ページ29 学校奪還 その2
「おえええええええええええええええっっ」
その瞬間、空気が凍った。
ヘリを見上げていた黒ずくめの男達はそれはもう息ぴったりに、上空を見上げる視線を地上に戻した。
たった今まで誰も居なかった場所。
しかも目と鼻の先の距離にある大きな影の中に居る一人の人物に。
「「「「だ、誰だあああああああっ?!」」」」
男達は一斉に叫んだ。
影の中には遠目に水たまりみたいな物ができていた……。
そして聞こえる独り言。
「あぁ~、気持ち悪っ、マジ死ぬかと思ったわ……」
そう言い、口を拭う。
うそ……。
なんで……、なんでここに居るのよ。
──影山ッ。
「よう、無事か? 古賀ぁ」
間に居る黒ずくめの男達を無視して、悪戯っぽく笑った。
一気に色んな感情が湧き上がってくる。
そんなの見ればわかるじゃないッ!
ていうか、あんたその格好……。
影山の学生服の有様に私は戦慄し言葉を失った。
冬服のブレザーと中のカッターシャツは左肩から先が無く、腕には包帯が巻かれ、上半身は血まみれで黒のブレザーがさらに黒ずんで見える。
立っているのが不思議なぐらいの重傷。
まさに飛んで火にいる夏の虫だった。
いったいこいつは何しに来たのよ……。
「……か、影山、ダメ、早く逃げてッ!」
少しの間を置いて我に返った私は叫んだ。
「うーん、どっちかつーと、アレから逃げて来たんだけどなぁ」
呑気に頭を掻きながら上空を指さす影山。
わけがわからない。
ヘリの扉が開いた様子も、ましてやあんな上空から飛び降りれるわけがないじゃない。
そんなことより早くッ!
「いいから早く逃げてッ! あんたまでやられちゃう! お願ッ……」
パンッッ!!
「勝手に喋るんじゃないッ!」
強烈な平手打ち。
後ろ手に縛られた私には、それだけで意識を手放すのに充分だった。
倒れ伏した私が最後に見たのは、怒り震えるリーダー格の男の姿……。
◇ ── 数分前に遡る ──
「これ以上は危険です! 一旦浮上します!」
ヘリを操縦する篠崎さんが声を上げた。
押し寄せて来る高度の上昇に伴う気圧の変化。
もう限界だった。
「うっ、……もぅ、限界です。俺……先に、降ります」
すぐに腹から喉にかけて熱い物が競り上がって来た。
「待つんだッ! 一人であの数はいくらゲーム内の力があると言ってもッ……」
「シャドウ……、ウォーク」
その瞬間、身体が黒い霧と化して胡散する。
「えっ、影山くん?!」
「ユウト?!」
左雨さんとノエルが身体を乗り出して驚愕する。
「驚いたな、報告には聞いていたのだが……」
青井さんだけは報告によって知らされていた分なんとか平静を繕った。
大人の余裕というやつである。
「今、影歩行って……」
「あぁ、僕もそう聞こえたよ」
左雨さんが辛うじて耳にした言葉を反復し、青井さんが鋭い目つきで答える。
「確か、『ウォークスキル』というのは極一部の上位ランカーのみに与えられるユニークスキルだったね」
「はい、ゲーム内での獲得経験値、つまり上位5位までのプレイヤーが取得出来るボーナススキルです。でも、1万人以上居るプレイヤーの中で上位5位に入るなんて普通は無理ですよ……」
「あんな魔法、聞いたこともないの……」
目下で胃物をぶちまける残念な少年を上から見守る中、青井さんが声を荒げる。
「いや、待てよ……。西日本ユーザーの高レベルプレイヤーに彼のアカウントは無かったはずだ。もしあれば僕が直接交渉していたはず……」
何やら顎に手を宛ててブツブツ語り出した。
「あ、それはたぶん、影山くんがすでにゲームを引退しちゃっているからじゃないですか? 確か……、『昔やっていた』って言ってました」
左雨さんの返答に青井さんが驚愕する。
「まさか、押収したリストにゲームを辞めてしまったプレイヤーデータが含まれていないということは……。しかし、辞めてしまっていても能力を引き継いでいるとなると……」
急いでノートパソコンを取り出して確認を始め、眼は画面を凝視したまま器用にも会話を続ける。
「お手柄だ。もしそれが本当なら、ゲームの能力を得ている者が我々の持つリスト以外にも大勢居ることになる。交渉次第では協力者を増やすことができるかもしれないよ」
青井さんにそう言われ、その重要性にあまりピンと着ていない二人の少女は、ニッコリ笑って誤魔化した。