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分かれ道の先は短く、そう歩かないうちに広い場所に出ることができた。そこには見たこともないような大きさの湖があり、水中には大小さまざまな魚が泳いでいた。地面や壁、天井の至るところにあるぼんやりと緑にかがやく苔があたりを照らし、そして辺りをよく見るとサザムと魚以外の生き物がいた。
それは大きな鹿だった。高さでさえ大人に負けないサザムと同等にあり、蹄と角は黒光っている。しかしその鹿が異様であるのは二つの角は枝分かれせず真っ直ぐで、まるで剣のように伸びていることだった。
「なんだあれは」
思わず漏れ出た言葉は小さかったが、しかし湖によく響いた。優雅に湖の水を飲んでいたそれは、広場へと入ってきたサザムの気配を察すると、前足を大きく振り上げ嘶いた。
サザムと鹿の距離は充分以上にあるはずだった。しかし鹿がサザムを視界に捉えた途端、それは恐るべき速度で接近した。一つ跳ねるごとに足場は弾け、距離はみるみるうちに縮んでゆく。これに焦ったサザムは特に考えがあるでもなく洞窟の壁を背に短剣を構えていた。鹿の剣のような角の切っ先はしっかりとサザムを向き、角は長く、安物の短剣が届く前にサザムが貫かれることは疑い様もなかった。角が貫かんと間近まで迫った時、サザムはあまりの事態に力むあまり湿った苔に足を取られわずかに滑らせる。やがてどう、と一層大きな音とともに鹿の角は激突した。
ずるり、と体を横たえたのは鹿だった。角を壁に強かにうち付けた鹿は鈍い音とともに脳髄を潰して死んだのだ。根元から折れた二本の角は壁に深く突き刺さっている。一方のサザムは運が良かった。足を滑らせたためか、間一髪避けた形になったのだ。角に当たることもなく壁と鹿に挟まれた形でへたりこんでいた。そうして呆然としていたサザムに追い打ちをかけるように襲ったのは身を焼くような熱さだった。
体が炎そのものとなったかのようで、その場でのたうち回った。衣服の持つ僅かな熱さえも嫌になり脱ぎ捨て、炎を吐き出すように力の限りに叫ぶ。そうしてさえも熱さは治まることを知らずに上がり続ける。
どれほど耐えていただろうか。やっと熱が引いていくのに気付くと、次に感じたのは猛烈な飢えだった。思考する間もなく倒れ伏す鹿の肉を食い、血を啜る。飢えもまた底無しのように続いていたが、幸いなことに食らいついた鹿は大きく、どうにか飢えを満たすことは出来たようだった。
そうして最後に残ったのは力だった。試すように駆けだせばまるで先ほどの鹿のように速い。筋力が強くなったようだが、特に脚力が強くなったようだった。これは良い、とサザムは笑う。先ほどの危機など何ほどのものかと。サザムは酔いしれる様に大きく笑った。