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どれだけ眠っていただろうか。目を覚ますと清潔なベッドに寝かされていた。塞がりかけの腹にはきつく包帯が巻かれ、白く上等な服まで着せられている。そして意識が完全に覚醒したサザムはベッドの脇にしっかりと持ち帰った財宝が置かれているのを見てほっと息をついた。
「目が覚めたか」
サザムは自身以外の声にやっと自分のほかにも傷だらけの男がいることに気が付いた。右隣のベッドを見れば三十ぐらいの男がいる。サザムに負けない体つきの男だ。そしてなによりサザムには見覚えのある男だった。迷宮の列に並んでいた時にちょうど迷宮から出てきた男だ。しかし近くで見るとそれ以前にも見たことがあるような気がした。
「俺はハルっていうもんだが。はじめましてだよな。サザムよ」
ハル。その名を聞いてやっと気が付く。その名はラスカムの抱える子分の中で最も強いと言われる喧嘩屋ハル。一番新しいものでラスカムの水場を奪いに来たごろつき十人を、ただの拳で建物より高く飛ばした逸話のある男だった。たしかにこの男ならば迷宮を攻略することもできるだろうという噂の数々をサザムは知っていた。しかし同時にラスカムの側近といってよい男がなぜ迷宮に入っただろうか。新参者ではあるがラスカムは日に日に勢力を増しているはずで、その側近であるハルが迷宮に入る理由は見当もつかなかった。
ハルと話しているととても真っ直ぐな男で、似た気質のサザムとは気が合った。サザムもハルもその力でのし上がった男であるから隠し事などしないで話しているうちに、二人には驚くほどに共通点があることが分かる。迷宮都市キャスカムのスラム生まれ、スラム育ちの親なし。怪力無双。さらにハルはサザムの二つ前の子供どもの顔役で、極めつけはラスカムに追い立てられて迷宮入りしたことだ。これを聞いたサザムは思わず尋ねた。
「ラスカムの側近じゃなかったのか」
「ラスカムが周りにそう思わせていただけだ。実際は違う。なんせラスカムが弩を揃えていたのは俺をいつでも殺せるようにするためだからな。俺は金で雇われてただけだ」
そう言ったハルの顔は特に恨み事を言っている風ではなかった。かくいうサザムも特にラスカムや右腕のっ少年を恨んでいない。機会があれば相応の仕返しをするだろうが、それだけだ。強いも弱いも、偉いもなにも関係ない。生きるか死ぬか。それがサザムの手に入れた迷宮の法だった。ならず者の、スラムの法から外れたサザムにとってはもう些末ごと。それはハルも同じのようで、二人はもうラスカムたちのことなど忘れて語らい始めていた。
話し込んでいるうち、使用人の女が食べ物を運んできた。肉の丸焼き。スープ。ステーキ。酒。サザムには見たことが無いものばかりで、口に運ぶどれもがうまかった。それはハルも同じようで、二人はただ黙々と運ばれてくる料理を平らげた。
呆れるほどに料理を貪り、最後に来たのは迷宮前で出会った女の騎士だった。兜を外して艶やかな黒髪をおろしている様はスラムのどの女よりも美しく、とても迷宮入りするようには見えない。
「これから領主による騎士叙任の儀を行う。部屋に入ったら私と同じだけ前に進み、私が膝をついたらお前たちも膝をつけ。領主はお前たちの肩を剣で叩いて何事かを言う。私が立てばお前たちも立ち、出ていけば終わりだ」
わかったな、と念を押すと女は返事も聞かずに部屋を出た。呑気に残った酒を飲んでいたハルとサザムは急いで後を追った。