「もう一度言おう。ボクが生み出す物は、この時代にとってはオーバーテクノロジー。その一つでも使い方を誤れば、冗談抜きで国が滅ぶ。故に、ボクはボクが認めた者の為にしか、この頭脳は使わないと決めている」
青井さんの溜息が聞こえた──。
たぶん、オレ達より先にゼロに加わったNo.1から3までの人達はそのお眼鏡に適わなかったのだろう。
『少年には是非、ボクをときめかせて欲しい!』
博士が言った言葉を思い出して、オレは頭を抱えた──。
パンパンッ。
「はいはいっ、どうせ影山も見込みないんだからさっさと席につくっ!」
手を叩いて身も蓋もないことを言い、古賀が話をまとめた。
今日から朝礼の進行役を任せられている古賀は、一人やる気に満ちていた。
「では、次の報告ですが……」
はぁ……。
オレは朝礼で配られた配布物に溜息をついた。
心は空と同じ曇り模様である。
GPS付き通信機。
軍の回線を使った小型イヤホン型携帯だ。
常時耳に付けて置き、居場所をいつでも把握できる上に、緊急時には校内放送で呼び出されなくても電話一本で呼び出せる。
これでオレも暇な時は校外に出歩けるようになったのである。
──ただし、その喜びを上回る問題を抱えたことを除いては。
「それじゃあ少年、ボクをどこへエスコートしてくれるんだい?」
「なんでナチュラルに隣にいるんですか」
オレは隣を歩く博士におざなりに返事を返した。
「あははは、君はやっぱり面白いね。普通、ボクを前にしたら大抵の人間はボクを恐れ、距離を取りたがるモノだよ」
「まさにその通りなんですが……」
博士は終始悪戯っぽく笑って口を開く。
「だって君は違うだろう? ボクが誰かなんて関係なく、もらったおもちゃが嬉しくて、一人でこっそり家を抜け出した子供みたいだ」
おい、誰がぼっちな子供だ。
「オレは一人で街を散歩するのが好きなだけですよ」
「ボクも広島に来たのは初めてでね。ちょうど散歩したかったところなんだ」
あれ、微妙に話が噛みあってなくね……?
これが天才の優しいスルーって奴か。
レベル高すぎてうっかり気付かないところだったぜ。
──というか、違うんだ。
みんな忙しくて、とても呑気に散歩なんて声掛けれなかっただけだ。
オレはぼっちなんかじゃない!
どこに居ても連絡がすぐに取れるようになったので、オレは学校を抜け出して街に繰り出したのである。
もちろん、こっそりではなく青井さんには一言伝えてある。
緊急時には、ヘリでそのまま拾ってくれるし、近くに居た場合は直行できる。
博士と一緒にやって来た物は、オレに自由を齎した。
「ログインが起こった日、オレは左雨さんを助けて大ケガをしたんです」
オレは観念して散歩の行き先を語ることにした。
「左雨と言ったら……、あぁ君の隣に居た笑顔の可愛い女の子だね」
「はい、あの時は無我夢中で……ゲームの力があるなんて知らなくて、大ケガしてしまって……、その時にオレが運ばれたのがあの病院なんです」
オレは眼の先に見えて来た病院を指差した。
すると、その進路沿いにちょうど一匹のゴブリンが顔を出したのである。
オレ達は急いですぐ近くの物陰に隠れた。
「一匹のようだね……」
「そのようですね」
この距離ならこれで充分かな──。
オレは足元に合った小石を拾って、それをゴブリン目掛けてブン投げた。
小石はゴブリンの頭に命中し、悲鳴と共に黒い霧となって消え失せた。
──よしッ。
「お見事っ。君の投擲はまるでライフルだねぇ」
病院の、こんな傍にまでモンスターが普通にいる……。
オレは少し気を引き締めた──。
病院で目を覚ましたあの夜、巨大なゴリラが病院を襲撃した。
自衛隊の銃器では歯が立たず、すぐに病院全体に避難警報が鳴り響いた──。
オレ達は出会ったばかりのノエルの後を追ってモンスターと戦い、撃破した。
──だが、そのせいでノエルは大ケガを負ってしまい、あまり生きた心地はしなかった。
「あの後すぐに学校に移動することになって、この病院がどうなったか気になっていたんです」
オレ達は病院の敷地内にこっそり忍び込み、あの時とあまり変わりのない様子を眺めながら歩き回った。
念のため腕章は外した。
騒ぎに巻き込まれるのも、目立つのもなるべく避けたい。
「あっ! 優人さんどこに行ってたんですか?! えっと探したんじゃけぇ」
一人でトイレにでも行ってたのか、道端でばったり声を掛けられた。
「あぁ、さっちゃん。久しぶり、元気だった?」
さっちゃんは、博士を睨むとものすごい剣幕でオレに掴み掛ってきた。
「元気だったじゃないですよ! 突然いなくなってぇ、ほんまに私も父も心配しとるんじゃけぇ、たちまち、こっち来んさいっ」