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サザムは探索日数から偶数日を戦闘による能力上昇、奇数日をぬしの探索に専念することにした。強くなることとぬしを探すことはどちらも欠かせない事柄だからだ。強くなければぬしは殺せず、強くなってもぬしがどこにいるのかは手掛かり一つない。ゆえにそう決めたのだ。
十日目の昼を過ぎた頃、白い猪と遭遇した。大きさは腰ほどしかないが、鼻の上から伸びる短く太い角は赤黒い。幸い猪は一頭しかいなかった。頭を下げて草を食べている隙に気配を殺して近づく。猪が異変を感じて顔をあげたとき、<強化>を使って一気に攻勢に出た。身を屈めて首に大剣の切り上げを叩き込む。手応えは予想以上に重かった。ただの動物とは思えない鉄や鋼を打ったような感触に手が痺れる。しかし大剣の切れ味と<強化>による恩恵は凄まじく、猪の首は半ばまで断たれていた。それでも猪は血を流してしばらくもがいていたが、もう一度首へ大剣を叩き込むと事切れた。
サザムは泉に戻ると持ち帰った猪から肉と皮を剥ぐ。肉はただ焼いただけでもうまく、また殺したことによる力の上昇を感じた。そして猪の皮は軽いが金属のように硬かった。鉄の短剣では傷付けることは出来ず、大剣でやっと割くことが出来る。その皮を拠点にしている泉の近くの木に吊るす。本格的なものは無理だが、簡単な処理はヨルンが迷宮で役に立つ技術だと聞いてもないのに言っていたので知っていた。迷宮の怪物の素材の多くは良い武器や防具の代わりとなる。事実サザムも鹿の角槍には世話になっている。今回ばかりはヨルンの話を聞いた自分に感謝した。
そして十三日目の夜、それは音もなくサザムを襲った。目ぼしい成果も見つからず帰る途中で殺した動物の肉を肩に担いで泉に戻ると、サザムは強い衝撃を背に受けたのだ。鎧の背に結びつけた猪の皮のおかげか傷はない。しかしきしむような痛みを肩に感じた。ひょう、と森の上で何かが鳴く。空を見上げてもあるのは黒い空と白く輝く月のみで何も見えない。そして肩に担いでいたはずの肉が消えていた。その後サザムは夜通し警戒したが、ついにその日また襲われることはなかった。
十四日目。正体不明の存在があるものの、対処のしようもないので変わらず動物を狩りに出る。この日は昼に川で四頭の狼と戦うことになった。茶色い狼は音もなくサザムを囲み、間合いの外から必ず二頭以上で襲ってくる。大剣を一頭に振るえばその一頭は避け、もう一頭は噛み付く。そうして手こずっているうちに手足に傷が増えた。そこでサザムは避けた一頭に向かって大剣を投げつける。<強化>を受けた体は唸りをあげ、強化された大剣は避ける間もなく狼を貫いた。サザムは気配を読み、すぐさま背の槍を取って後ろにいるであろう狼を横なぎにする。その一撃は強か狼の頭を切り裂いた。いざもう一度とサザムが残りに向かって構えると、一転狼は逃げ出した。気付けば体を僅かに熱が襲っている。一息つく間もなく大剣を拾い、戦利品の狼を抱えて泉に戻った。
そうして泉に戻った時、それは起こった。サザムが異変を察知出来たのは狼との戦闘で昂り、いつも以上に気配に敏感だったからだ。ひゅるりという僅かな風切り音を耳が捉えると、咄嗟に身を屈めた。風が舞い、何かが横切る。またひょう、と鳴く声がした。木を背に体を起こして<強化>を使って空を見る。強化されたサザムの瞳には、何かが飛び去っていくのが映った気がした。
サザムを襲った何かは倒した狼の一頭を持ち去っていた。サザムは取り置いてある筋張った肉を焼いて食べながら思う。狼を持ち上げてなお目にも止まらぬ早さで飛ぶ何か。おそらく昨日の奴と同じであることは間違いなかった。サザムは待ち伏せされているのだ。空を飛び恐るべき力をもつ何か。今日もまたそれを警戒しなければならない。