第88話 15秒の奇跡です
異世界でのアニメ上映計画は順調に進んでいった。
台本はミズキがすぐに書き上げてきた。
一度書いた内容がベースになっているとはいえ、上映に合わせて細部は変えてきている。
特に大きな変更は主人公の勇者だ。
ミーアを主人公に据える都合に合わせて主人公の勇者の年齢を引き下げた結果・・・
普通に少年少女のカップリングになってしまった。
これでは『ロリ婚』にならないとミズキは不満を述べていたが、王道の展開は観客に受けそうだ。
影絵の方も順調そうだ。
土の形を変える魔術は魔力負担も軽く、パンプルの造形力も日増しに高まっていった。
特にヒロインの造形はさすがのこだわりだ。
変身用の宝玉を隠す目的も兼ねて、簡易投影機も作られた。
宝玉を収めた箱の内側に磨かれた銀板が張られており、照明効率が上がっている。
復旧工事の終わった劇場には大きな布製のスクリーンが張られていた。
さすがに昼間は見づらかったが・・・ここでミズキの『魔王の力』が役に立った。
カーテン状に闇を展開して暗室を作り出したのだ。
最も最初のうちは長時間の展開が出来ず、一日一回通し稽古が出来る程度だったが・・・
繰り返すうちに加減を覚えたらしく、影絵が見える程度の薄闇を長時間維持できるようになっていた。
「そろそろ本番の日程を決めて、告知を出していいかしら?」
全員の練度が高まってきた頃合いを見図ってエレスナーデが尋ねた。
この上映で特に担当する事のない彼女は、事務や広報を担当していた。
「そうだね、皆はもう大丈夫かな?」
「うん、まかせて」
「問題ないよ」
「まぁ私は本番はやることないし・・・」
マユミが確認を取る・・・全員の了承は得られたようだ。
「そう、じゃあ決まり次第、日取りを伝えるわね」
「うん、お願い」
あの魔王討伐の後・・・初の公演となる、本番当日はかなりの混雑が予想出来た。
警備や誘導に人員を用意しなければならない。
これからその辺りの兼ね合いをして本番日を決めるのだ。
「ああそうだ、ナーデ嬢、少しいいだろうか?」
「?」
その場を立ち去ろうとする彼女をパンプルが引き止めた。
訝しげな顔をするエレスナーデに小声で何事かを囁いた。
いったい何を伝えたのか・・・彼女のその目が見開かれた。
「・・・どうだろうか?」
「・・・本気なのね?・・・わかったわ」
その会話の内容はマユミ達からは聞き取れなかった。
その様子を不審に感じたミズキがパンプルを問い詰める。
「パンプル、あんたいったい何を話してたのよ?」
「なぁに、上映の記念に君達全員の絵を描かせてほしいと頼んだだけさ」
「・・・変な絵じゃないでしょうね」
「失礼な、ボクは美しいものしか描かないよ」
(まさか、ヌードじゃないでしょうね・・・)
先程のエレスナーデの反応だとそれくらいの事を言っていてもおかしくない。
しかしそれを彼女が認めるとも思えなかった。
「そんな事より練習をしようじゃないか、本番も近そうだよ」
「ん・・・まぁいいわ」
これ以上の追及を諦め、ミズキは闇を展開する。
これまで単純な使い道しか考えていなかったが、『魔王の力』は思ったよりも応用が利きそうだ。
魔王の廃業と共にその力の封印も考えたミズキだったが、今回の事は考え直すきっかけになりそうだ。
そして迎えた本番の日。
今回は影絵の性質上、いつもよりも遅い夕方の開演だ。
先に通常のマユミ達の公演をやったその後に、本命と言うべき影絵アニメの上映を行う予定だった。
しかし・・・
「ミーアちゃん、ナーデとパンプルさん見た?」
ぶんぶん・・・ミーアは首を振って答えた。
もう開演時間だというのに、エレスナーデとパンプルの姿が見えないのだ。
エレスナーデは朝にマユミ達の支度をした後、準備があるからと言っていた。
おそらくは今も劇場や関係各所を走り回っているのだろう、心配はない。
問題はパンプルの方だ。
上映は彼女の土魔法がないと始められない。
いったいどこで何をしているのか・・・
そうこうしているうちに開演の時間になってしまった。
大勢の観客がマユミ達を待っている。
(きっと上映の時間には来るよね・・・)
一抹の不安を感じながら、マユミとミーアはステージへと登る。
大歓声が二人を迎えた。
夕方のスタートなのが効いたのか、それとも純粋な人気故か・・・
今日の劇場は客席の一部を取り外して収容人数を増やしているが、それでも入りきらなかったそうだ。
「マユミ陛下ー!」
「ミーアちゃーん!」
「マユミーア!マユミーア!」
魔族との闘いの影響で、最近はマユミーアコールも増えて来ていた。
「国民のみんなー!待たせちゃってごめんね!」
自分達のファン・・・愛すべき帝国民にマユミが声を掛ける。
すぐに声援が返ってきた。
「待ってないよー!」
「むしろいつまでだって待てるぞー!」
「マユミ姫ー!今日も可愛いよー!」
「ありがとう、ほらミーアちゃんも何か言ってあげて」
「うん・・・みんなー!元気にしてた?」
マユミはミーアに発言を促す。
上映までにパンプルが戻ってこれるように、トークで時間を稼ごうと考えたのだ。
その意図を察したのか、ミーアも観客に声を掛ける。
「元気元気!」
「ミーアちゃんの声で今元気になった!」
「ミーアちゃーん、俺だー!」
英雄として活躍したせいか、ミーア派もだいぶ増えていた。
もはやマユミと同じくらいのファンがいるのではないだろうか。
『二人揃っているのが良い』というマユミーア派もある程度いるようだ。
ごく少数だが、ミズキ派もいるようで・・・
招待席に座る彼女の姿を発見したファンが詰めかけていた。
「ミズキちゃん、サインをお願いします」
「なによもう、しょ、しょうがないわね・・・」
まんざらでもない様子で応じるミズキだったが・・・
「もうミズキちゃんの変な声が癖になって癖になって」
「あの変声、また聴きたいです」
「え・・・変声って・・・」
「あ、この契約書にもサインお願いします!」
「ちょ、なに売りつけようとしてんのよ!」
どさくさに紛れて怪しい壺の契約書にサインさせられそうになるミズキだった。
そんなごく一部で問題はあったものの・・・
公演はつつがなく進行し・・・いよいよ上映の時間となった。
「ええと・・・今日はちょっと特別な出し物を用意してるんだけど・・・」
そう言いながらマユミが通路の方を見る・・・そこには慌てて駆けこんでくる二人の人影。
「ハァハァ・・・どうにか間に合ったようだよ」
「もう、ギリギリじゃない・・・だから私は言ったのよ」
「いやいや、あそこはどうしても必要で・・・」
・・・エレスナーデとパンプルだ、どうやら間に合ったらしい。
二人で引いてきた台車から投影機を運び出して設置する。
・・・台車には投影機以外にも何か積まれているようだが・・・
「二人とも・・・大丈夫?」
慌てて走って来たからか、ひどく疲れた様子の二人を心配してミーアが駆け寄る。
「大丈夫だよ、さぁ始めようじゃないか」
疲労の残る顔でパンプルが答えた。
ただ走ってきただけとは思えない疲れ方だが、その目はギラギラと輝いている。
そして彼女は土の魔術の為の集中に入った。
投影機の中の宝玉が光を放ち、マユミ達の立つステージ上が照らされる。
・・・ステージ後方に吊り下げられた白いスクリーンにマユミ達の影が伸びた。
投影の邪魔にならないようにマユミ達は左右に分かれ、影を作らない位置へ移動する。
「これから始まるは、一人の英雄の物語・・・」
マユミのナレーションを合図にパンプルが土の魔術を発動する。
一旦真っ暗になった画面からサラサラと砂が流れ落ちていき・・・一人の人物のシルエットが残る。
「ここはいったい・・・」
ミーアが少年の声を出す・・・同時に少年のシルエットが動き始めた。
まるで影の少年が喋っているかのような錯覚に観客達が息を飲むのが伝わってくる・・・
(これが声優・・・マユミの見てきた世界・・・)
主人公アキツグを演じながら、ミーアはこれまでとは違う感覚を味わっていた。
これまでは舞台上で演じる彼女達の姿を通して、観客に物語の世界を想像させていた・・・
だが今は違う、観客達が見ているのは彼女ではなく、スクリーンに映し出された人物の方だ。
物語の世界は今、想像の壁を越えて、このスクリーンの中に生み出されつつあった。
「ああっ・・・魔物の触手で身動きが・・・」
シーンは進み、魔物に襲われる少女・・・マユミ演じるヒロインが登場する。
(異世界初のアニメで、このシーンをやる事になるなんて・・・)
少女の身体に触手が絡みつく様子がスクリーンに艶めかしく投影される。
とても影絵とは思えないクオリティ・・・パンプルのこだわりを感じた。
・・・マユミは知っている、作画と声優の演技はバランスが大事だ。
どちらかが大きく勝れば劣っている側が際立ち、観客に残念な印象を与えてしまうという事を・・・
ならば無駄にハイクオリティなこの影絵に対して、マユミがすべきことは一つだ。
「や・・・誰か・・・はぁ・・・誰か助け・・・あっ、らめ・・・らめええええええ!」
これまで聞いた事もないようなマユミの艶を帯びた声が劇場に響く・・・
いったいこの少女は魔物に何をされているのか・・・男達の妄想が膨らむ。
もちろん少女はこの後すぐに勇者によって救出されるのだが・・・
「はぁ・・・はぁ・・・まさかあなたは・・・勇者様?」
だがこれは声を出すマユミの負担も馬鹿にならない・・・
ここでの消耗が後半に影響しないように、演技の中で自然に呼吸を整え、台詞を続ける。
(もうこんなサービスシーンは、これっきりなんだから・・・)
その顔が赤くなっているのは酸欠によるものか、それとも羞恥か・・・
それなりにいたはずの女性ファンが減らないことを祈るマユミだった。
登場人物が増えた事でスクリーンの中の・・・物語の世界は広がりを見せていく・・・
スクリーンの中で仲良くなっていく二人の姿は、本当に別の世界を見ているようだった。
そして物語は終盤、魔獣ファフニールとの対決の場面になった。
「くっ、俺のエクスカリバーがっ!」
ファフニールの攻撃を受け止めた勇者の剣が、真ん中からポッキリと折れてしまう。
丸腰になった勇者は、それでも自らの後ろに少女を庇い、ファフニールと対峙する。
「勇者様、その聖剣を抜いてください」
「聖剣?」
少女が指差した先には地面に突き立った一本の棒・・・
影絵になった事で、本当にただの棒にしか見えなかった。
「くっ・・・こんな物でどう戦えって言うんだよ!」
棒にしか見えないそれを引き抜いて手にした勇者・・・まさしくこんな物としか言えない。
まがりなりにも剣に見えた原作よりもその言葉に説得力があった。
「やはり貴方が勇者様なのですね・・・」
「おい、危ないからこっちに来るな・・・ってお前!!」
駆け寄る少女の影が少年の影に重なる・・・その時・・・
「・・・!」
思わず声が出そうになったのをマユミは堪えた。
スクリーンに映し出された世界・・・白と黒の影絵の世界が消し飛び・・・色彩が溢れた。
(嘘・・・本当にアニメに・・・)
シルエットではなく線で描かれた人物が・・・空の青が・・・今、スクリーンの中にあった。
いったい何が起こったというのか・・・だがマユミには気にしている余裕はない。
次の台詞は迫っているのだ・・・アニメ映像を前に、声優としてやるべき事を成さねばならない。
「私は聖剣の巫女ミリ・マイア・・・
選ばれし勇者様と聖剣の巫女が共にある時、聖剣は真の姿を取り戻すのです」
聖剣を持つアキツグの右手を少女の両手がしっかりと包み込む・・・
ピシリ・・・刀身がひび割れると同時に、そこから溢れる閃光・・・
それらが単純だがアニメ塗りと言っても良いレベルのフルカラーで描かれている。
アニメを知るマユミですら驚いたこの光景に人々は言葉を忘れ・・・ただ食い入るように見つめていた。
「なんだこれ・・・あったかい・・・」
なんだこれ、とはミーア自身の声だったのかも知れない。
だが彼女もまた声優としてここに立つ者・・・台詞を忘れたりはしなかった。
「ああ・・・感じます、勇者様の力を・・・さぁ今こそ・・・」
少女の両手が、そして手の中の剣が熱をもつ・・・
ひび割れは網目のように剣の全体へ広がっていく・・・そして光の爆発・・・
表面を覆っていた赤錆が一気に消し飛んでいく・・・
(マユミ・・・これがアニメ・・・これが声優なんだ・・・)
スクリーンの向こう、反対側に立つマユミへとミーアが視線を向ける。
マユミもまたそちら側から、この世界で初めての声優となった彼女を優しく見守っていた。
(そうだよミーアちゃん、これがアニメ・・・そして、私達が声優なんだ)
これがやりたかった・・・ずっとやりたかった・・・
万感の思いを込めてマユミは台詞を紡ぐ・・・
「くぅ・・・」
「あと少し、あと少しだナーデ嬢・・・」
・・・投影機の前では、ひたすら長い透明な何かが高速で横切っていた。
それは時折キラキラと投影機の光を反射しつつも、スクリーンに動く絵を投影している。
投影機の両脇でロールされたそれは、少々大きいが剥き出しのフィルムを思わせる形をした・・・
氷だった。
魔術で生み出された氷は、術者によって自由に形を構成出来る。
エレスナーデが極薄の氷をフィルム状に生成し、パンプルがそこに絵を描く・・・
器用に魔術を操るエレスナーデと天才画家パンプル、二人の力があってのものだ。
・・・もちろん、その枚数と氷を維持出来る時間には限りがある。
だから二人はこのクライマックスシーン15秒に限定して全力を注いだのだ。
だが限界まで作画に拘った結果、時間を超過し、エレスナーデの魔力は限界を迎えようとしていた。
「なんとかしたまえ、残りはあとわずかだ」
「わ、わかってるわよ・・・」
魔力消費を抑えるべく、投影を終えた分の氷の維持をカットする・・・
それには投影前の分まで一緒にカットしないように高い集中力が求められた。
マユミの願いを叶えたい・・・その思いを胸に、彼女は魔力を集中する・・・
スクリーンには二人の姿・・・勇者アキツグと聖剣の巫女ミリ・マイア。
二人の気が混ざり合い聖剣へと注がれ・・・今、二人の前に「聖剣」が真の姿を現した。
「さぁ勇者様、私達の・・・」
「ああ、俺達の・・・初めての共同作業だ!」
剣の持ち手に少女の手を重ねたまま、ファフニールへと振り下ろし・・・
聖剣に込められた気を解き放つ。
「「はああああああああああ!」」
マユミ、ミーア・・・そしてエレスナーデ・・・3人の魂の叫びと共に。
魔獣ファフニールは聖剣の光の中に消えていくのであった・・・
15秒・・・短いようで結構長いのです。
無事にマユミさんが声優になれた所で、今度こそエピローグですね。
たぶん次回、全89話で完結かな・・・これも短いようで結構長かったです。




