ページ4 電話
左雨愛視点です。
──── 時は少し遡る ────
影山くんが手術室に運ばれてどれだけの時間が経っただろう。
通路には足の踏み場が無いほど、避難民や応急処置されただけの軽傷のケガ人達が支給された毛布に包まり、疲労困憊の様子で寝息を立てていた。
その中を縫うように行き交う看護婦さん達を横目に、画面がひび割れたスマホを握りしめた。
運の悪いことにモンスターに刃物を突き付けられ尻餅を着いた時に、その衝撃でパリっと音を立てて壊れてしまった。
もちろん、病院には公衆電話はあるし、こんな状況なのだ、業務用だって頼めば貸してもらえるだろう。
だが……、如何せん番号がわからなかった。
当たり前のようにスマホがあるのに、自宅は兎も角、他人の携帯番号を覚えている者は少ないだろう。
もー! 私のばかばか!
響子ちゃんの番号を覚えていないなんて……。
この時の私は知る由もなかった。
例え番号がわかっても響子ちゃんとは繋がることはないことを……。
『手術中』のランプは未だついたままだ。
頭に浮かぶのは後悔と不安だけだった。
私のせい。私のせいだ。
私が影山くんを巻き込んだんだ。
影山くんにもしものことがあったら……。
響子ちゃん、私どうしたらいいの……。
祈るようにスマホを抱きかかえた。
「まったく、なんて顔をしてるのよ」
いつの間にか知らない看護婦さんがそこにいた。
「彼が心配なのはわかるけど、顔が真っ青よ」
そして隣に座り、身体を包むように毛布を掛けてくれる。
──あったかい。
いつの間にか冷え切ってしまっていた身体と心が温められる。
とても優しい温もりだった。
「私ね、わかるの」
そう言って看護婦さんは私の頭を撫でた。
「本当はいけない事なんだけど……」
どこか安心してしまうような優しい微笑み。
その微笑みにいつも隣に居てくれている親友を重ねる。
いつだって優しくて、助けてくれた彼女は無事だろうか。
「この手術室に入っていく患者さん達を見てるとね」
扉の向こうで今も戦い続けている少年。
その少年を見つめるように遠い眼差しで語り掛けて来る。
「あぁこの人は助からないだろうなぁとか、この人はきっと大丈夫。とかねっ」
何の根拠もないけどねっ! と微笑む看護婦さん。
どこか悟ったような寂しげな表情だった。
あぁ、この看護婦さん……。
今までにもたくさんの人を見てきたんだ。
手術はいつか必ず終わる。
助かった人。助からなかった人。
その両方を。
──私には無理。
影山くん一人でも胸が張り裂けてしまいそうなのに……。
耐えられないよ。
「それにこんなに心配してくれている子がいるんだもの。きっと大丈夫よ」
「……はい」
なんだか少しだけ気持ちが楽になった気がした。
看護婦さんはそんな私に再び微笑んでから、手術室へ入って行った。
大丈夫……。
影山くんはきっと大丈夫。
『トゥルルル~ン、トゥルルル~ン』
……電話?
微かに電話のベルの音が聞こえて正面の扉を見つめた。
何故か不思議とそれが中からだと疑わなかった。
音はすぐに収まり、辺りは再び静寂が訪れる──。
え、でも今って手術中……。
不安が段々大きくなってきた頃、突然扉は開かれた。
そして慌てて出て来たさっきの看護婦さんが小走りに去って行った。
あれって……。
つい、足早に掛けていく看護婦さんを目で追ってしまっていた。
抱えていた血まみれのブレザーが気になって……。
今の電話って影山くんの……だよね。
でも、誰からだろう……。
はぁ、そんなのわかんないよ。
影山くんって優しいし、そりゃあこんな状況だし、心配してる彼女さんも居るよね……。
考えたくないことがぐるぐると頭を回っていく。
私って影山くんのこと何も知らない。
どうして私なんかを助けてくれたんだろう。
あの時、物音がした気がして、ちょっとだけ中を覗いただけだったのにこんなことになるなんて……。
「ねぇ、あなた、ちょっと……、ちょっと来てくれる?」
「え?」