表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ログイン ~リアルのオンラインゲームは待ったナシ~  作者: ロングブック
第一章 バイト戦士と私の王子様
25/57

ページ24 学校占領 その4

 ヨーロッパの古い童話集。


 私は、怖い話の多いグリム童話の中で眠り姫だけは大好きだった。


 魔法使いに呪いを掛けられて100年の眠りについたお姫様。


 100年後、近くの国の王子様が危険を顧みずにお姫様を見つけ出し、キスをして目を覚まさせる。


 その後二人は結婚して幸せに暮らすというとてもロマンティックなお話なのだ。


 まだ私が幼稚園に通うぐらい小さかった頃。


 寝る前にお婆ちゃんが何度も話聞かせてくれた。


 その話を聞くたびに、私にもいつか王子様が現れないかとワクワク、胸を躍らせながらいつも眠りについたのだ。


 そのお婆ちゃんも小学生の時に亡くなってしまった──。



「へぇ~、古賀ちゃんも昔は可愛かったのね。今でも可愛いけどっ!」


 そう言って抱き着いて来る世良先輩。


 そろそろ放してほしいなと思いながら私は照れ笑いを浮かべた。


「その眠り姫はシャルル・ペロー版の童話集で、結婚後のお話も綴られているんだけど、王子の母親が人食い鬼で、生まれた子供もろとも何度も食べられそうになるという怖いお話で、私もグリム童話の方が大好きなの!」


 突然熱く語り出す清水先輩に私と世良先輩はきょとんとなってしまった。


 でもその気持ちはわかるのですぐに頷いた。


 ペロー版の童話集では、最終的に頭がおかしくなった王子様の母親が死んでしまうのである。


「そうなんですよ。幸せになるお話でも悪者だからって殺しちゃったら後味悪いですよね」


 ふふ、誰でも好きな話になると熱が入っちゃうよわね。


「え~、二人だけでわかり合って、私だけ仲間はずれ~?」


 こんなマイナーな話についていけるのは文学少女だけである。


「「あははは」」


 世良先輩が頬を膨らませそっぽを向いた。


 ちょっとだけその姿が可愛かったのは内緒である。



 そして、夕刻時。


 時刻は16時半を回った頃、事は起こった。


 ずるずるずる。


 最後に体育館に清水先輩が入ってきてから、約一日ぶりに扉が開かれた。


 入って来たのは、私をここへ連れて来た黒ずくめの男達5人。


「先生っ!」


 その場に居た誰かが声を上げ、私達はその光景に目を剥いた。


 意識のない先生達の襟首を掴み、引きずりながら入ってくる男達。


 体育館の中央付近で先生達を放り投げた。


 そのままくの字に折り曲がったままピクリとも動こうとしない。


 生きているわよね……?


 そんな不安が脳裏を過る。


 誰もが固まり動かない中、唯一一人だけ立ち上がった者が居た。


「おいッ! 貴様らぁいい加減にしろよおおおッ!」


 言葉、途中ですでに我慢の限界に達した森先輩が先頭にいた男に殴り掛かる。


 男は顔色一つ変えず森先輩を睨むだけで動こうとしなかった。


 そして森先輩の拳が振り下ろされた。


 私でも遠目にその拳は当たった、と思った。


「えっ……」


 ゴドンッ!


 森先輩の拳が当たる寸前で男の身体がブレたと思った時には、何故か殴ったはずの森先輩が体育館中に響く音と共に床に叩きつけられたのだった。


 何いまの──。


 男の動きが速すぎて何が起こったのかすら、見えなかった。


「きゃああああああっっ!!」


 他所から響く悲鳴。


 森先輩はそのままピクリとも動かない。


「うそ……」


 隣で世良先輩の呟きが聞こえた。


 一気に体育館の空気が凍り付く。


「フム、こいつは二度目だな。学習もできないとはな……」


 森先輩を見下ろしている男の声が静かに響き渡った。


「おい、害虫ども! お前達もこうなりたくなければせいぜい大人しくしていることだッ! 行くぞ」


 言い放つと一緒に入って来た数人の男達を連れて扉から出て行った。


「森くんっ!」


 扉が閉まるとほぼ同時に世良先輩が森先輩に駆け寄った。


 私もそれに続いて、放り投げられた8人の先生達に駆け寄った。


 入学してまだ一ヶ月ちょいの私が覚えている先生なんてあまりいない。


 駆け寄る途中で唯一知っている先生を見つけて抱き起した。


「ちょっとスズちゃんッ! しっかりしてッ!」


 後ろ手に縛られているだけで、パッと見どこにも外傷は見当たらない。


 遠藤鈴(スズちゃん)は、去年大学を卒業して、一年間の研修を経て今年から私達の副担任になった新米先生。


 入学して二日目に私の名前を呼んで話しかけられた時はちょっと驚いた。


 他の先生よりも年が近くて親しみやすく、入学してすぐにみんなからスズちゃんと呼ばれるようになった先生である。


 本人は先生としての威厳がっ! とか言っていたけどもう定着してしまった。


 いくら揺さぶっても意識が戻らないスズちゃんに段々焦りを感じ、私は頬を軽くパチパチと叩いてみた。


「スズちゃん! スズちゃんッ!」


 我ながら扱いは雑であるが、緊急時なので仕方ないだろう。


「う、うぅ……。古賀……さん?」


「よかった、気が付いた」


 少し頬は赤いけど、そんな小さなことは気にしない。


 スズちゃんは右手で頬を抑えながらハッとした顔をした。


 やっぱり叩き過ぎたかな……。


「うっ。古賀さん! これ早く解いてもらえないかしら?!」


 突然何か思い出したかのように、手首を縛っているロープを突き出され、私は虚を衝かれた。


「え? う、うん、ちょっと待ってね」


 このロープ変な結び方してるわね。


 これ、ちょっと時間かかるかも……。


「ねぇ古賀さん、まだかしら……」


 ちょっと待ってよ。


 何をそんなに急いでいるのよ。


「結び目が固くって……、もうちょっと」


「お願い……、早くぅ」


 顔を歪め何やら苦しんでいる様子のスズちゃんに急かされ、私も頑張った。


「はいっ! 解けたよっ」


 その瞬間、バッと立ち上がり全力ダッシュ。


 ぽかんとなっている私を置き去りにして走り去って行った。


「ありがとうっ!」


 トイレという楽園へ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=7345858&siz
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ