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朝、サザムは水袋に残る最後の水を飲んだ。これでもう持ち込んだ水も食料もない。これからは生きるための全てをこの森で取れるものを使わなければならないのだ。頼みの綱の<強化>も使った後は多大に体力を消耗する。危険な獣もいるこの森でそれはすなわち死に繋がるだろう。考えなければ死ぬ。時折自棄になる癖を自覚しているサザムは冷静に、と心で幾度も唱えながら印を刻み、進んだ。
結局、その日は何も見つけることは出来なかった。次の日も、その次の日も見つけられない。一見無害な草花や木の実といえども知識のないサザムには手を出すことが出来なかった。乾いた喉を潤そうと幾度も瑞々しい木の実に手が伸びたが、木の実を食べて死んだらしい獣をいくつも見ていた。
日に日に消耗していく極限の中、サザムは比較的安全に取れる兎の肉を食い、血を啜り、常に限界を生きていた。幸いなことに森の危険な動物は一目で分かり、大抵が何かの部位が発達している。それに加えて騎士のような大きな力を感じる時もある。それらから身を隠し、歩き続けたサザムの様相ははじめとは随分変わっていた。いくらか体が痩せ、空腹のあまり眠れず目の下には隈が浮かんでいる。真新しかった革の装備一式は薄汚れていた。それでもまだサザムは歩き続ける。また木に印をつけ、冷静にと唱えながらなおも進んだ。
そしてそれは遂に現れた。迷宮入りから四日目の昼。唐突に見渡す限りの木々が突然途切れる。日はしっかりと剥き出しの地面を照らし、風がざらりと波立たせた。それは泉だった。透明な水は日光に照らされまるでサザムを祝福するかのように輝く。
「水だ」
サザムは喉が叫んばかりに叫ぶ。実際は疲労からか小さくしゃがれた声だった。思う以上に声はでない。しかしサザムはそんな疲労を感じさせない俊敏な動きで泉に駆け寄り、とにかく水を飲む。水は底が見えるほどに透き通っていて、うまい。領主の館で飲んだ酒に勝る心地だった。腹一杯に飲んで、それでもなお飲む。
「うまい!」
サザムは今度こそ正しく叫んだ。叫びは風に乗って森を駆ける。一度満足を知ったサザムの心を飢えは確かに蝕んでいた。