第85話 劇場版です
「すやすやすや・・・」
マユミは寝心地抜群のふかふか王様ベッドを堪能していた。
彼女が帝都の自室に戻ってくるのは何日ぶりだろうか・・・
柔らかなおふとんが優しく包み込み、過酷なスケジュールの中で蓄積した疲労を癒していった。
英雄ユニット、マユミーアは各地を転戦していた。
帝都ばかりが狙われるのは不自然だという事、マンネリ化するとバレ易くなる事等が主な理由だ。
行く先々で民の忠誠度が上がるので、最近は反対されることもなくなっている。
先日も『水着回が必要』というミズキの主張で、港町まで行ってきたばかりだった。
『エプレ』の親娘や、『海猫亭』の人々に再び会えると喜んだのもつかの間。
マユミ達を待っていたのは現地での公演と、水中戦を得意とする(という設定の)魔族との闘いだった。
布面積の少ない水着風コスチュームを着て魔族を浄化した後は、そのまま握手会に突入。
結局『エプレ』や『海猫亭』には足を運ぶ時間のないまま、帰路に着くことになってしまった。
だが少しの間だけ握手会でエプレと言葉を交わせたのは幸いだった。
「いつの間にか皇帝陛下で、英雄でしょ?マユミちゃんには驚かせれてばかりだよ」
「あはは・・・私もこんな事になるなんて思わなかったよ・・・お店の方はどう?」
「おかげさまで『マユミ陛下が歌ってた店』って噂になってて大繁盛よ」
「そうなんだ・・・」
エプレ一人にばかり時間を掛けるわけにもいかず・・・
すぐに次の人の番となってしまったが、店は安泰のようで一安心だ。
握手会にはミーアのいた一座の元団員達も来ていたようで、彼女と話し込んでいた。
あの時、負傷したミーアを運んだ事は後世までの自慢だと言っていたようだ。
(でも、あの水着は恥ずかしかったな・・・)
水着のデザイン自体は、とても可愛らしく文句はないのだが・・・
マユミもミーアも、出るところが全く出ていない貧相な、ガリガリとも言えるような体形だった。
あんな姿で大勢の人の目に触れるのは金輪際勘弁してほしかった。
港町での事を思い出しながら、ベッドでマユミが微睡んでいると、日はすっかり昇っていた。
そろそろ起きて支度をしないといけない、今日から『リハーサル』があるのだ。
「んん・・・」
猫のように伸びをすると、マユミはベッドから離れエレスナーデの部屋に向かう。
彼女の怪我はもうすっかり治ったようで、再びマユミ達の着替えとメイクは彼女の役目となっていた。
「はい3人とも、並んで座りなさい」
マユミ、ミーア、そしてミズキが横並びに座る。
エレスナーデの手が動き、魔法のように3人の美少女を作り上げていく。
「っていうか魔法よね?これ魔法使ってるわよね?白状なさい」
「使ってません、コツさえ掴めばあなたにも出来るようになるわよ」
「こんなの出来てたまるかぁ!」
(あの二人もずいぶん仲良くなったみたい・・・)
一時はどうなるかと心配したが、エレスナーデとミズキは良好な関係を築きつつあった。
かつてマユミ達は3姉妹に見られたことがあったが、今では4姉妹に見られるかもしれない。
「はい、出来たわよ」
気付くと3人分の着替えが完了していた。
毎回マユミ達の『変身』を手掛けている事もあって、魔法による着替えはもうお手の物だ。
「夕方には『魔王』の予告があるから、リハしっかり頼むわよ」
今日の夕方にバルエルが現れ、マユミーアへ最終決戦の予告をする予定だ。
決戦の地として指定するのは大帝都劇場、希望者は観戦出来るように手はずを整えていた。
今日のマユミ達のリハーサルは公演のではなく、この最終決戦のリハーサルなのだ。
「はーい、ミズキちゃんは来ないの?」
「私は・・・ちょっと用意する物があってね」
「そういえば妙なものを仕入れさせていたわね、国のお金なんだから無駄遣いは・・・」
「必要経費よ、必要経費、ほんとナーデはお堅いんだから・・・」
「ムム・・・じゃあ私がそれが本当に必要なのか見てあげるわ」
「ん、なら必要だってわかったら手伝ってもらうからね?」
「望むところよ」
そう言ってエレスナーデはミズキについて行く・・・
何を用意するのかは知らないが、あの二人ならば問題ないだろう。
「じゃあミーアちゃん、私達もいこっか」
「うん」
マユミはミーアと二人で劇場に・・・リハーサルを行うのだが・・・
「?」
「マユミ・・・どうしたの?」
「や、この台本の指示が妙だなって・・・」
「どこ?」
「ほら、魔王の攻撃を避ける所が全部大きく移動して避ける感じになってて・・・」
魔術による広範囲攻撃を避ける為に大きく移動するのはわかるのだが、全部が全部そんな調子なのだ。
これではいささか単調ではないかと危惧してしまう。
「魔術の攻撃ばかりなのかも・・・」
「なのかなー、じゃあそのつもりでやろうか」
魔王ことバルエルとは一度も合わせていない、というか合わせる予定はない。
万が一目撃された時の事を考えて、当日まで別稽古になっているのだ。
ミーアの言う通り魔術戦闘が主体なら問題ないが・・・
「ミーアちゃん、一度それっぽい魔術見せてもらっていいかな?」
「わかった・・・『氷雪の嵐』」
「ふえぇぇ」
イメージを掴むために頼んでみたのはいいが・・・
ミーアの魔力から放たれた強力な攻撃魔術に恐怖するマユミだった。
そんなこんなで迎えた決戦の日。
大帝都劇場には歴史的対決をその目で見ようと、大勢の人が詰めかけていた。
「うわ・・・すごい人・・・」
ステージへと続く通路から、マユミ達が劇場内の様子を伺っていた。
・・・劇場内は満席となっている。
魔王と英雄の直接対決、普通に考えれば闘いに巻き込まれる危険も想像出来そうなものだが・・・
「皆命知らずなのか、それともマユミ達がいるから大丈夫だって思ってるのかしら・・・」
「ええええ・・・」
これが台本通りに進行するお芝居のようなものだから良いものの・・・
「もし本当の闘いだったら、みんな無事じゃすまない・・・」
「そうね・・・」
これにはマユミも苦笑いするしかない。
英雄として信頼されているのは嬉しい事だが・・・
彼らの危機意識の低さが、後に悲劇を招かないことを祈るばかりだ。
「でも、これで終わりなんだね・・・」
「そうよ、今日この日、英雄マユミーアによって魔王は浄化され、この世界は救われるの」
「偽物の英雄に偽物の魔王・・・偽物だらけの茶番だけどね」
得意げに語るミズキに対して、マユミは自虐的に答える。
(これバレたら大変なことになるんだろうな・・・)
人々を欺いた魔女として磔にされて火炙りだろうか・・・あまり良い目には会いそうもない。
だがここまで疑われることもなく、うまくやって来たのだ、最後までやりきるしかない。
「偽物なものですか、あなた達は人間と魔族の全面戦争を回避した、本物の英雄よ」
「や、それはそれで・・・むず痒いというかその・・・」
「・・・マユミは間違いなく英雄・・・少なくとも私にとっては」
「もうミーアちゃんまで・・・本番はこれからなんだからね」
マユミは冗談めかして答えるが、ミーアが本心から言っているのは理解していた。
彼女を救い出してくれたマユミは彼女の英雄だ、誰が何と言おうとも本物の英雄なのだ。
(それならミーアちゃんだって私の英雄だよ・・・
ミーアちゃんが一緒だったから・・・私もここまでやってこれたんだ)
「さぁ行こう、ミーアちゃん」
そういってマユミは手を差し出す。
ミーアは無言で頷き、その手を取った。
「マユミ姫だ!」
「ミーアちゃん!」
「魔王なんかに負けるなよ」
ステージ上に姿を現した二人に、観客達の声援が浴びせられる。
「ふたりともー、へんしんよー」
「来たなミズキちゃん」
「最近はあの声が癖になってきたんだよな」
ミズキの間の抜けた声も、もはやお約束として受け入れられていた。
ミズキが掲げた宝玉・・・城の宝物庫の隅で見つけた夜間照明用マジックアイテム・・・が光を放つ。
「いくよ、ミーアちゃん」
「うん・・・『風よ・・・渦を巻け』」
「「ダブルシャイニーハリケーン!」」
ミーアが小声で呪文を唱え、竜巻が二人を包み込む。
エレスナーデの魔法で二人の服が弾け飛び・・・あらかじめ内側に着ていた衣装が現れる。
その間にマユミがやるのはリボンを結んで髪形をポニーテールにするだけだ。
隣でミーアもシュシュで髪をサイドテールに纏めていた。
・・・そして竜巻の魔法が解除され、二人の英雄の姿が現れる。
「光の英雄、マユミホワイト!」
「光の英雄、ミーアブラック!」
左右対称にポーズを取るのもこれで最後かと思うと感慨深い。
二人は息を合わせて決めゼリフを叫んだ。
「「二人合わせてマユミーア!」」
「闇の力に染まりし者よっ!」
「夢と希望で染め直してあげる!」
『我が宿敵マユミーアよ・・・』
そんな二人の変身を待っていたかのように、頭上から声が響いた。
「現れたわね、魔王ばるえ・・・えええええええ!」
その姿を現した魔王バルエルにマユミは素っ頓狂な声をあげてしまう。
・・・劇場に詰めかけていた人々も、魔王の姿に言葉を失っていた・・・
「すごく・・・おおきい」
ミーアのその言葉通り、魔王バルエルは・・・すごく大きかった。
以前に見た時は大柄と言っても人間のサイズの範疇に収まっていたはずだ。
だが今のバルエルの身体は巨体を通り越して巨大・・・断じて遠近法トリックなどではない。
上空にあって尚も大きいその体躯は、人々の潜在的恐怖を呼び起こす威圧感があった。
(き、聞いてないよ・・・ミズキちゃん)
『我が真の姿を前に言葉もないようだな』
「・・・」
・・・台本通りの沈黙、しかし、もし台詞があったとしても無事に言えたかどうか・・・
巨大な魔王の姿はそれだけのインパクトを与えていた。
(ふふふ・・・驚いてる驚いてる)
渾身のサプライズの成功にほくそ笑むミズキ、その顔はまさに魔王の名に相応しいものがあった。
巨大な魔王の正体は、あの地下室で魔族達に長い事練習させていた組体操にある。
組体操で作った骨組みに土の魔術で表面をコーティング。
その中心にバルエルが入り、数人がかりの風の魔術で無理矢理浮かせているのだ。
組体操は関節部の可動まで考えられていて、鈍い動きながら戦う事も出来る。
ハッタリとしてはこれ以上ない完成度であった。
(名付けて、36身合体ビッグバルエル・・・さぁその力を見せてやりなさい)
36身合体の36はもちろん組体操の人数だ、その巨大さも当然と言えた。
巨大な魔王がマユミ達に襲い掛かる。
マユミはこの時になってようやく台本に書いてあった指示の意味を知るのだった。
至極当然の事で、毎回大きく移動しないと避けれたものではないのだ。
練習はしていたものの、こうも想定が違うとは・・・
さっきまでマユミ達がいた床が爆散する、インパクトの瞬間に魔術で床を爆ぜさせているのだ。
だが傍目にはその巨体によるパワーによるものにしか見えないだろう。
マユミ達は避けるので精いっぱい、防戦一方になってしまっていた。
「く・・・魔王がこんなに強かったなんて・・・」
「諦めたらダメだよミーアちゃん」
「でも・・・」
ただ大きく動いて攻撃を避け続けるだけ・・・
台本の上では単調に見えたその描写だったが、ピンチの演出として十分な仕上がりを見せていた。
観客達も固唾を飲んで見守る・・・中には危険を感じて逃げ出す者もいた。
「馬鹿野郎!逃げてるんじゃねえ!」
「だ、だけどよう・・・いくらあの二人でも勝てるわけがねぇよ」
「あまりにもでかすぎる・・・俺達は魔王を甘く見過ぎていたんだ・・・」
人々に不安が広がっていく・・・しかし・・・
(・・・この時を待っていたわ)
さっきまでステージの方にいたミズキが客席に姿を現す・・・なにやら台車を引いていた。
「みんなーあきらめるのははやいわ、みんなのちからをマユミーアにおくってあげてー」
「?」
「ミズキちゃん?いったい何を・・・」
ミズキの微妙な声は観客達には聞き取りにくく、うまく伝わらなかった。
「ちょ、なんでよ・・・いいから、これを・・・」
「皆さん聞いてください、今から魔法の道具をお配りします、それを使ってマユミ達を助けてください」
エレスナーデがその説明を引き継いだ。
マユミ程の声量はないものの、凛としたその声と落ち着いた説明がわかりやすく観客達に伝わる。
危うく企画倒れになる危機は何とか脱したようだ。
「あ、ありがとう・・・」
「お礼はいいから、これを配るのを手伝って」
「は、はい」
エレスナーデは先程ミズキが引いていた台車から何かを取り出してミズキに渡した。
台車に積まれていたのは淡く光る鉱石が先端についた小さな棒状の物体・・・ペンライトだ。
先日からミズキが一本一本せっせと作っていた物の正体だった。
・・・最も、その半数以上は途中から手伝ったエレスナーデが作った物であるが・・・
「みんなー、まじかるらいとはいきわたったかなー?」
「おう、でもどうすりゃいいんだ?」
「魔法の杖かなんかに見えるが俺達は魔法なんて・・・」
「なんかこれ折れてるんですけど?」
「ご、ごめんなさい、とりかえます・・・」
ミズキが作った失敗作が紛れていたらしい、慌てて交換に向かう。
ペンライト・・・マジカルライトというらしい・・・は無事に観客達の手に行渡ったようだ。
観客達にエレスナーデが説明を始める。
「これの使い方は簡単、マユミ達の事を思いながら振ればいいわ」
「そう、こんなかんじでー、マユミさまーがんばってー」
ミズキが手本としてペンライトを大きく振って応援する。
観客達はすぐに理解したようで、ミズキのそれに続いた。
「マユミ姫ー!」
「ミーアちゃーん!」
「負けるなー!」
「俺達がついてるぞー!」
やがてそれは客席全体に広がっていき・・・大きな波となった。
「ミーアちゃん!がんばれー!」
その中にはマインツの姿もあった。
ぶんぶんと壊れそうな勢いでペンライトを振り回して応援している。
彼だけではない・・・この場にいる騎士達、兵士達、浄化された魔族達もペンライトを振っていた。
セルビウスや・・・なんと辺境伯までもがペンライトを振っている。
(何かと思ったら、こんなものを用意してたんだ・・・)
その光景にしばらく唖然としていたマユミだったが、ここで言うべき台詞を思い出した。
「みんなの声が・・・心が伝わってくる・・・」
「身体に力が、みなぎってくる・・・『風よ・・・渦を巻け』」
『なんだ・・・この力は・・・ぐああ!』
ミーアの風魔法によって再びマユミ達の姿が竜巻の中に隠れる。
最終決戦用の二段変身だ。
エレスナーデが魔術で生み出した優美な氷の羽根が二人の背中と、衣装のあちこちに装着された。
髪形も変更だ、マユミはポニーテールを解きリボンは頭に巻き付けるようにしてサイドへ。
ミーアはシュシュをもう一つ取り出してツインテールになった。
「みんなの思いの力、受け取ったわ!」
「もう魔王になんて負けない!」
二人のその声に歓声が巻き起こる。
その一方で、皆の力にあてられたのか、魔王はふらふらとよろめいていた。
「いまよー、ふたりともー」
相変わらずの声と共に、客席からミズキが二人に向かって何かを投げた・・・それは・・・
(ちょ・・・私の竪琴になんてことするのよ!)
本来の段取りでは直接手渡しのはずだったのだが・・・
盛り上がっている観客達が邪魔になってミズキはステージまで来ることが出来なかったのだ。
大事な竪琴を投げてよこしたミズキにイラッとしたマユミだったが、壊さないようにしっかりと受け止める。
ミーアの方を見ると、何やら笛らしき物を受け取っていた。
「マ、マジカルハープ!」
ポロロン
「・・・マジカルフルート」
ピョロロー
それぞれの楽器で適当に音を出す。
幸いな事に竪琴は無事だったようだ。
特にメロディを奏でたわけでもないのだが、楽器の音に反応したかのように・・・
二人の周囲では光の粒が舞い始めていた。
正確には魔術で生み出された小さな氷の粒に、光の魔術を当てて光らせているのだ。
光の粒は次第に数を増していき・・・屈折によって虹色の光を放ち始める。
『馬鹿な・・・ありえぬ・・・なんだ、なんなのだその力は・・・』
その光景を前に、激しく動揺する魔王。
「これが絶望に屈さない心の光・・・」
「・・・闇を照らす希望の力」
二人が魔王の方へとそれぞれの楽器を突き出し、ポーズを決める。
「「マユミーアレインボーメロディアー」」
虹色の奔流が巨大な魔王をも飲み込んでいく・・・
『や、闇の力が・・・消えて・・・ほわあああああああぁぁぁぁぁ』
虹色の光の中で、魔族達が組体操を解いていく・・・
やがて光が収まった後・・・そこには、36人もの浄化された魔族達の姿があった。
「こ、これは・・・」
予想もしなかった光景に人々が固唾を飲んで状況を見守る。
大勢の人々が注目する中、英雄マユミが口を開いた・・・
「わかったわ・・・魔王とは、闇の力に捕らわれた魔族達の集合体だったのね」
「こんなにたくさんの魔族達の闇が集まっていたなんて・・・」
淀みなく紡がれる説明台詞に人々はなるほど、と感心する。
魔王は強力な個体ではなく、集合体だった、これなら恐るべき強さも巨大さも納得できる。
力を使い果たしたのか、マユミとミーアは倒れそうになる身体を互いに支えあっていた。
「私達も二人だけじゃとても敵わなかった・・・」
「みんなの力が集まって、魔族達の闇の力を上回った・・・」
「ありがとうみんな・・・この勝利は私達みんなの勝利よ!」
そう言ってマユミが高々と右腕を上げる・・・たちまち劇場内は人々の歓声に包まれた。
かくして・・・
人類と魔族の長きに渡る争いの歴史は・・・今、幕を閉じたのであった。
劇場で戦うから劇場版。
劇場版なので、いつもより文量も多くしました。
次回からエピローグに入ります・・・もう最終回が近いです。