ページ44 水廻り攻防戦
──青い空。
暖かな日差しと吹き抜ける風。
腹も満たされた昼下がり。
オレは一人校舎の屋上で居眠りに没頭していた。
午前中は小学校付近の遺骨の回収やらで、結局オレの出番はなかった。
暇を持て余したオレは、雑用で忙しくしている生徒達を横目に、いつものこの屋上へ来てしまうのである。
オレの居場所はここだけだ──my best place .
ていうか、暇過ぎるんだよ。
いつ緊急救援が掛かるかわからないから、掃討戦にも参加できない。
かと言って、学校では雑用が免除されている上に、今この学校に避難しているオレのクラスメイトは古賀と左雨さん──だけ。
誰も知り合いが居ないという悲しい現実。
あのノエルですら、子供達から絶大な人気を得て引っ張りダコだ。
──おかしい。
こんなはずでは。
ぐるぐるぐる。
下っ腹の辺りで消化物が動くような音にオレは身体を起こした。
「うぅ寒っ、腹が冷えたかな……。トイレトイレっと」
足早にbestplaceを後にした。
「──な、なんだと?!」
屋上から一番近い4階男子トイレ。
オレはその入口で──絶句した。
なんと、大トイレ待ちで3人ほど列ができていたのだ。
そう、ここは4階。
授業が行われて居ない今となっては4階まで人が上がって来ることは滅多にないのである。
その4階でトイレ待ちの列ができているという事実。
冷や汗が頬を伝った──。
嫌な予感がする……。
頭の中では謎の警報が鳴り響く。
急いで3階のトイレを確認するんだっ。
それはもう、細心の注意を払って衝撃を与えないように、全力で走った。
「くっ、やはりか……」
3階はなんと、8人もの悶え苦しむ男達が列を成していた──。
なんでこんなタイミング良く……。
どう考えてもおかしいだろ。
「──あの、なんでこんなに込んでるんですか?」
「き、君、知らないのかい? 昼に出たデザートのプリンが賞味期限切れだったらしくて、腹を壊してる人が続出しているんだよ」
誰だよそんなもん出したやつはっ!
集団食中毒だろそれ……。
そして段々と記憶が蘇る────…………。
──昼食時。
『お、ノエル、お手伝いか?』
流れ作業で一品ずつお皿をお盆に乗せて行った最後。
『えへへ、配るの楽しいの! はい、ユウトの分なの』
──手渡されるプリン。
『お、サンキュー。頑張れよ』
『はいなのっ』
…………。
あいつかーっ!
「はは、お互い災難ですね……」
うちの馬鹿がホントすみません。
「オレちょっと下の階も見て来ます」
さすがにそのまま並び続けるのは気まずすぎる。
オレはそそくさとその場を逃げ出した。
「お、短剣使いではないか」
階段で面倒な奴と出くわした。
「ウィザードか、どうしたそんなに慌てて」
「いやいや、短剣使いこそ、そんなに急いでどこへ行く」
何故か二人揃って同じ方向へ小走りに足を進める。
ガサッ。
「痛ってェ」
この野郎、足引っ掛けて来やがった。
「おっとすまない。足が滑ってしまった。我は急用がある故、ではな」
そうはさせるかっ!
「ふごぉっ?!」
「おっとすまん。手が滑ってしまった」
ウィザードの足を掴み、奴は豪快にこけた。
「はっはっは、お互いよく滑る日であるな」
「いやまったくだ。ははは」
その後も互いに足を引っ張り合いながら、ついに2階のトイレに辿り着き──そして、崩れ落ちた。
「「ば、ばかな……」」
そこには15人を優に越える長蛇の列。
「くっ、下はダメだったが、上に行けばまだ希望はあるやも……」
苦渋に顔を歪めるウィザードの肩にそっと手を置いた。
「……諦めろ。上もダメだ」
そして、真っ青になったウィザードが意を決して告げた──。
「斯くなる上は……」
視線の先には女子トイレが──。
「馬鹿っ、早まるなっ!」
「し、しかし……、何故あちらは空いているのだっ」
いや、向こうも並んではいる。
ただ人数が少ない。
こちらは15人以上に対してあちらは7,8人程度だ。
4階は確か……まだ誰も並んで居なかったような……。
「そうだ。体育館! あそこにもトイレはある!」
「おおお、それは本当か?!」
ウィザードの顔に勝機が蘇る。
「あぁ、オレなら例え鍵がかかってようと技を使って中に入れる」
「貴様っ、自分だけ逃れようと言うのか?!」
「たくっ、しょうがねーな。もし鍵が閉まっていたら先に行って鍵も開けといてやるよ」
「た、短剣使い……。恩に着る!」
ウィザードが眼をウルウルさせながらこちらを見つめて来た。
気持ちはわかるが、気持ち悪いので止めてくれ。
「じゃあ、先に行ってるぞ! 影歩行」
オレは影の中に入り、校舎を駆け、体育館を目指した。
ちなみに1階の男子トイレは、数える気が失せる程の行列になっていた。
うちの馬鹿がほんっとすみません。
「まじかよ……」
自分の考えの至らなさに頭を抱えた。
──体育館。
そこは現在、搬入された自衛隊の機材などの荷物置き場。
更に避難民や生徒の遊び場になっていた──。
当然、鍵などはかかっていない。
そして────。
体育館の入口からでも一目でわかる長蛇の列に、オレは言葉を失った。
ま、まずい、波が──来るッ。
気を緩めるな。
ここはまずい、絶えろ、耐えるんだッ!
「はぁはぁ……」
はぁ、危なかった──マジで。
ピンポンパンポンッ。
『緊急出動。関係者並びに隊員は至急お集まり下さい。繰り返しま……』
なんでこんな時に……。
くそっ、どうする?
並ぶか行くか……。
波は──うん、収まった。
よしっ。