ページ18 明らかになる事実
「ああ、ご足労掛けてすまないね。とりあえず掛けてくれ」
長机と折り畳み式のパイプ椅子がいくつも置かれたテントの中でオレ達を出迎えてくれたのは、スーツ姿に白いマスクを付け、寝不足なのか目元に少し隈のある気だるそうなににこにこした男性だった。
その向こうには左右の壁に一人ずつ、二人の自衛隊員が控えている。
あ、怪しい……。
見るからに不健康そうな30過ぎの如何にも胡散臭そうな男。
机の上に散らばった資料をかき集めながら飄々と口を開いた。
「いやぁ、先ほど着いたばかりでまだ情報が錯綜しててね……。ははは」
わざわざ呼び出されるぐらいだ。
どんなお偉いさんに事情聴取されるのかと身構えていたオレ達は、そのだらしなさを見た途端に肩の力が抜けていった。
言われた通りオレ、左雨さん、ノエルの順に腰を下ろした。
「うん、まずは自己紹介かな。僕は警察庁警備局警備企画課、情報特務所属の青井誠です。テレビ何かでよく言われる公安の人間だよ、ほらほら」
胸元から警察手帳を取り出してしきりに強調した。
胡散草過ぎる。
というか、軽い。
オレ達は完全に疑いの眼でその刑事を睨んだ。
ノエルには警察が何かすらわからないはずなので、胡散臭さがひとしおだろう。
「影山優人です」
「左雨愛です」
「ノエル・シュトラスなの」
一介の高校生であるオレ達は立派な肩書などはない。
オレ達の自己紹介を一人ずつ「うんうん」と相槌を打ちながら聞いていた青井さんが、ノエルの自己紹介でピタリと止まり、ジッと鋭い眼で見つめた。
「君は人間じゃないね。『あちら側』から来たのかい?」
「「なっ!」」
オレと左雨さんは驚きに眼を剥いた。
そしてノエルは平然と「はいなの」と答えて、昨日からずっと被りっぱなしのロングケープのフードを取り、自身の綺麗な髪を顕わにした。
その隙間からはエルフ独特の長い耳が自己主張する。
「おおおおおおおおっ! これがエルフかっ! 話には聞いていたが、実際見るとやはり驚くな! さ、触ってもいいかい?!」
「セ、セクハラですよ。ソレ」
バッと立ち上がり、両手を机に付けて乗り出してくる警察官。
急いで身を乗り出してノエルを隠すオレ。
そしてドン引きするノエルと左雨さん。
「あはは、いやぁ済まない。つい興奮してしまったよ」
へらへらと笑って青井さんは椅子に座り直した。
、警戒心のレベルがグッと跳ね上がる3人であった。
どこまでが冗談なのかまったく読めない男である。
ん?
「──聞いていた?」
眉間に皺を寄せ、青井さんがポロッと零した言葉を繰り返した。
「あぁ、昨日二人を診察した医師から報告を受けている」
くそっ、やっぱりだ!
オレの不安要素が的中した。
モンスターに殴られたノエルと左雨さんが運ばれた治療室。
オレがすぐに駆け付けたにも関わらず、追い出されてしまったあの時、ノエルのロングケープ、もしくはフード部分を脱がされ、見られたのだ。
オレは自分の力不足に拳を握りしめた。
何が男女平等だ!
オレは医師や看護婦さんをぶん殴ってでも、変質者や変態などの汚名を付けられようともノエルを守るべきだったのだ!
くっ!
自分の羞恥心が憎い。
「安心してくれ、もちろん口止めはしてあるし、君達に関しては多少大目に見るように伝えてあるよ」
多少大目に……。
その言葉には思い当たる節があった。
あからさまに怪訝そうにしていた看護婦さんが、何も言わずに抜糸と包帯の交換をしてくれたこと。
あれはそういうことだったのか。
「どうやら思い当たる節があるようだね」
オレの顔色を読んだらしい青井さんは頷き、姿勢を正して本題に入った。
「君達は『ソードオブアビス』というオンラインゲームを知っているね?」
「はい」
「……」
オレは簡素に答え、左雨さんが無言で頷いた。
ノエルを見られた以上、隠しても無駄だ。
口止めや便宜を図ってくれていることから、そう悪い話ではないかも知れない。
オレは愚かにも猜疑の目を少し緩めてしまった。
「私が所属する警察庁警備局警備企画課 情報特務には、極秘とされる通称『ゼロ』という組織がある。普段はテロ活動などのスパイ獲得や協力者確保など情報収取を主に行っている」
机の上で手を組んだ青井さんは、先ほどとは打って変わって鋭い眼差しで事件の全貌を語り始めた。
「君たちが昨夜戦ったモンスターは、今現在日本だけではなく世界中で出現が確認されており、昨日の日本時間午前8時にアメリカ、ワシントン州で正式に世界的大災害と公表された。現在各国大急ぎで原因の究明並びに対応・対策が求められている」
情報。
そう、目が覚めてから人づてでは色々聞いているモノの、今やテレビやラジオ、携帯などの情報媒体は完全に停止していた。
そんな中これだけの情報を確保できていることは、さすがは先進国日本の警察というべきであろう。
同時に、世界中でモンスターが出現したという事実に愕然する。
世界的大災害?!
あんなモンスターが世界中に現れたって言うのか。
「嘘だろ……」
たかだかレベル23前後で既に自衛隊ですら手に負えない相手だぞ。
なんだよそれ。無理ゲー過ぎる。
そんなオレの呟きを首を軽く横に振るだけで答える青井さん。
「日本警察、そしてゼロの調べにより、オンラインゲーム『ソードオブアビス』のモンスターやNPCなどが何らかの影響で現実世界に現れたということがわかった。また、ゲームをプレイしていたと思われる一部のプレイヤー達に『身体的変化』が確認されている。君達にも心当たりがあるよね?」
おおよそオレと左雨さんが身を持って確信したことが上げられていた。
そんな荒唐無稽な話、実際に自分の眼で見て居なければ信じる者はいないかったかもしれない。
そして目の前には異世界から来た本物のエルフがいるのだから、ぐうの音も出ないのだ。
警察官青井誠は言う。
「『身体的変化』つまり、ゲームのステータスを引き継いだ者達は、自衛隊による重火器での掃討でも傷一つ付けることのできなかったモンスターと戦い、倒すことができる、我々ゼロはそういった者達に協力者になってもらうべく動いている」