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まずサザムは一番近くの木に家紋の印を刻んだ。円を十字に切る印。前回は役立つことはなかったが、しかし今回もそうとは限らない。印がぎりぎり見える所まで移動し、近くの木にまた印を刻む。それをぬしが見つかるまで繰り返す。刻み、進み、また刻む。気が遠くなる攻略がはじまった。
あれから三十は印を刻んだ頃だった。代り映えのしない景色の内にサザムは見覚えのある動物を見つけた。大人の身の丈ほどもある大鹿。それはやはり洞窟で見た蹄と角の黒光る大鹿だった。しかしあの時とは違う点が二つある。角はしっかりと枝分かれして横に広がっていることと、十頭ほどの群れをなしていたことだった。
サザムは背の高い草葉に隠れて全身の力を抜き気配を殺した。焦って下がれば死ぬ。果敢に進めば死ぬ。あるいは全力で<強化>を使えば勝てるかもしれないが、それが分の悪い賭けであるということはやるまでもなく分かった。ここで全力を使い果たして勝ったとしても、群れが一つとは限らない。賭けられる命は一つだけなのだ。サザムはただじっと大鹿たちが去るのを待ち、去ってからもまだ待つ。一際強い風がサザムを撫でた頃、ようやくサザムは動き出した。
サザムはあれから日が暮れるまで歩いた。いくらか見渡しのいい場所に乾燥した枝や葉を積んで腰掛ける。そして背嚢から出した火打石で火を起こして体を揉みほぐした。生まれてから森を歩いたことなど数度しかなかったサザムには発見ばかりだった。前回の洞窟と比べて鋭く尖った石などは落ちていないが、木の根や落ち葉に足を取られることがある。生き物の数も比べものにならない。積極的に攻撃を仕掛けてくるものはいなかったが、草を食う獣や鳥は注意してみるとかなりいる。試しに兎に向かって力いっぱい石を投げると簡単に仕留めることが出来た。洞窟で大鹿や怪物を殺した時のような熱は襲い掛かることはない。森には大鹿のような力のあるものもいるが、食うに困ることはないだろう。しかしサザムは一つ大きな問題を抱えていた。もう水がほとんど無いのだ。水は重く場所を取るので水袋一つしか持ち込むことは出来なかった。それでも節制していたが、一日歩き続けたサザムは貪欲に水分を欲し、それに簡単に応じてしまっていた。
一日歩いても大した成果を得られなかったことに対しても表面上サザムはまだ冷静だった。まずはこの迷宮に慣れなければならない。そう決意してサザムは肌寒い空の下で寝た。