ページ10 少女の祈り
左雨愛視点です。
──── 時は少し遡る ────
「ユウト、これはさっきのお礼なの」
「えっ?!」
影山くんの左手に白いナイフが手渡された。
柄が白く刃の部分が動物の毛皮で包まれていた。
「早く行くの!」
ちょっとノエルさん、どこいくの?!
そっちはちが……。
ご飯を食べたばかりなのに、やけに喉が渇いていて声が出てこなかった。
不安に駆られ、隣を見ると影山くんと目が合った。
「オレが必ずあいつを連れ戻すから、左雨さんは避難して!」
「……ぁ」
咄嗟に伸ばした手は、空を切った。
待って影山くん。
──そう、叫ぼうとして思いとどまる。
きっと影山くんは止めても行ってしまう。
あんな大ケガをしていても。
そんな気がした。
走り抜けるその背中にあの言葉が重なる。
『どうか、どうか傍に……。あの子の傍に……、居ていただけないでしょうか』
また胸が締め付けられるような痛みが走った。
何ができるわけでもない。
それでも……。
私も、行かなきゃ。
きっと後悔する。
そんなの、絶対嫌。
「はぁっ、はぁ……ッ」
荒い息。どんどん大きくなる不安。
遠くの方から地響きが何度も聞こえてくる。
二人は、どこ?!
兎に角地響きのする方に走った。
そうしてようやく辿り着いた。
何、あれ……。
巨大なモンスター。
民家ほどの大きさとありえないくらい太い腕。
これ以上進むな、と足が竦んだ。
──怖い。
今すぐ逃げ出したい。
影山くん達はきっともう逃げたんだ。
都合のいい言い訳が頭を過る。
──その時だった。
ドンッッ!!
大きな音と共にバリケードの中から人影のような物が飛んで来た。
「ノエルッ!!」
ほとんど同時に影山くんの叫び声が上がった。
その人影は、自分とは少し離れた瓦礫の山に墜落した。
「……うそ」
見間違うはずがない。
ロングケープのフードを被った少女だ。
そんなの私は一人しか知らない。
──ノエルさん。
気が付いた時には駆け出していた。
視界にはすでにモンスターの姿はない。
ノエルさん、ノエルさんッ。
「おい、しっかりしろッ」
「早く、担架をッ」
血まみれで倒れるノエルさん。
視界の先では数人の自衛隊員が駆け寄っている。
ダメ。
ノエルさんはきっとこの世界の住人じゃない。
ばれると大騒ぎになる!
そのことを知っているのは私と影山くんだけだ。
今は私しかいない。
私がなんとかしなきゃ。
私が──ッ。
「どいてぇぇええええええええええええっ!!」
無我夢中でお腹から息を吐いた。
ノエルさん、ノエルさんッ。
自衛隊の人を突き飛ばし、血まみれのノエルさんに駆け寄った。
痛みに顔を歪めたその表情を見て血の気が引いた。
「ノエルさんッ。しっかりしてッ!!」
「カハッ、逃げ……て……」
ノエルさんは血を吐き出し、言葉の途中で意識を失った。
「ぁぁ……。嫌だよぉ。私だけ逃げるなんて、そんなの、出来ないよぉ。お願い、目を覚まして……」
さっき出会ったばかりなのに。
あんなに笑っていたのに。
涙が溢れだした。
抱き上げる腕に力が入る。
絶望という無力感に押し潰されそうになった。
──まただ、またあの時と同じ。
影山くんが意識を失った時のことが頭の中を霞める。
目を覚まさない影山くんの名前を何度も何度も叫んだ。
溢れる血は止まることを知らず。
私は、ただただ無力で……。
どうしたらいいかも分からず、子供のように一人泣き喚いた。
あの時は偶然、自衛隊の人達が通りかかった。
でも、今回は違う。
私が、私が何とかしなきゃ、いけない。
私しかいないんだ。
壊れかけていた自分の心を奮い立たせる。
……時間はない。
どうしたら、どうしたらいいの。
あの時みたいに何も出来ないで、ただ泣いてるだけなのはもう嫌!
まだ私に出来る事は──、ある。
何の確証もないけど……。
何の傍証もないけど……。
昨日襲われたゴブリン達。
それに──。
ノエル・シュトラス。
そしてシュトラスの森。
私の考えが正しければ、きっと大丈夫。
現実的にはあり得ないけれど。
響子ちゃんに話したらきっと笑われるよね。
──だけど。
だけど、今の私にはこれしか思いつかない。
絶対に死なせるものか。
まだまだ話したいことはたくさんあるんだ!
あっちの世界のこと、いっぱい聞きたい。
ありったけの想いを込めて、祈るように『言葉』を紡ぐ。
お願い……響子ちゃん。
あの世界の私、力を貸して。
「ヒィーーーーーーールッッ!!」
勝ち鬨を上げ、再び暴れ出そうとしているモンスター。
周囲では自衛隊員達が困惑の色を隠せないでいた。
そんな中、少女の身体が僅かに光輝いたのを見た者は少なかっただろう。
すぐに光は収まると、スッと表情が和らぎ、身体中の傷が徐々に塞がっていった。
「よかっ……、た」
程なくして途方もない脱力感と眠気に襲われ、愛もまたその場で意識を手放してしまった。
結果、愛の意に反して二人とも運ばれることになってしまったのだった。
愛「響子ちゃん響子ちゃん! 私達のお話に評価を頂いているよっ」
響子「私の出番はまだまだ先なのにちょっと気が早いんじゃないかしら」
愛「ちょ、響子ちゃんネタばれだから!」
響子「ふふふ、私の活躍が気になる方は、下の『評価』をお願いねっ」