ページ41 乙女の誓い
学校に戻ったオレ達を出迎えてくれたのは、心温まる古賀の手料理だった。
8割がた毒ヘビのから揚げである。
ほとんど昼の残り物だけど、美味いんだよなぁこれ……。
ご馳走を前にすると急にお腹が空いて来るのは何故だろう。
そう言えば、晩飯まだだった。
「響子、マジ卍なのっ」
ノエルが古賀に飛びついた。
いつの間にそんな言葉覚えたんだよ。
オレはギョッとして周囲を見渡すと自衛隊に背負われた左雨さんが気まずそうに顔を反らした。
女子高生のコミュ力半端ねェ。
「ぬおおおお、一週間ぶりのまともな飯だ! 早く降ろしてくれ」
そして、もう一人、自衛隊の背中で感動に打ち震える男の姿があった。
一週間ぶりって、大災害前からまともに食ってないのかよ。
「なんと美しい女性だ。其方がこれを用意してくれたのかっ」
「え? そ、そうだけど……、ねぇ影山、この気持ち悪い人、誰?」
初対面の人に気持ち悪い人とか言うなよ。
「あっ、ユウトの分はあげるから、ノエルの分は残すの!」
「うむ、かたじけない」
「ちょ、オレの分を勝手にやるなよ」
「はいはい、まだたくさんあるから手を洗って来なさい」
「「「「あはははは」」」」
今夜の晩飯は大盛況だった。
「泣き叫ぶ短剣使いを助ける為、我が渾身の魔法を放ったのだ」
「凄いっ、あの魔法って、ウィザードさんの魔法だったんですね!」
から揚げを頬張りながら、大声で左雨さんに自慢するウィザード。
おい、誰が泣き叫ぶだって?
盛り過ぎだろ。
ちゃんとお前を援護してスパルトイの注意を集めたオレの活躍も語れよ。
「菊池さーん、バイトくんが置いてった骨のモンスターがずっとカタカタ動き続けてて、俺達生きた心地しませんでしたよぉ」
「ははは、お前ビビり過ぎだって言っただろ?」
「先輩だって泣いてたじゃないですかっ」
「ばっかお前、今それを言うか?!」
別のテーブルでは自衛隊の人達も大盛り上がりだ。
テーバイを倒した後、縛ってあった遺骨も動かなくなったらしい。
めでたしめでたし。
「それでなの。ユウトが迷子になって居なくなったから、しょうがなくノエルが小学校に向かったの」
「影山あんた、帰りが遅いってみんなが心配してた時に何やってたのよ」
「ち、違うんだ古賀。オレはノエルが急に居なくなったから必死に探し回ってたんだよッ」
「はあ?! ノエルはあんたより先に小学校についていたんでしょ?!」
「ユウト、人のせいにするのは良くないの」
おかしい。
どうしてこうなった。
テーバイは倒したはずなのに!
…………ぁ。
よく考えてみたら、オレって終始スパルトイから逃げてただけじゃね……?
骨折り損のくたびれ儲けかよ?!
「ご、ごめんなさい……」
「罰としてから揚げ一個没収なのっ」
「あっ……」
ノエルがオレの皿からから揚げをふんだくり、そのまま頬張った。
「う~ん、人のから揚げはまた格別なの……」
うまいこと言ってんじゃねーよ。
「ノエル、行儀悪いわよ」
くそ、覚えてやがれ。
「はい、古賀ちゃん」
「有難う御座います。世良先輩」
古賀が知らない先輩から濡れタオルを受け取っていた。
古賀の腕は、ずっと揚げ物続きで油が飛び散ったのだろう。
真っ赤に火傷していて、古賀はみんなの見てないところでこっそりタオルを腕に当てていた。
その夜、オレ達には校舎から一番近い仮設住宅が宛がわれた。
昼間にオレが屋上から見ていた中の一つだ。
長方形で横にだだっ広い。
入ってすぐのところに台所があって、左右に一つずつ扉があり、中にはベッドが2つずつ設置してあった。
そのうち、片方を古賀と左雨さんとノエルでベッドを中央にくっつけて三人で使うらしい。
もちろん、ベッドを中央に動かしたのはオレだ。
男は辛いよ。
そして、もう片方をオレとウィザードが使った。
ベッドの中に入るとどっと一日の疲れが押し寄せてきた。
それでも、もし夜中にモンスターの襲撃があればオレ達が戦って学校を守り抜かなくてはならない。
だが、今だけはゆっくり休んでもいいだろう。
今日は本当に濃い一日だった。
大蛇に巨大カメ、大量のスパルトイにテーバイ。
みんなそれぞれの戦いがあり、精一杯自分ができることを頑張った。
そして、オレも自分一人で戦っているわけじゃないとわかった。
「ぅ……、うぅ……」
突然、隣のベッドで寝ていたウィザードの方から呻き声が聞こえた。
「お、おい、大丈夫か?」
「あ、あぁ、すまない。久しぶりに美味い物を食べて、まともな寝床に在りつけたからつい感極まってしまってな……」
「……そうか」
オレ達は運が良かったのだ。
たまたま能力があり、青井さんに拾ってもらえた。
でも、そうじゃない人達は今もどこかで震えているのだろう。
そのすべてを助けるなんて傲慢なことは言わない。
ただ、この手の届く範囲だけは絶対に守り抜きたいと、そう思った。
もっと強くならなきゃな。
みんなを守れるぐらいに──。
◇
「愛、起きてる?」
「うん、どうしたの響子ちゃん」
「すぅー……」
ノエルは寝ちゃったわね。
「私ね、体育館に閉じ込められて居た時、本当に辛くて、誰か助けてって心の中でずっと叫んでたの」
「うん」
真っ暗の中、愛の相づちだけが聞こえた。
「そんな時、清水先輩が昔お婆ちゃんが読んでくれた物語の本を見せてくれてね。私も王子様が助けに来てくれないかなっていい年して思っていたら、突然影山が現れてあの男を殴ってくれたの」
「うん」
「私、思ったの。あぁ、私の王子様はこの人だって……」
「うんっ、知ってる」
愛はクスクスと笑っていた。
「え?」
「そんなの見てればわかるもん」
「そ、そうっ?!」
「だって響子ちゃん、影山くんを見てる時、女の子の眼だもんっ」
えええ、必死に隠してたつもりなのに、もうっ!
いったいどんな眼よ……。
「でも、愛も影山のこと好きでしょ?」
「えええ?! 私はち、ちがっ」
「いいのよ隠さなくても、見てればわかるからっ」
ふふ、お返しよ。
「むぅ~」
「昨日の夕方、二人で屋上で話してたでしょ? あの時思ったのよ、愛もそうなんだろうなって」
「……うん、ごめんね」
「なんで愛が謝るのよ」
「だって、同じ人を好きになったなんて……」
私は愛が続きを言う前に言葉を重ねた。
「別にいいじゃない。これからは親友であり、ライバルよ」
大丈夫。
私達はそんなことで喧嘩別れなんてしないわよ。
「うんっ、響子ちゃんありがと」
私の想いが伝わったのか、愛は笑ってくれた。
でもね、愛。
私、思ったのよ。
あの時、ドッペルゲンガーに襲われた私の前に立ちはだかる愛とノエルさんを見て、ずいぶん差を付けられたなって。
ずっと愛を守っていたつもりだったのに、いつの間にか守られていたなんて笑えるわよね。
だから、このままじゃライバルなんて名乗れない。
私も愛達と一緒に肩を並べて影山の隣に居たい……。
「だからね、私も一歩踏み出すことにしたわ」
古賀「影山、その人だれ?」
影山「なんかついて来た」
古賀「元居たところに返して来なさい」
ウィザード「…………」