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騎士会の後の一月はサザムを自棄にさせるには十分だった。金は減っていく一方で、慣れないお偉方への挨拶をしなくてはならない。一度領主の依頼があり領内の争いを調停するために行ってみれば、実際は畑を襲う害獣退治をさせられる。唯一といっていいそれらの雑事を忘れられるハルとの鍛錬も最近はあまりやらなくなっていた。ハルは騎士会の時に入った元ならず者の率いる派閥で何やら忙しいという。今日もまた一人庭で剣を振るい、それが終われば名も知らない人間のご機嫌をしなければならない。サザムはじっと握っている大剣を見つめた。迷宮から持ち帰った大剣の刃は鏡のようにサザムを映す。そこにはここの所癖になりつつある顰め面が映っていた。サザムはそれを振り払うように大きく力任せに大剣を振り下ろし、一つ決意する。
サザムの財産は減ったとはいえまだまだ金に困っているというわけではなかった。騎士というだけ幾らかの給金が領主から入り、ただ領主の命令に従い生涯を平穏に生きていくこともできるだろう。だがご機嫌伺いなどサザムの本分ではないのだ。その力によって成り上がったサザムの本分は、やはり力をふるうことなのだ。それはこの一月でしていた。そしてその力をふるう上で迷宮は最高の場所といって良かった。領主といえども一度入ってしまえば邪魔はできない。格上の騎士と会うたびに感じる圧倒的な力の差、それを埋めうる更なる力が手に入る。考えれば考える程に良い事づくめだった。正しくそれは夢のような場所なのだ。情け容赦なく襲い来る圧倒的な死という危険を除いては。
決意したサザムの行動は早かった。倉庫にしまってあった防具一式を手早く着込んでいく。武器は迷宮で手に入れた大剣を腰に、槍の形に削って加工した鹿の角を二つ背嚢にくくりつけた。加えて光る苔を幾らかと馴染みの鉄の短剣を腰に差す。最後に水袋や食べ物などを背嚢にしまいこんで準備は整った。装備は一度目にとは比べほどにならない重さになったが、しかしサザムはむしろ頼もしさを感じていた。
倉庫を出るとウィスターが出迎えた。拵えて以来はじめて万全の装備を着込んだサザムを見ても、ただ全てを察したようにいってらっしゃいませといって頭を下げる。それにただ応と答えて館を進み出た。万事ぬかりはない。所詮はならず者の命一つのみ。賭けるにたやすくとも夢はある。