ページ35 社会人に遅刻は命取り
夕方、薄っすらと月が見え始めた空の下、自衛隊による仮設住宅の設置が行われていた。
捉えられたダークエルフ達は、自衛隊の監視下で現在取調やら取り扱いをどうするか検討中らしい。
日本の法律を適用させて良いものかも不明らしい。
まぁ、反省も兼ねてしばらくはどこかに監禁されるだろう。
「おぉ~」
どこからか空路経由で運ばれて来た資材を組み立てる様は、校舎の屋上から眺めて居てもとても面白かった。
時間や物資確保の理由から今回は一カ所からだけでなく、様々な場所から資材を掻き集めたようで、大小デザインは不揃いになってしまった。
その中には、すでに完成したモノをヘリで運んでくるだけという『モバイル型応急仮設住宅』という物もあり、見ていて中々壮観であった。
「あの家、普通にオレが住みたいな」
学校近いし。
というか、学校の敷地内だ。
通学時間0分。
なんて心躍る響きだ。
もはや学校に住んでいると言えるレベル。
──ギギィィ。
不意に扉が開く音がした。
振り向くと左雨さんが出て来るところだった。
「うまくいった?」
「うん、響子ちゃんはもう少しついてるって」
左雨さんは残りの重傷だった男子生徒に回復魔法を掛けにいっていた。
校長も目を覚ましたらしい。
彼も時期に目を覚ますだろう。
「うわぁ~。意外と早いね」
左雨さんが校庭を見て声を上げる。
「あぁ、いつまでも学生を体育館で寝泊りさせるのは教育の観点からも良くないってスポンサーの手前、青井さんが頑張ってたよ」
「あはは、早く寮に帰れるようになるといいね」
「そうだな……」
その為には周辺のモンスターを排除しなくてはならない。
どれだけの脅威がオレ達を待ち受けているのだろうか。
できれば、みんなには無事で居て欲しいと思う。
その為にも……。
「強くならなきゃな」
「うんっ」
オレの独り言を左雨さんが笑顔で返してくれた。
「あ、でも、無理は禁物だよ? ゲームは一日一時間だよっ!」
「いつの時代だよそれ」
「「あはは」」
オレ達は立派なネトゲ中毒者であった。
そして、オレ達は気付いていなかった。
扉の向こうで二人を見る影があったことを──。
次の日からは、仮設住宅設置と同時進行で自衛隊主導による周辺地域のモンスター掃討戦が開始された。
震災用に支給された、古着の上から防弾チョッキを着込んでオレとノエルは出撃だ。
左雨さんは学校で待機してもらい、重傷者が出た場合に備えるらしい。
「影山くん! 近くの小学校で巨大な大蛇が見つかった」
職員室で待機していたオレ達にようやく初出動がかかった。
教員机を4つほどくっつけた場所に大きな地図が乗せられ、その上に目印のピンが立てられている。
場所はここから走って5分程度だろう。
あまりにも近過ぎる距離に驚いた。
「今、現地で菊池が小学校の校庭に大蛇を誘導している、君達が着くころにはすぐに戦闘が開始できるだろう。気を付けて行って来てくれ」
「はい」
「はいなの」
オレ達は学校を出て、走った。
信号を曲がり……。
「ユウトこっちなのっ」
「あっ……」
全力で……。
「ユウトそっちじゃないの!」
「くっ」
……違うんだッ!
オレはまだ広島に来て一ヶ月ちょいで土地勘が無いだけなんだ!
決して方向音痴ではないと……思う。
ノエルに言い訳をしながら、10分ぐらいで目的地に着いた。
ダダダダダッ。
聞こえてくる銃声。
「って、誰かしっぽに捕まってんぞ!」
「ユウトが道に迷ったせいなのっ」
「お前だって自販機に釘付けだっただろ!」
「帰りに飲み物を奢る約束、忘れないで欲しいの」
「あぁ、わかったから、さっさと倒して帰るぞ。──セイッッ」
「グギャアアアアアアアア」
学校の中にも自販機はあっただろと思いながら、大蛇のしっぽを切り落とし、くねくねと動き続けるしっぽからノエルが自衛隊員を救助した。
本体側のしっぽは、切り口からすぐに新しいしっぽが生えて来ている。
「ユウトッ!」
「なんだノエルッ?」
「このしっぽ食べたらおいしいかもなの」
知るかっ!
「バイトくん!」
遠くで男性の声がして振り向いた。
「毒を吐くから気を付けろ!」
「菊池さん、遅れてすみません。了解です」
改めて大蛇を見据えた。
体長8メートル前後の人を丸のみにしてしまいそうな巨大な大蛇だ。
「おいおい、ヘビってトカゲみたいにしっぽ生えて来たっけ……」
ノエルが弓を放つが皮が堅いようですべて弾かれてしまう。
「ノエル。眼だッ。眼を狙え!」
そう言い、ノエルが少し下がって狙いを付ける。
「ほらほら、お前の相手はこっちだよっと」
生え変わったしっぽでオレを叩き潰そうとしたところを躱して再び切り落とす。
そして、悲鳴をあげたヘビの片目にノエルの放った矢が刺さる。
大蛇はこれでもかというほど砂煙をあげて悶え苦しみながら、口から毒をまき散らした。
「大人しくしろッ」
ボトッ。
トドメにオレがどこからが首かわからないが、頭に近い部分を切り落として霧となって消え失せた。
「初めて君達の戦闘を見たけどやっぱりすごいな。救助してくれた隊員もこのまま任務続行できそうなので、これから校内を調べるつもりだからここで少し休んでいてくれないか?」
「いえ、オレも手伝います」
オレも仕事の途中だ。
他の人が頑張っているのに休んでばかりいられない。
「そうか。助かるよ」
菊池さんはニッと笑って了承してくれた。
「ユウトォ~……、ノエルはもう動けないのぉ」
そこには、2本のヘビのしっぽでぐるぐる巻きになったノエルが居た。
顔と足先しか見えてない……。
どうやら本体から切り離した後に討伐すれば、消えてなくならないらしい。
「お前本当に喰う気だったのかよ」
「ふふーん、響子にから揚げにしてもらうのっ」
「「「「あははは」」」」
その場にいた隊員達から笑い声があがった。
それ、毒ヘビだよね……?