ページ13 便利な物ほどないと困る
「ここは異世界なのっ!」
──時が止まった。
まぁ、うん、ノエルからしたら異世界だね……。
敢えて言うなら、オレも左雨さんも気が付いていた。
だけど、この自信満々のドヤ顔を前にすれば口にはできない。
オレは空気が読める男である。
「……ナ、ナンダッテー?!」
ぽかんとしている左雨さんを眼の端に、大根役者に負けず劣らずの超絶リアクションを披露した。
「ふふーん」
頬を釣り上げて機嫌を良くしたノエルは、真っ平らな胸をさらに反らして饒舌に語った。
「魔法が使えるのは人間だけじゃないの。ノエルも簡単な魔法なら使うことはできたのっ。でも、ここ2,3日は魔法が発動しなくて……、始めは森を出たせいだと思っていたけどぉ、森を出てすぐは使えたし、もしここが異世界、それも自然界のマナが薄い世界なら納得なの!」
「自然界のマナが薄い世界……?」
オレが反復する。
薄いも何も、元々この世界に魔法なんてないよ?
え、オレが知らないだけでマナも魔法も存在したってこと?!
「マナの濃度がノエルさんの世界とこの世界は『密度』が違うってこと?」
難しい顔で呟く左雨さん。
実際に魔法を発動させた彼女なら、何か思い当たる節があるのかもしれない。
「なの、そのマナは体内に存在するマナにも比例するの、魔法は使えても魔法を執行するためのマナが足りず、発動しなかった……わけ……なの」
ノエルは真っ青になり、声のトーンがどんどん落ちていった。
「魔法職で元々マナが多く、体内密度が薄くともどうにか一度だけ魔法を発動させることができた。そしてマナを枯渇させて意識を失ってしまった、というわけか……」
オレの呟きを無視して頭を抱えたノエルがついに悲痛な叫び声を上げた。
「あ! あああああああああああっ! 魔法が使えなくなったら、水も飲めない、厠も行けない、水浴びも……、い、生きていけないのおおお!」
「い、いや、大丈夫だから! トイレも水浴びもできるから大声出すな! 周りの迷惑だろッ!」
「影山くんも声が……」
左雨さんがオレとノエルを見比べながら苦笑していた。
もし、水道の蛇口を捻れば水が出るこの時代のオレが、原始時代に行けば同じ反応をしたかもしれない。
でも、よく考えてみれば原始時代でも川に行けば水はある。
伴う危険は置いておいて。
それ以前に魔法が使えないからといって生きていけないわけではない。
もしそうだったらオレ達人類はとっくの昔に滅びている。
その為に魔法の代わりに化学が発達し、文明が栄え、暮らしが豊かになったのだ。
その辺をノエルに小一時間ほどかけてじっくり説明してやった。
そして……。
「魔法がなくとも水が……出せる……?」
頭を抱えて呟いたノエルがオレをキッと睨む。
「ユウト、ノエルを騙そうしてもムダなの! 蛇口が何かわからないけど、蛇の口は毒あって危険なの! 水なんてでないし、ましてや川や井戸からこんな建物の中まで水が引けるはずないの!」
信じなかった。
「ばっかお前っ! じゃあこのポット見てみろよ。水を入れてスイッチを押せばお湯が沸くんだぞ」
「こ、これは……、そのっ、中の人が魔法でお湯を沸かしてるのっ!」
ビシッとポットを指さすノエル。
天才かこいつ。
たった今、魔法は使えないってわかったばかりだろ……。
「あはは、ノエル、影山くんの言ってることは本当だよ。ほら、天井についてる光だって魔法じゃなくて電気って言うんだよ」
論より証拠。
オレ達は左雨さんが指さした天井の蛍光灯を釣られて見上げた。
「そういえばこんな夜更けなのに、昼間みたいに明るいの。魔法やランプじゃこんなに明るくは……。これが人間の作り出したもの……なの……?」
、ノエルは手をポンッと叩いて呟いた。
今まで気が付きもしなかったのだろうか。
「たぶんノエルの居た世界の人達に比べたら、文化や文明がまったく違うと思うんだけど、ここは魔法の代わりに科学が発達した世界なんだよ」
ノエルは腕を組んで神妙に頷いた。
ゲームの中では雰囲気を出すために、夜は明かりと言えばランプを使うか、魔法で辺りを照らしていた。
その他にも生活レベルは中世ヨーロッパぐらい。
一応ゲームなので不必要な風呂やトイレは見たこともなかった、ノエルからしたらかなり発達した超文明にでも見えているのかもしれないな。
蛍光灯を睨んで何やらブツブツと呟いていた。
「むむむ、カガクめ……」
「そういやノエル、お前もしかして魔法と一緒に精霊も出せなくなってるんじゃないか?」
ノエルの表情がスッと消えていき俯いてしまった。
あの時、ノエルは自分を精霊使いと言った。
なのに、モンスターとの戦闘でそれを使わなかったのだ。
精霊は本来術者の魔力に関係なく、精霊召喚することで精霊自身が精霊魔法と呼ばれる特殊魔法を自動で執行する。
その強さは術者のレベルに比例する。
ただし、これらはゲームの中での情報だ。
そっくりそのままということはあるまい。
それでも、あの戦いで精霊を出してくれていれば、多少は違った結果だったかもしれない。
しばらくして顔を上げたノエルは、自分の首に手を回し、一つの宝石の付いたペンダントを外した。
ペンダントトップのその宝石は、無色透明のクリスタルで、ノエルはそれをとても大事そうに差し出した。
「ユウトの言う通り、気が付いた時にはこの精霊石の色が失われていたの……」
「ちょっと待てノエル、精霊石の色ってなんだ?」
「え、精霊石に色なんて合ったの?!」
ノエルの答えにオレと左雨さんは驚愕した。
ゲーム時代の精霊石とは、精霊を呼び出す為の媒体として使われていた。
より上位の精霊を呼び出す時ほど精霊石の必要数が多くなる。
つまりただの消耗品だったのだ。
そんな消耗アイテムに色なんてない。
均一に無色透明だった。
話を聞いてみると、どうやら精霊石とは精霊が己のマナを閉じ込めて依代にしたモノで、契約が破棄されてマナが失われるまで色が消えることはないらしい。
通常、精霊のマナは精霊石に封じてある為、効率よく引き出すには精霊との信頼関係が必要になるとのこと。
それらの理由から精霊石が消耗品扱いされることは絶対にないとノエルが明言した。
「影山くん、これっていったいどういうこと?」
「……オレにもわからん」
そもそもなんでゲームの世界が現実に現れているのかだってわからないのだ。
初めからわからないことだらけである。
ゲームだった時との些細な違い。
それが今後どう響いて来るのか。
オレは焦燥を駆り立てられるような胸騒ぎを感じた。