ページ28 学校奪還 その1
体育館の外で私は後ろ手に縛られた。
外は中以上にヘリのプロペラの音が大きく響き、そこから吹き付ける風が心地よく感じられた。
みんなを助ける。
気持ちが固まった私の頭は、外の空気を吸ってすぐに冷静さを取り戻した。
何かおかしい。
他の男達はどこに行ったのかしら。
ちょくちょく体育館の周りを見張っていた男達の姿がそこにはなかった。
ヘリが来たとは言っても一機だけである。
多少の戦力を乗せて運ぶだけなら乗っているのは、せいぜい11~12人だろう。さらに乗せて帰ることを考慮すればもっと少ないかもしれない。
人数では黒ずくめの男達の方が多いはずなのに……。
最低限見張りぐらいは普通残していくだろう。
「さ、さっさと歩けッ」
それにこの男の慌てようだ。
中に居た時は私も必死で気付かなかったけど、どこか焦っている気がする。
ロープを結ぶのに何度も間違えて結び直していた。
下っ端なのだろうけど、その様子はまるで何かに怯えているようだ。
私は男の言われるまま、運動場に向かった。
市内のど真ん中に立てられた我が校は、学力を優先しているだけあって運動場はそこまで広い物ではない。
それでもヘリの一機ぐらいは充分に降りられるだけの面積はあった。
ただし、その下で弓を構える者達が居なければの話である。
ヘリ事態は私が思った通り、操縦席の後ろに何人か乗り込めるタイプだ。
二色の迷彩模様に側面には白ふちの赤丸が付いている。
あまり詳しくない私にも一目でわかった。
たぶん、あれは自衛隊のヘリね。
私はヘリの下で弓を構える黒ずくめの男達を見て唖然とした。
20人以上の者が隊列を組み、ヘリに対して弓を構えているのだ。
無謀にもほどがある。
私の考えが間違っていなければ、さすがに自衛隊も手ぶらで人命救助に来たりはしない。
こちらの状況がどこまで伝わっているかはわからないけど、戦闘用に多少の重火器ぐらいの備えはあるはずだ。
それに対し、運動場という遮蔽物がどこにも無い場所で堂々と弓を構える行為は、敵対行動であり、撃ってくれと言っているようなものであった。
それでもすぐに撃ち合いが始まらないのは、お互いの狙いがわからないという理由からか、平和ボケした日本だからなのだろうか。
私はそのまま歩いて弓を構える男達の後方にいる、リーダー格の男のところに連れて行かれた。
「女! あれはなんだッ!」
私を見るなり、リーダー格の男が叫んだ。
「え?」
意味がわからなかった。
なんだって、そんなの見ればわかるじゃない。
「これほどの風を起こし空で静止するとは、魔物……いや、ドラゴンの類か」
は?
今度こそ私の頭は停止した。
魔物? ドラゴン? 何言ってるのこの人?
ふざけているようには見えない様子も相まって、より一層わけがわからなかった。
「チッ、……第一陣放てッ」
眉間に眉を寄せて黙る私を見て舌打ちした男は、目前で弓を構える男達に指示を出した。
次々に放たれる矢。
しかし、そのほとんどがヘリの起こすダウンウォッシュによって勢いを無くし、真っ逆さまに落ちていく。
辛うじて届いた1、2本の矢もヘリの下部でカンッという音を立てて落下していく。
このダウンウォッシュは、ヘリが空中に浮くために下方向に起こす風のことで、その強烈な風で大型台風並みの風力を発生させるのだ。
もちろん、矢はヘリに近づけば近づくほどその風力は強くなる。
さすがにこの高度では、ヘリまでほとんど届かないらしい。
男達の顔に少しばかり焦りと恐怖の色が見えた。
もし、先ほどリーダー格の男が言ったように、彼らの眼には本物の魔物やドラゴンの様に映っているのであれば、その恐怖はいか程の物であろうか。
この時の私には、そんな荒唐無稽なこと、思い付きもしなかった。
「忌々しい風めッ」
リーダー格の男がヘリを睨み付ける。
「あっ」
不意にヘリが高度を上げた。
「おお、逃げて行くぞ」
「口ほどにもない奴め」
「とっとと巣に帰れ!」
男達の中から歓声が上がる。
まずい。まずい。
もしかしたら、人質に取られている私のせいで反撃できずに距離を取ったのかも。
冗談じゃないわよ。
みんなを助ける為に決心して来たって言うのに、このまま着地を諦めて帰られては堪らない。
何かないかしら。
ヘリを援護できる何か……。
私はそう思い、ヘリから視線を外して運動場を汲まなく見渡した。
そして見つけたのだ。
「うそ……?!」
弓隊が見上げる位置から少し離れた場所にあるヘリコプターの影。
その中にいるモノを。