ページ19 協力者
「僕は西日本を担当しているしがない警察官というわけだ」
青井さんがニッコリ笑う。
昨日のモンスターを倒したのがオレ達だということは、あの場に居た自衛隊の報告により、すでに周知の事実だろう。
そして、持ち掛けられたのはあくまで『協力』。
何故かそのことを強調する姿勢にオレは忌避感を覚えた。
この人は本当にわかっているのだろうか?
昨日オレが体験した戦闘での恐怖やスリルは、一歩間違えば自分が命を落とす本物のモノだ。
それは決してオンラインゲームをやっている一部の人間、つまり家で長時間引き篭もってゲームをしているような人間が耐えれるような生易しいモノではない。
そんな人間に『協力』だのと持ち掛けても断られるのが関の山である。
結局、自分の命が掛かっている。
誰だって好き好んで戦場に行きたがらない。
これはゲームではないのだ。
それがわかっていながら強調する意図がわからない。
結果がわかりきっているこのやり取りに何の意味がある。
「オレ達にモンスターと戦って死ねと言うんですか?」
「もちろん、プレイヤーの職業や能力はこちらもすべて把握している。モンスターの討伐以外にも隔離された人々の救助や治療、支援など、生身の人間である自衛隊やレスキュー隊には難しくとも君達ならできることも多いんじゃないかな」
オレのストレートな質問に青井さんは眼を反らさずに答えた。
「それはオレ達が慈善事業をする理由にはなりませんよね?」
確かにノエルやオレのケガを一瞬で治療してしまった左雨さんの回復魔法があればどんな大ケガを負っても生きてさえいれば、無傷に戻せるかもしれない。
ただし、連続使用は不可能なのだ。
少なくとも数時間はマナの回復に時間が必要になる。
そんな左雨さんを避難や救助が行えないような状況の場所に行かせることはできない。
マナの回復待ち時間にモンスターに襲われたら目も当てられない。
マスクのせいで表情はわからない。
唯一見えている眼が、一瞬ノエルに視線を移した後に大きく溜息を吐いた。
公安警察。その中でもゼロと呼ばれる特殊組織に組する男。
その役職に付くのにどれだけの苦労や修羅場を潜り抜けて来たのかをオレは知らない。
嫌な予感がして握っていた拳に力が入る。
「うん、誰だって命は惜しい。君の言うことは間違っていない。ただし、その場合は異世界から来たというノエル君は害意に関わらず、野放しにすれば混乱を招く恐れがあるのでこちらで保護させて頂くよ」
オレが先ほど感じた忌避感の正体はこれだ!
一見、『エルフの耳に興奮』だの『協力』だのと聞こえの良い行動や言葉を並べているが、それは全部この一言のために警戒心を緩めさせるための罠だ。
友愛の証をもらい、一緒に一晩明かして仲良くなったオレ達には、初めから選択肢などなかった。
オレ達がノエルを見捨てることができないと確信したからこそ、切り札を切ったのだ。
「くっ……」
己の至らなさに歯を噛み締めた。
突然の平穏から命を危険に晒されて疑心暗鬼になっている人達がノエルを見たら何というか、火を見るよりも明らかだ。
人権はあるのか?
そもそも日本の法律が適応されるのか?
オレや左雨さんを『友』と呼び、多くの人の命を背負い戦った彼女をそんな人達の眼に晒せて溜まるかよ。
「もし、君達が協力してくれるというのなら、彼女は私の管理下に置くことで君達とこれからも行動を共にすることを許可することができる。もちろん、彼女に危害を加えたりなどもしない、約束するよ」
青井さんは畳みかけるように宣言した。
「でもそれは……」
「協力します!」
オレの言葉を遮って、ずっと黙っていた左雨さんが叫ぶように声を上げた。
「ノエルも手伝うの」
さらにノエルまで参加表明した。
オレは揺れた。
この中で一番戦力があるのがオレだ。
必然的に危険な目に合うのもオレである。
二人を無残に死なせるつもりはないけど、もしオレが守り切れなかった時には取り返しの付かないことになる。
それでも左雨さんが協力者になってしまっては、オレも突っぱねることはできない。
苦渋の選択に顔を歪ませたオレに、視線が集まる中……。
青井さんがワザとらしくポンと手を打つ。
「あ、そうそう。協力者は臨時のバイト扱いになるのでお給料も出るよ」
「是非、協力させてくださいッ!」
オレは即答し、青井さんが勝ったと言わんばかりにニヤリと目を細めた。
「ありがとう!」
「「あははは」」
左雨さんもノエルも頬を緩め、張り詰めた雰囲気は一気に分散した。
命が掛かっているとは言っても、お金がもらえるのだ。
バイトを失ったばかりのオレにその一言は反則技だった。
世の中大抵のことはお金で解決する。
ただし、世の中がちゃんと機能していればの話だ。
オレがそのことに気付くのは、もうしばらく後のことになる。