ページ26 学校占領 その6
¥ 午前0時、作戦は開始された。
ドンッドンッ!!
ドンッドンッドンッ!!
重量のある扉を叩く音が木霊する。
「ちょっとぉ、いつまでこんなところに閉じ込めて置くつもりなのよ!」
「何とか言いなさいよっ」
ドンッドンッ!!
世良先輩を中心にした囮班による入口での猛抗議だ。
──始まった。
『森先輩、私も連れて行って下さい!』
作戦会議中、私は脱出班リーダーの森先輩に頭を下げた。
『ちょっと待って! 見つかればただじゃすまないのよ。古賀ちゃんが行く必要はどこにもないでしょ?!』
世良先輩が泣きそうな顔で私に飛びついた。
その場に居た全員が同じことを考えただろう。
危険過ぎる。
見つかれば今度は何をされるかわからない。
それでも私は顔を横に振った。
今日、追加の生徒はいなかった。
普段なら大勢の生徒達が登校してくるはずなのに……。
ずっと隔離されていた私達には、その理由がまったくわからない。
それに加え、たまたま体育館の2階に登った生徒がそこから見える景色に悲鳴を上げたのだ。
いくつもの民家から立ち上る黒い煙。
異変はこの学校だけではない。
私達の知らないところで何かが起こっているのは間違いなかった。
『……友達が心配なんです』
その一言に世良先輩が顔を歪めて俯いた。
『足手まといだと判断したら置いていく』
ジッと私を睨んでいた森先輩がすげなくそう言い会議を再開した。
体育館の入口とは反対側、壇上の奥にある非常用扉の前に私達はいた。
「よし、こちらも始めよう」
ジャー先の言葉に森先輩達が頷く。
敵の注意を入口に集め、私達脱出班が非常用扉から脱出。
隣の剣道場を駆け抜けて裏門から外に助けを呼びに行く手筈である。
扉のドアを少し開けた森先輩が外を確認する。
「──誰も居ない」
ギギギ。
錆び付いた扉が音を立てて開き、中から5人の脱出班が外に出る。
最後に外に出た私がそっと扉を閉めた。
森先輩がジャー先を睨んで頷く。
作戦中は極力喋らないと会議で決まった。
当然のことだけど、声が奴らに見つかる可能性もある。
私達は体育館と剣道場の間にある狭い通路を静かに走り出した。
先頭がジャー先、その後ろに森先輩と他の3年の男子2名、最後に私が続く。
さすがに3年の3人は足が速かった。
はぁはぁ……。
日頃の運動不足のせいだろう。
私はすでに全力ダッシュであった。
愛がたまにやるランニング姿が頭を過る。
距離もちょうどいいこともあって、愛は自分の家から私の家を一周して戻るというコースをいつも走る。
寒い中よくやるなぁと暖房の効いた部屋から私はよくそれ眺めていた。
ただ、私にはあるかもわからないもしものために、日頃から身体を鍛えようとは思えなかったのだ。
必死に走るがどうしてもみんなとの差が少しずつ開いていく。
不意に森先輩がチラリとこちらを振り返り、少しスピードを落としてくれた。
足手まといは置いていくって言ってたのに……、不器用な人。
誰も見ていない私の頬が少し緩む。
剣道場の角で全員一旦停止。
今度は先頭のジャー先が左右を見渡し頷く。
この角を曲がれば裏門はすぐそこである。
よかった。なんとかいけそうね。
そう思ったのも束の間。
前の4人が角から駆け出して、私もそれに続いた直後だった。
ヒュッ~~~~~~~~~ンッッ!!
ガサッ!
頭上を何かが鋭い風切り音を立てて飛び越えていった。
そしてそれは先頭のジャー先の少し前で地面に突き刺さり、炎を上げる。
まるでこれ以上進むなと警告しているかのように。
──火矢。
まさか気づかれた?!
後ろを振り返ると夜闇の中、音もなく駆けて来る複数の黒い影。
まずい!
早く裏門にっ!
森先輩達の方を向くと私以外の者は全員、正面を向いたまま前方を睨んでいた。
「くそっ!」
森先輩の吐き捨てるような声がした。
裏門の方に目を凝らすと闇の中、一人の男がこちらへ歩いて来ていた。
あれは……。
「ぶははは、逃げ出せるとでも思ったか? 害虫共が無い知恵絞ったなァ? よく頑張ったなァ。でも残念。ここまでだ」
リーダー格の男が両手を広げた。
それは私が見ても明らかな挑発だった。
「ふざけるんじゃねえええええっ!!」
「森! よせッ!」
ジャー先の静止を振り切って、森先輩が猛ダッシュで殴り掛かる。
「ぐは……」
暗くさと尋常じゃない速さのせいで相手の動きがまったく見えない。
殴り掛かったはずの森先輩が両手でお腹を抱え崩れ落ちた。
「お前は3度目だな。簡単に意識を失えると思うなよッ」
ドスッ。
男はそう言って森先輩の腹部を何度も蹴る。
ドスッ。ドスッ。
私の頭の中ではその様子が校長先生の容体を連想させる。
ああ、やめて。
私達が悪かったから。
ドスッ。ドスッ。
お願いだから……。
森先輩が死んじゃう。
ドスッ。
「もうやめっ……ぁ」
ドサッ。
そこで私の意識は途切れた。
いつの間にか背後に忍び寄っていた黒い影によって意識を刈り取られた。