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サザムは腹の矢を抜き、これからどうしたものかと思っているとそれは起こった。ごりごり、うぞうぞと脳を掻き乱されるような感覚に襲われたのだ。同時に鹿を殺した時と同じ熱さも襲っていたが、そんなことなど比較にならない感覚だった。それはどんな痛みにも形容し難く、サザムは不快感から何度も嘔吐を繰り返した。やがてそれが収まったとき、サザムははっきりと理解した。
(<強化>)
心の中でそう唱えると身の内から力が湧き出すのを感じた。右手に持つ鉄の短剣もまた妖しく輝き、試しに斧と打ち合わせると短剣は容易に刺し貫いた。短剣に新しい傷はなく、いくつも空いていたはずの腹の穴も塞がりかけている。非常に良い力だとサザムは笑った。迷宮攻略者が手に入れるという異能。あらゆるものを強くする。手に入れたのはそういう力だった。思うままに広場を駆け、跳びまわる。力のもたらす全能感はサザムの僅かばかりの理性をかき消すには十分だった。
迷宮を出たものは化け物のような力を持つ、とサザムは聞いたことがあった。それと同時に代償があるなら広めてほしかった、とも思った。どうやら<強化>が使えるのは一日に合わせて三十秒程で、激しい体力の消耗が伴うのだとサザムはぐったりと地面に体を横たえて理解した。理解したのは二十秒程使った後で、それでも代償として味わったことのないほど大きな虚脱感に襲われていた。
いくらか休んだ後、サザムは改めてこの場所を見渡した。すると横たわった怪物の死体の他に、どうにも薄ぼんやりと輝くあの紋様がある壁に気が付く。近づけば、やはり赤いそれはサザムを飲み込んだ迷宮の入り口と似ていた。
これで終わりかと、どうにも力に入らない体を動かし槍を二本回収した。斧や弩もあったが、どちらも子供用に誂えたような大きさとあまり出来が良くなく、加えて嵩張るので捨ておいた。
サザムは壁の前に立ち、ゆっくりと進む。視界が晴れたときサザムの眼前に広がったのは予想外の光景だった。迷宮に入るときに見た出口に繋がっているのだと考えていたが、出たのは相変わらずの洞窟の一室で、前にはまた紋様の壁があった。しかし決定的に違うものがそこにはある。
そこはさながら財宝部屋だった。美しい装飾の施された大粒の宝石、ぎらぎらと輝くサザムの身の丈ほどの剣、棒の様に加工されている金の塊。それらが溢れんばかりに乱雑に置いてあるのだ。サザムはしばし呆然として、はっとすると財宝めがけて駆け出した。
サザムは出来うる限りの財宝を抱えた。気に入った大剣を一振り探し当て、金になりそうな宝石をぼろぼろの上着を袋のようにして詰め込む。あとは記念にといくらかのひかる苔と二つの鹿の角、そしてこれ見よがしに台座に飾られていた本を一冊。いくらか文字の読めるサザムにも全く読めない本だったが、ぱらぱらとめくると迷宮の壁の紋様に似ている気がしたので気になって持ち出したのだ。そうして最終的には背に宝石袋を、左腕に武器と角を、右腕に抱えるだけ金塊を持つ。鉄の短剣と苔を腰紐にくくり付け、意気揚々と紋様の輝く壁を進んだ。