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ログイン ~リアルのオンラインゲームは待ったナシ~  作者: ロングブック
第一章 バイト戦士と私の王子様
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ページ25 学校占領 その5

 8人のうち7人の先生達はすぐに意識を取り戻した。


 ただし、一人を除く……。


『我々はこの城の主をすでに捕獲した』


 あの時、男はそう言った。


 そう。学校を城というのなら主は一人しか居なかったのだ。


「誰かこっちに来てくれ!」


 最初に駆け寄った生徒が声を上げた。


 酷い……。


 数人の生徒達が眼を、顔を背ける。


 その痛々しさはとても見ていられる物ではなかった。


「こ、校長っ?!」


 目を覚ましたうちのジャージ姿の男性教師が悲鳴のような声を上げ、横たわる校長先生に膝をついて駆け寄った。


 誰だっけ、この先生。


 名前がわからないのでジャージの先生、略してジャー先でいっか。


「うそ……」


 ちょうど戻って来たらしいスズちゃんが震える声を上げ、へたり込んだ。


「くそっ!」


 ジャー先が拳を握りしめ怒りを必死に抑え込んでいた。


 何度も殴ったり蹴ったりしたのだろう。


 顔は腫れ、ボロボロになったワイシャツはあっちこっちから血が滲んでいる。


「だ、誰か保健室から救急箱をっ! って、行けないのかああっ!!」


 ドンッ!


 ついにジャー先の怒りが限界を超え、体育館の床を思いっきり殴りつけた。


 その悲痛な叫びは、その場にいる全員の心の声を代弁したかのように、体育館中に重く響き渡った。


「私、絆創膏ならあります!」


「ティッシュなら……、私もありますっ!」


「あ、私もっ!」


 誰もが憤りを感じ口を噤む中、一番に声を上げたのは世良先輩だった。


 他の女子生徒達もそれに続き自分達の鞄へと駆け出した。


 校長先生のケガはあまりにも酷く、たぶん何カ所か骨も折れている。


 この場では対した手当もできないだろう。


 それでも何もしないよりは良いと、すぐに動き出せる先輩達は素直にかっこよかった。


 先輩達に触発され他の人達も動き出し、校長先生の手当ては始まった。


「お前達、……すまん」


 ジャー先が力なく頭を下げていた。



「スズちゃん、何があったの?」


 手当てがある程度落ち着いてから私はスズちゃんに話しかけた。


「…………」


 スズちゃんは真っ青な顔で俯いて何も言おうとしなかった。


 明らかに先ほどまでとは違う様子に私は眉に皺を寄せた。


 それを見るに見かねたジャー先が割って入り、説明してくれたのだ。


 昨日の夕方、校長を含むここに居る8人の先生がたまたま学校に残って居て、初めは職員室に全員縛られて集められていたらしい。


 その後、ここの領主は誰かなどわけのわからない質問をされ、当然のことながら先生達は答えられるはずもなかった。


 業を煮やしたリーダーらしき男が、一番若いスズちゃんを尋問するために連れて行こうとして、校長先生が身代わりを申し出たらしい。


「校長が連れて行かれた後、何かの花のような匂いを嗅がされて、気付いたら体育館だったというわけだ」


 スズちゃんは終始震えていた。


 もし、校長先生が身代わりにならなったら、倒れていたのはスズちゃんだったかもしれない。


 そんなこと、まだ若い新任の先生には耐えられないだろう。


 奴らはこちらが気が付かない間に一瞬で背後に回れるほどの身体能力と使い慣れた刃物を持っている。


 震えるのは当然のことだった。


 これが訓練された兵士ならば銃やナイフを突き付けられても、それを奪い相手に付き返すぐらいのことはできるかもしれない。


 でも、ここに居るのは戦いなど知らない一般人である。


 平和な日本でぬくぬくと育ってきたのだ。


 簡単にトラウマとなる。


 そして、その震えには私も覚えがあった。


 もし、ここに連れて来られる時に抵抗していたら……。


 考えたくもない。


 私は震えるスズちゃんを抱きしめた。


「古賀さん?!」


 突然のことで驚いてすぐに引きはがそうとする。


 私は腕に力を籠めた。


「スズちゃん、お願い。少しこのままで居させて……」


 スズちゃんはそれ以上何も言わずに力を緩め、生徒の前で堪えていた一筋の雫を私の肩に落とした。


 もしもの話をしても仕方ないのかもしれない。


 でも、現実にそれが今、私達の目の前にあるのだ。


 恐怖。


 それは理屈じゃない。


 頭でわかっていても震えは止まらないのだ。


 大人だって怖いものは怖いのだから。


 決してそれは運がよかったと済ませて良い代物ではない。


 校長先生が取った勇気ある行動は称えるべきだろう。


 しかし、明日は我が身……いや、この後、数分後にそれが誰にでも降りかかって来るかもしれないのである。


 まだ終わってはいない。


 いつ助けが来るかもわからない。


 気の利いた言葉なんて何も出て来なかった。


 ただ、……ただ、温もりを、今だけは感じていてほしい。


 100の言葉よりも一度の温もりで救われるモノもあるのだから。



「薫、もう待てない」


 いつの間にか目を覚ましていた森先輩がぽつり言った。


 世良先輩が俯いたまま言葉なく頷いた。


 校長先生の容態は本当に酷かったのだ。


 ワイシャツの下は何カ所も赤く腫れあがり、黒ずんでいる部分もあって素人の私達を始め、先生達にもどうすることもできなかった。


 このまま放っておいたら命に関わるかもしれない。


 食料ももうない。


 助けが来ないなら、呼びに行くしかない。


 今の状況を伝え、一刻も早く助けを。

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