ページ30 学校奪還 その3
「あ……」
ピクリとも動かなくなる古賀にオレは驚愕した。
──迂闊だった。
まさかこうも簡単に人質に手を出すとは思わなかった。
何やってんだオレ。
これは遊びなんかじゃないんだ。
本当の殺し合いだって、わかっていたことじゃないか。
さっさと助けるべきだった。
それをちょっとばかしいいかっこしようとして、このザマだ。
己の無能さに苛立ち、握りしめる拳に力が入る。
「フンッ、害虫の一匹や二匹いくらでも変えは効く。小僧、このルック・ヴァン・ラスティード様を怒らせた罪、死を持って償え」
右手を高々と掲げ、男達が一斉に弓を構えた。
「殺れッ!」
冷酷に振り下ろされる男の腕と放たれた20本を超える矢群。
迫り来る大量の矢は映画などで目にする3D映像とは比べ物にならないほどの迫力を有していた。
その一本でも当たれば致命傷になるだろう。
もういい。
何も考えるな。
──進め。
自分への怒りを抑え込み、オレは歩き出した。
ヒュヒュヒュンッ。
たった今まで足が合った場所、手が合ったところに矢が通り抜けていく。
恐怖なんて怒りでとっくに吹っ飛んだ。
次から次へと身体を霞めていく矢の群れ。
一本たりとも当たることも、掠ることすらない。
短剣職の常時発動系技による効果の一つ。
矢の回避能力の向上により全ての矢が比喩抜きで軌道を変えて避けて行く。
それ以前に──。
こんな遅い矢、当たるわけがなかった。
ゲーム内でのNPCはどんなにレベルが高くとも40前後。
そう、放たれた矢の速度が遅く感じるのは、彼らのレベルがオレよりも遥かに劣っていることの証明でもあったのだ。
実際、オレの眼には全ての矢がまるでスローモーションの映像のようにほとんど止まって見える。
迫り来るすべての矢を無視して何事も無かったように。
ただただ、歩いただけだった。
「なっ」
「嘘だろ……」
「ば、バカなッ?!」
男達はその姿に狼狽し、次々と取り乱していった。
その後方では、焦燥に顔を歪めたルック・ヴァン・ラスティードと名乗った男の姿があった。
本来なら人間一人に20人以上で弓を射る行為は過剰戦力である。
その為、男達は二本目を射るつもりはなく、初めの矢を放った時点でその手は止まっていた。
もちろん、それは正しい行動であり、誰も間違ってはいなかった。
ただ一人を除いては。
その様子がさらに癇に障りルック・ヴァン・ラスティードは声を荒げた。
「なっ、何をしているッ! 殺せ、殺せえええええッ!」
その言葉に我に返った男達が次々と弓を構える。
一歩、また一歩。
淡々と歩く。
すでに男達との距離は残り4、5メートルにまで迫っていた。
それだけの近距離から放たれた全ての矢の中で躱す素振りも見せずに、ゆっくりと歩き迫る様は、恐怖でしかなかった。
こいつ等は決して弱いわけではない。
だが、これがMMORPGの残酷なまでの現実なのだ。
たかが0と1の違いでしかない数値の差がこれほどまでに理不尽な現実となって現れる。
「ひっ、ひぃ~~~~~ッッ」
「う、うああああああぁぁ」
「化物おおおおおおおぉぉ」
兵法三十六計逃げるに如かず。
男達は悲鳴を上げ我先にと逃げ出した。
手に持つ弓や矢を放り投げてそれはもう一心不乱に。
誰が化物だ。
失礼な奴め。
さすがにオレもそれを追いかけて攻撃するような残忍なことはしない。
戦いにおいて下の者は上の者の指示に従っただけだ。
バイトは雇い主には勝てないのである。
用があるのは一人だけでいい。
「お、おいッ、お前達ッ?!」
恐怖で逃げ狂う部下達に声を荒げ、狼狽し始める男。
「き、貴様、何をしたッ?!」
ようやく立ち止まる。
ルック・ヴァン・ラスティードとの距離はもはや3メートルも無い。
もう運動場にはこの男の味方はいない。
傍にいるのは意識を失った古賀だけだ。
すぐに助けてやるからな。
「お前の部下が勝手に逃げ出しただけだろ?」
俺自身は本当に何もしていない。
ただ歩いて近づいただけだ。
彼らは己を遥かに上回る強大な敵に恐れをなして逃げ出した。
それは本来、生き物が取るもっとも単純な防衛本能でもある。
「くそっ! 役立たずが……」
自分が好きに動かせる道具ぐらいにしか思ってなかったのだろう。
だからこそ、彼らは自分の身に危険を感じて一目散に逃げだしたのだ。
自分の命を掛けるに値しないと判断して。
まぁ命までは取らないけどね。
ドサッ。
震えていた足が身体を支え切れなくなり、男は膝から崩れ俯いた。
え?!
こいつ等、諦め早ェ。
オレまだなんもしてないよね……?
「だいたいここはどこなのだ……」
内心驚愕して男を見ているとポツポツと勝手に語り出した。
「我らは森で狩りをしていたはずなのに、気が付いたら害虫だらけの場所で、やっと見つけたこの城で森に戻る策を練っていたら、強大な風を操るドラゴンが現れ、化物のような害虫に惨めに殺されるというのか……」
お、おう……。
それだけ聞くと凄い苦労人に思えて来るな。