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サザムは頭を冷やすように湖の水を飲んだ。うまい、と思わず言葉をこぼす。冷えた頭は冷静な思考を取り戻させた。
思うにサザムは幸運続きだ。裏切られたとはいえ難なく迷宮に行けたこと。運良く大鹿を倒せたこと。ラスカムの売る水とは比べものにならない程にうまい水がただで浴びるほどに飲めること。悪い事があれば良い事もある。良い事があれば悪い事もある。サザムは己をそう諌めた。
衣類を着て、気を取り直したサザムはじっくりと考え、この湖から持ち出すものを決めた。まずはひかる苔だ。苔はむしっても変わらず光ったためできるだけ集める。服のうちに入れて腰紐をきつく縛ればなかなかの量が持ち運べた。さらには大鹿の二つの黒い角も集める。角は長くサザムの身長ほどもある。手を塞ぐが、槍のように使えば短剣よりはましだと考えた。
サザムは最後に惜しむように湖の水を飲んだ。当然水筒などないので、次に飲めるのはいつとも知れない。この湖の道は結局行き止まりだった。分かれ道まで戻らねばならない。
湖のある広場を出て分かれ道まで戻り、明るい湖の道に印を刻む。苔の明かりは具合がよく、明るすぎないのがちょうどよかった。残った分かれ道のもう一方、僅かに先が見えるかどうかだった道は淡い緑の光によって照らされる。少なくとも出会い頭の不意打ちを食らう心配はなくなった。右腕で角槍を二本抱え、左手で苔をかざしてやはりゆっくりと道を進む。
それが現れたのはかなり長い距離を歩いた頃だった。代わり映えのしない様、疲労と渇きからいったん湖へ戻ろうかという欲求が芽生えた頃、サザムの目に入ったのは行き止まりだった。いや、正しくは壁だ。今まではあたり一面でこぼこで脆かったが、行き止まりの壁はそこだけ不自然に平らだった。そしてその壁に書かれた赤黒く難解な紋様にサザムは見覚えがある。それは迷宮の入り口だ。試しとばかりに左手を壁につけば、やはりするりと飲み込まれる。慌てて左手を引き抜いた。
サザムは迷宮に入る時にはできなかった決意を固める。勘の良いほうであるサザムには予感があった。おそらくこの先にぬしがいる。いままでの幸運など吹き飛ばす敵がいるのだ。自然と伝う汗をぬぐい、待ち受ける不運を笑う。生まれながらのならず者であるサザムにとって幸運など数えるほどしか起こったことはなかった。それに比べればこの状況はむしろ幸運であるのだ。生きれば、敵を殺せばいいだけ。それはサザムにとっての日常だった。
サザムは苔を胸にしまい込み、両手に角槍を持ち壁に入った。迷いなく、まっすぐと入っていった。