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サザムは息を殺し、一瞬<強化>を使った。大量の水分を失った体は確実に弱っていたが、それでも<強化>の力は絶大だった。振りかぶり石を投げると、兎は察知すら出来ずに頭を潰して死ぬ。サザムはまたしても失った体力を少しでも取り戻すように、鉄の短剣で潰れた頭を切り落とし血を啜る。決してうまくないはずなのに、それはサザムの心を確かに満たした。
サザムは三日間、迷宮入りから七日目までを泉を拠点として失った体力の回復に努めた。狙うのは兎のみ。そうして一日分の獲物を得ると外敵の現れない泉に戻って極力動かず<強化>の力の利用法を考える。そうして三日を過ごした。
そうして迎えた八日目。サザムは考えに考えた作戦を実行するために動いた。万全とはいえないがだいぶ体の具合も良い。いつものように獲物を探す。するとやはり兎はいた。サザムはそれを殺さずに気配を殺してひたすら後を追う。幸い一週間は想像以上にサザムを森に適応させ、そして一回目の迷宮攻略以降サザムは異様に気配に敏感だった。風を読み、気配を殺し、ひたすら追う。そしてそれは現れた。視界が開け、せせらぎと涼やかな風がサザムを包む。それは大小様々な動物が集まる川だった。
サザムは今度こそ注意深く観察した。川では動物たちが水を飲み、よく見れば魚もいる。どう疑っても危険はないように思えた。これで駄目ならば水場は罠の迷宮であると諦める他ない。そしてそれ以外にも問題があった。鹿だ。あの初日に見た大鹿が川の近くに三頭いるのだ。
サザムはまずゆっくりと草陰から出た。サザムは洞窟迷宮を出た後鹿について幾らか調べた。そして鹿が草食であることを知った。つまりあの洞窟の鹿は特別人を襲う可能性を疑ったのだ。それ故に極めてゆっくりと、鹿を驚かせないように近づいた。
しかし、鹿はサザムを目に捉えると一斉に突進を開始した。三頭横並びに迫られると角は壁のようになり、前に逃げ場はない。襲われる可能性を冷静に考えていたサザムは足に力を込め、跳躍の一瞬のみに<強化>を使った。どう、と大鹿に負けない力で大地を蹴り上げ大きく上に飛び上がる。そして突進してきた鹿のうちの一頭の背に着地した。着地の勢いそのままに手に持つ大剣で首を切り落とす。大剣はさしたる抵抗も感じさせずに首を落とした。
サザムは間を置かずに目標を見失って辺りを見渡すもう一頭に近づく。その鹿に気付かれた頃には目前におり、またどう、と首を断った。あと一頭。探すとあと一頭とは距離があった。サザムはかつて洞窟でやったように木に背を預けて大剣を構える。大鹿が一足に加速し角を突き立てんと首を下げた。鹿が迫るその時に、また<強化>と唱えて大剣で突きを放った。
ずるり、と鹿は体を横たえた。洞窟の鹿とは違い森の鹿の角は横に広いが前に長くなかった。結果鹿の渾身の突きが当たるよりも前にサザムの渾身の突きが当たったのだ。サザムは一息ついて手についた血を土で誤魔化そうとして、やめた。今は安全な水があるのだからそれを使えばいい。使った強化は五秒ほど。今はその代償の疲労さえ心地良かった。