ページ38 ホラー映画のように
「はい……」
ただし、オレの頭の中では『何らかの影響』というぼんやりしたモノでは無く、一匹のモンスターがこれでもかというほど自己主張していた。
本当についてない時は、とことんついてないのである。
──コンコン。
がらがらがらっ。
「すみません。遅くなりました」
「あ、ユウトも居るのっ」
ノエルがオレを指差し、左雨さんがオレに軽く手を振る。
「二人とも、実は──」
オレは二人にスパルトイのことを説明した。
そして、話を聞き終えた左雨さんが当たり前のように答えを導き出した。
「その『何らかの影響』ってテーバイのことじゃないの?」
あ、アーッ。
オレは膝から崩れて落ち、頭を抱えた。
それ、今一番聞きたくなかったやつ……。
「てーばい? そんな食べ物は知らないの」
くっ、今だけはノエルが憎い。
「えっと、ちょっと待ってくれ……」
青井さんがタブレットを指で撫でてデータを参照する。
「あぁ、あったあった。──テーバイ。BOSS。レベル55前後。生前名高い騎士王が死後にアンデッドとして蘇ったモンスター。高度な剣技はもちろんのこと、配下にスパルトイを、召喚……する」
はい、そちらのテーバイさんです。
アハハハハ。
「どんなモンスターでもうちのユウトが居れば大丈夫なのっ!」
ノエルが平らな己の胸を力強くドンッと叩く。
何でお前が威張る。
ノエルに軽いチョップを見舞いした。
昼間の戦闘でオレが本当に強いことがわかって調子に乗ってんじゃねーよ。
「ノエルの信頼が厚いのは嬉しいけど、今回のはマジでやばいんだよ」
「うん、ゲームだった時も、テーバイが出現すると毎回お祭り騒ぎになっちゃうもんね……」
左雨さんの顔の青さからもそのやばさが伝わって来る。
「テーバイだけでもかなり強いのに、その上スパルトイを大量に召喚するんだぞ……」
左雨さんが言うように、ゲームだった頃はスパルトイを大量召喚されて、毎回多くの人を巻き込んでお祭り騒ぎになるほど、倒すのが面倒なモンスターだった。
その召喚量に制限がなく、時間が経てば経つほど勝手に増えて行く。
弱点があるとすれば、それはアンデッドであること。
昼間は弱体化し、夜は強くなるのだ。
「では、朝を待ってから討伐するというのは……?」
話を聞いた青井さんがテーバイと戦う上での妥当案をあげる。
「ゲームだった頃ならそれで良かったんです」
ゲームだった頃なら、朝が来るのを待って、戦力を集中させれば簡単に倒せた。
しかし、それはゲームだった時の話。
本物の人間の遺骨がスパルトイとなり、何度でも立ち上がって来るとなれば話は変わる。
「もし、このまま朝までに無敵のスパルトイが召喚され続ければ、最悪の場合、テーバイに近づくことすらできなくなります」
「なっ……」
そう、事態は最悪であった──。
長い長い夜の始まりである。
「はぁはぁっ……」
すれ違い様にスパルトイを見つけ、ノエルが矢を放つ。
「ノエル、ダメだ。倒しても矢と時間の無駄になる。無視して突っ走るぞ」
「はいなのっ」
オレとノエルは話し合いが終わるとすぐに学校を飛び出した。
一先ず、本当にテーバイが居るのか偵察である。
もし、テーバイが本当に居るのなら、話し合っている間にも刻一刻とスパルトイが増え続けているかもしれない。
だが、オレ達はまだその姿を目撃したわけではない。
テーバイがいないという一縷の望みにかけてオレ達は走った。
──話し合いは難航した。
『我々でスパルトイを一掃した後にロープで縛っていけば敵の数を減らせる』
青井さんがこの場合において最も有効と思われる案を上げた。
『確かにそのやり方ならスパルトイを減らすことができます。でも、もし途中でテーバイのヘイトが自衛隊の人に向かえば確実に死人がでますよ!』
『……多少の犠牲はやむを得ない。ここに居る全員、その覚悟はできているッ』
周囲の隊員達がオレを見据えて力強く頷く。
しかし、その死人はそのままスパルトイとなる。
『いいえ、それはスパルトイを増やすことと同義。ここに居る誰一人として死んではダメなんです!』
『し、しかし……、それなら我々は何のために居るのだ』
街の中を駆けて小学校へ向かう。
あの小学校の体育館の中には多くの遺骨の山がある。
もし、テーバイが居るとすれば、きっとそこに向かうはずだ。
でも、例えスパルトイの排除に成功したとしても、どうやってテーバイを倒す……?
ゲームの時の強さのままだという保証はもうどこにもない。
スパルトイと同じで、何が起きてもおかしくないのだ。
冷や汗が伝った。
カシャカシャカシャ。
背後からオレ達を追いかけるスパルトイの足音が聞こえる。
「うわ、どんどん増えてやがる」
オレは追いかけて来るスパルトイを見て悪態ついた。
そして、気が付いた。
「あれ、ノエルがいない……」
は、はぐれた?!
まさかノエルが道を間違うはずは……。
って、はぐれたのはオレの方かっ!
まずいまずい。
寄りにもよってこんな時に。
くそ、小学校どっちだよ。
道案内人のノエルに頼り過ぎていたせいで、まったく道を覚えていなかった。
カシャカシャカシャ。
背後では何体もの骸骨が追いかけて来ている。
街灯もなく、月明かりに照らされたスパルトイ達は、さながらホラー映画のワンシーンのようだった。
怖ェ。
一人、マジ怖過ぎる。
なんでオレ、こんなことしてんだ……。
今のオレはその気になれば、簡単にスパルトイを引きはがすことはできる。
だけど、それをしてしまうと標的を失ったスパルトイが、今度はみんなの居る学校へ向かう可能性があった。
ノエルどこだよっ!
オレは真夜中の街を一人駆けずり回った。