ページ16 災難は友達を呼んでやって来る
急に不安になり、その後は速足でシェルターの病室に戻った。
「あ、おかえり、影山くん」
「ユウト、厠遅かったの」
二人の顔を見てホッとしたオレとは反対に、二人は何故か困惑していた。
「二人とも起きてたんだ」
オレの疑問に左雨さんがばつが悪そうな顔で口を開いた。
「う、うん……。目が覚めたら影山くんが居なくて、しばらく経っても戻らなかったからノエルさんを起こして探しに行こうと相談してたの。えへへ、必要なかったみたい」
何だか要らぬ心配をかけたみたいだ。
「ノエルは厠だって言った……の……、むっ!」
そう言い、ノエルはいきなりオレを睨んで指差した。
「アイ! ユウトから女の匂いがするの!」
「「え?!」」
オレと左雨さんの声が重なった。
「こんな夜更けに寝床を抜け出して女と会っていたの!」
女って……。
いや確かに会ったけど、お婆さんだし、というかどんな嗅覚してんだこいつ。
ケガ人や付き添いで男女様々な人が居り、更に薬品などの匂いも入り混じるこの病室内でオレだけの匂いを嗅いで女性の匂いをかぎ分けることが本当にできるのだろうか。
エルフってそんな特技あるの?!
「え、いや、誤解だって散……」
「どういうことなの? 影山くん」
オレの言葉を遮って、左雨さんが笑顔で首を傾げた。
ちょ、左雨さん! 目が笑ってないから!
「さぁ、ユウト吐くのっ! どこで誰と何をしていたのっ!」
ノエルが大声で聞き咎める声を上げ、オレはハッとした。
また怒りに満ちた看護婦さんが来るのではと……。
恐る恐る周囲を見回すと周りの患者さんやら付き添いの方々から「くくくっ」と、笑いを堪えるような声がそこら中から聞こえてきた。
時刻は午前6時前。朝から騒がしくて大変申し訳ありませんっ!!
室内に看護婦さんが居ないことに安堵して、オレは散歩中に会ったお婆さんのことを二人に話した。
左雨さんは怒らせると怖い。そう、心のメモ帳にメモをして。
「まったく人騒がせなの。あーぁ、大声出したらお腹空いたの」
話を聞いたノエルの一言。いや、二言か。
って、オレが悪いのか?!
黙って散歩に行ったのはオレだけど、みんな寝てたし。
ぐぬぬ、解せぬ。
「あはは、そうだ影山くん」
理由を話したら左雨さんもいつもの左雨さんに戻っていてホッとした。
「たぶん私、もう気を失わないと思うよ」
「え?」
マナダウンのことを言っていることはすぐにわかった。
でも、昨日の今日というかまだ数時間前のことなのに、体内のマナに大きな変化があったとも思えない。どういうことだろう?
「ノエルが対処法を教えてくれたの……」
「ど、どどんな方法?!」
何故か少し恥ずかしそうにする左雨さんに、オレは反射的にどもった。
「ふふふ、な・い・しょっ」
なんじゃそりゃ。
何故か左雨さんの機嫌はいつもより良くなっていた……。
それならまぁいいや。
「なら、試しにオレの腕に回復魔法、やってみる?」
失敗してもまた気を失うだけである。
時間が経てば目が覚めるなら問題ないだろう。
「いいよ、じゃ腕を出して」
そう言って、ベッドに腰を掛けていたオレの正面に座り直して、ギブスでガチガチに固定された右腕を持ち上げた。
ノエルも左雨さんの隣に座る形となった。
意外とマナの回復って速いんだなぁ。
体内マナと言っても、ゲームの時のように可視化して数値で見れるわけではないのだ。
本人がもう大丈夫と思えばそれは大丈夫なのかもしれない。
大きく深呼吸をして、意を決したように、左雨さんは周りに聞かれないようなとても小さな声で呟いた。
「ヒール」
ギブス越しに右腕が淡い光を放ち、そしてすぐにそれは収まる。
縫われた傷口が塞がっていくくすぐったさを腕越しに感じた。
ギブスをしたままでも治ったことがわかる。
「治った……」
オレは左雨さんとノエルの顔を見比べて呆然と呟いた。
知ってたけど、魔法すげェ。
ノエルがドヤ顔で頷く。
左雨さんは祈るように眼を閉じていた。
数秒後ゆっくり目を開けて、にっこり笑って喜んでくれた。
まるで自分のことのように。
「よかったぁ~」
宣言通り気は失わなかったけど、少し気だるそうな左雨さんをベッドに横にならせ、オレはあることに気付いて血の気が引いて行った。
まずい、まずい。
な、何と言って看護婦さんに説明しよう……。
昨日縫ったばかりの切り傷が次の日には治っていたなんて、誰が信じよう。
包帯の交換などでギブスを外されれば必ずばれる。
それに縫ってもらった糸を抜糸してもらわねばならない。
ノエルはまだいい。
ケガの具合を誰にも見られたわけではないのだから。
かなり苦しいが、思ったより無事だったで押し通した。
でも、オレの場合は手術で輸血やら縫合やらしたのだから……。
あああああああああああああああっ。
失敗した。
オレがお願いしたとはいえ、こんなに早く治してもらうんじゃなかった。
「皆さん、おはようございます。体調の悪い方や傷口が痛む方はいらっしゃいませんか?」
オレがそう思った直後、爽やかな挨拶で看護婦さんが入室してきた。
オワッタ……。
がっくしと肩を落とすオレにノエルが声をかけた。
「ねぇ、ユウトォ、朝ご飯まだなの~?」