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視界が明瞭になったと共に感じたのは腹を貫く衝撃だった。顔をしかめる間もなく、本能の赴くままみ力の限り左に駆ける。動くごとに痛む腹を抑えながらサザムは敵を見た。明かりはないというのに広場は不思議と明るく、敵の姿は容易に確認できた。
そこにいたのは醜い顔をした子供のような怪物だった。湖と同じほどに広いここでは、小柄で薄汚れた緑の肌に黒目のない白濁した眼の怪物が十体いる。そのうちの三体は弩を持ち、先ほどまでサザムのいた場所に二発また矢が打ち込まれていた。弩を持たない怪物は不快な金切声や歯ぎしりを繰り返し、武器を振り上げまるで笑うように口の端を吊り上げる。
七体の怪物は揃いの小ぶりの斧でサザムに向かって襲いかかった。サザムは腹に刺さった矢を引き抜き、力一杯右に持つ角槍を投げた。特に狙いなどつけていなかったが、強化された筋力はすさまじく、真っ直ぐにとんだそれは正面に迫る怪物の一体の腹を貫いてなおも飛んだ。見届ける間もなく、サザムは迫る左の一体に向かって駆けだす。尚もはるか後方では弩を持つ三体が狙っていた。ががが、とサザムの影は射抜かれ、その間に斧を持つ一体の顎を人力の限りで蹴り抜く。肉の潰れる鈍い音と共に怪物の顎は潰れた。ついで槍を横なぎにするだけで、更に迫る二体の喉は裂け、鮮血がサザムのぼろ布を染め上げた。
どう、とまた腹を射抜かれる。サザムは舌打ちをし、左のわき腹から矢を引き抜いた。顎を蹴り砕いた怪物の心臓を槍で潰し、盾のように持ち上げた。やはりまたどどう、と矢がきた。盾の具合は良く、身を低くしていれば矢を防ぐには十分だった。今度は狙いを定めて弩持ちに槍を投げる。空を裂く音と共に、槍はたしかに弩持ちの頭を刺し貫いた。空いた右手には落ちている斧を持つ。
あと五体。斧持ちが三に弩持ちが二。サザムはまた一つ舌打ちをした。すでに斧持ち三体には囲まれている。怪物はサザムほど足が速いわけではなかったが、猿のように跳ね周る俊敏な動きは厄介極まりなかった。そうして弩持ちから気を逸らせば矢が飛んでくる。数は減ったが連携は増し、より一層窮地に陥っていた。
気狂いのような雄叫びをあげて斧持ちが迫り来る。先ほどのように槍と同じ要領で斧を横なぎにしても、小さく短い斧では俊敏な怪物には上に下に避けられる。そうして苦慮しているうちにどう、とまた矢が地を穿つ。どうにも盾の及ばない足元を狙っているらしく、段々と狙いは定まって来ていた。まずい、とサザムは直感する。
腹から血は流れているというのに、血が頭にのぼってゆく。迷宮に入ってからというもの、どうにも考えることばかりだった。サザムにとってスラムでの戦いなどただ力いっぱい殴るだけだったのだ。それだけで大抵の人間は倒せたし、そうして倒せないならば一目散に逃げてきた。サザムは馬鹿ではないが、頭がいい訳でもなかった。考えることはいつも右腕の男の仕事だったのだ。
苛立つサザムは衝動に任せて盾と斧を怪物に投げつけた。当然怪物は避けてみせたが、そこへサザムは猛然と駆け出す。単純な速さではサザムに及ばない怪物はすぐさま追いつかれた。勢いそのままに腹を蹴りつけて、倒れ伏す怪物の頭を踏み抜く。散々にサザムを笑った怪物の倒れ伏して痙攣をする様ににやりと笑うが、当然とばかりに矢が腹に二つ突き刺さった。それでもなおサザムはまたもう一体へ走り出す。雄叫びをあげ、斧を避け、蹴り殺す。射抜かれる。それをもう一度。こんなものかとサザムは笑った。
前衛を全て殺した後に弩持ちを殺すのは容易いものだった。腹に矢が何本も刺さってはいたが、急所や足をやられなければどうということはない。弩持ちは斧持ちを全て殺すと途端に逃げ出したが、迷宮に逃げ場などあるはずもなく、サザムはすぐに追い付き鉄の短剣で心臓を潰して殺した。