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サザムは腹を抱えて痛みに耐える。辺りは酷い有様だった。体中から液体という液体を出し、襲い来る痛みをただただ耐えた。水を飲んだ分などとうに出し切っている。だからといってサザムは再び泉の水を飲むことはない。この体調の悪化は泉の水以外考えられないからだった。
はじめは少し気だるい程度だった。満足するまで泉の水を飲んだサザムはそれを歩き詰めだったので疲労を感じたのだろうと結論付けて横になった。久しぶりに全身に日の光を浴びて、いよいよ心地よい睡魔に身を任せようかと思った瞬間だ。体中を激痛が走った。頭も手足も腹も痛み、いっそ死ぬよりも辛いと思わせるような痛さ。体は悪いものを全て出せと言わんばかりにあちこちから水分を吐き出した。サザムはそれに耐えて、耐えて、耐えた。そして耐えきれずに本能のままに力を使った。
(<強化>)
心の中でそう強く唱える。するとじわじわと痛みは引いた。そうしておよそ二十秒たった頃、遂に痛みは消え去った。力尽き横たわったサザムに残ったのは多大な疲労だけだった。
よく考えればわかることではあった。透き通った泉は一見では普通に見えるが、異常な点がいくつもある。泉の中に生き物がいない事。泉の周りは土が剥き出しで木どころか草も生えていない事。泉の水を飲みに来る動物がいない事。そして何よりここは迷宮だという事だ。常ならばサザムも警戒して気付いていたかもしれない。しかしサザムは一度洞窟の湖で良い目にあっていた。加えて飢えは想像以上に冷静さを殺していた。唯一の幸いは死ななかったことと、危険な動物も近寄らない泉であったことだった。
サザムはここまできてようやく真に冷静になったといえた。体は未だ十分に動かせなかったが、思考は良く働いた。サザムは思う。これは確かに失敗だった。しかし得たものもある。一つは<強化>の汎用性の高さ。この力を敵を殺す術としか考えていなかったが、<強化>はそれだけにとどまらない応用が出来た。もう一つはここが迷宮だということを再認識したことだった。サザムは心の何処かで生活の余裕や前回の成功を引きずっていたのだ。
サザムは次こそ真に決意を心に刻んだ。忘れてはならない。今も昔も多くの幸運があったから生きているのに過ぎないのだと。これは不運ではなく幸運なのだと。