第83話 二人はマユミーアです
『行け・・・我が力を与えし配下ベロースよ、人間の街を滅ぼすのだ』
魔王バルエル二度目の帝都襲撃。
それは対魔王用の軍事演習で弓兵や魔術師が出払っているタイミングを『狙って』行われた。
「く・・・よりによってこんなタイミングに・・・」
慌てて応戦に出るセルビウスとマインツ達だが・・・
『魔王に力を与えられた魔族』という触れ込みの魔族ベロースが立ち塞がる。
大きな両腕を持つその魔族は、その腕を振り回すだけで凶悪な威力を発揮していた。
「く・・・こいつも攻撃が通じないのか・・・」
「おいおい、妙な力を使うのは魔王だけじゃないのかよ」
魔王と同じ障壁によって彼らの攻撃は防がれ、彼らは手も足も出ない有様だった。
このままではこの魔族に破壊の限りを尽くされてしまう・・・その時。
「「そこまでよ!」」
綺麗に揃った二人の声が響き渡った。
「あれは・・・マユミ様?!」
「ミーアちゃん!」
セルビウスとマインツがそれぞれの主たる少女の姿に反応する。
マユミとミーア、この国では知らぬ者のない二人が魔族の前に立ち塞がった。
『英雄マユミか・・・お前に英雄の力などない事は知っているぞ』
「な・・・なぜそれを・・・」
魔王バルエルのその言葉に、セルビウスが驚愕する。
いかなる手段でか、知られてしまったのだ・・・マユミがただの小娘であると・・・
「マユミ様、お逃げください!」
セルビウスはマユミを逃がそうと無謀な突撃を敢行するも、やはり障壁に阻まれてしまう。
そしてベロースの剛腕によるカウンターが決まり、大きく弾き飛ばされてしまった。
「ぐふっ・・・だがこの隙にマユミ様は・・・」
自分が攻撃した隙に逃げてくれた事を期待したセルビウスの視界には・・・
相も変わらず魔族と対峙するマユミ達の姿があった。
「マユミ様・・・なぜ・・・」
失意に暮れる彼に、マユミは優しく微笑みかけた。
「セルビウスさんありがとう・・・でも、私達はもう大丈夫・・・なぜなら・・・」
「マユミ・・・様?」
マユミのその顔は、自信に満ち溢れていた・・・それはまるで・・・
『逃げぬか・・・その勇気は認めてやろう、だが力なき英雄に我らを止める事は出来ぬ!』
「それはどうかしら!」
「私達の力・・・見せてあげる」
目の前に立ち塞がる魔族ベロース、その先の上空から見下ろすバルエルを二人はしっかりと見据えた。
「ミーアちゃん?まさか・・・」
「マインツ、危ないから下がって」
ミーアを護るべく傍で剣を構えていたマインツにミーアが指示する。
・・・彼女もまたマユミと同様に自信に溢れた表情をしていた。
(ミーアちゃん・・・ついにその時が来たのか・・・)
やはり自分の予想は正しかった・・・そんな確信と共にマインツは後方に下がった。
・・・これから起こる事を見届ける事が、己の使命のはずだ。
「ふたりともー、へんしんよー」
どこからか現れたミズキが、力の抜けそうな声と共に二人の方へ謎の宝玉を掲げ持つ。
すると、その宝玉は強い光を放った。
『な、なんだその光は・・・』
眩しそうにバルエルは宝玉の光から顔をそむける。
「目が、目がぁああああ!」
ベロースもまたその両腕で顔を覆っていた。
そこまで趙烈な光ではないのだが・・・彼ら魔族にとって余程眩しく感じる何かがあるのだろうか・・・
「いくよミーアちゃん」
「うん・・・ごにょごにょ」
「「ダブルシャイニーハリケーン!」」
二人が手を合わせて叫ぶのと同時に、その周囲に竜巻が巻き起こった。
「風の魔術で攻撃を?・・・いや、違う・・・」
竜巻は敵へと向かうことなく、マユミ達二人を飲み込んだままその場に留まっている。
そしてその中で、二人の身に変化が起こっていた。
そして光と共に竜巻がはじけ飛ぶ・・・そこに立っていたのは・・・
「光の英雄、マユミホワイト!」
「光の英雄、ミーアブラック!」
二人は白と黒の、色違いだが同じデザインの服を身に着けていた。
丈は短いもののフリルたっぷりペチコートで膨らんだスカート。
両腕は袖の代わりに大きなフリルが広がっている、胸の中央にはお揃いの宝石。
マユミは大きな白いリボンでポニーテールに、ミーアは黒いシュシュでサイドテールになっていた。
両手にはカフス付きの手袋、両足は羽のついたブーツを履いている。
奇抜とも言える服装の二人は、綺麗に左右対称のポーズを取ると声を合わせて叫んだ。
「「二人合わせてマユミーア!」」
「闇の力に染まりし者よっ!」
「夢と希望で染め直してあげる!」
・・・それはまさしく『変身』だった。
アニメの変身シーンそのものといった光景に、アニメを知らないこの世界の人々が息を飲む。
『そんなものはただのこけおどしよ・・・ベロース、やってしまえ』
「ベ、ベロォォオオスッ!」
魔王の命令を受け、奇声を発しながらベロースが向かってくる。
まだ目をやられているのか、その動きは先程より鈍くなっていたが剛腕の威力は変わらないだろう。
ベロースは両腕を使ってマユミとミーアを同時に狙う。
その瞬間、マユミ達が左右に分かれた・・・
くるくると回りながら攻撃を回避し、そのままベロースの左右へと回り込む。
「?」
「いくよミーアちゃん、せーの!」
「えい!」
左右どちらを追うべきかベロースが迷っているうちに、背後まで回り込んだ二人が合流。
背中を押すような形で二人同時に腕を突き出す。
「ぐぁああああっ!」
弾かれたように前方へと吹き飛んだロースが壁に叩きつけられた。
「・・・」
明らかに非力そうな少女二人による、信じられないその光景に・・・人々は絶句していた。
騎士達が剣で攻撃しても全く通じなかった相手を、この少女達は圧倒しているのだ。
「いまよー、じょうかのちからをー」
気の抜けたその声が、静寂をぶち壊す。
しかしそんな声とは裏腹に、ミズキが手に持った宝玉は再び光を放つ。
その光を受けた二人は・・・
「いくよミーアちゃん・・・ホワイトライトニングッ!」
「・・・ブラックサイクロン!」
高く掲げたマユミの右手から稲妻が迸る。
同様に掲げたミーアの左手からは黒いビームが渦を巻いて稲妻に絡んでいく。
そして二人はもう片方の手を繋ぎ合わせ、叫んだ。
「「マユミーアモノクロームテンペスト!」」
「ホアッ!ほわああああああああぁぁぁ」
白と黒の光がベロースを包み込む・・・
苦しげに悲鳴を上げるベロースだったが、途中から妙にかわいらしい声になっていった。
「悪い闇はしっかり漂白」
「・・・驚きの白さ」
モノクロの光が消えた後・・・そこにいたのは真っ白な服を着たベロース。
とても穏やかな表情をしていた。
「これは・・・いったい・・・」
「何が起こったんだ・・・」
「これでもう大丈夫・・・彼は闇の力によって邪悪な存在になっていたんです」
「それを私達の力で浄化した、だからもう悪い事はしないはず」
「なんだって・・・そんな事が・・・」
遠巻きに様子を伺う騎士達にマユミとミーアが説明する。
とても信じ難い話だったが・・・実際にマユミ達が浄化する所を目にしている。
あんな光景を見せられては彼らも信じるしかない。
(これが・・・英雄の力だというのか・・・)
「うぅ・・・僕はいったい何を・・・」
ゆっくりと起き上がるベロース・・・無防備なその姿、殺気のようなものはまったく感じられない。
悪しき存在である魔族を浄化して善なる存在に・・・
(すごい・・・ミーアちゃんはこんな力を持っていたのか・・・)
『おのれ英雄・・・』
その声に人々は我に返った。
衝撃的な光景に心を奪われていたが、魔王はまだ健在なのだ。
しかし人々の顔に恐怖はない、マユミ達ならきっと・・・そんな期待に満ちていた。
そんな人々に応えるようにマユミはびしっと魔王に指を突き付ける。
「さぁ魔王、あなたも浄化してあげるわ!」
『く・・・今日の所はここまでにしてやろう、マユミーアよ・・・その名は覚えたぞ』
・・・そう言い残すと魔王は空の彼方へと去っていった。
「・・・終わったみたい」
「皆さん、怪我はありませんか?」
先頭に巻き込まれた人はいないか、周囲の様子を伺うマユミだが、その周囲には・・・
「さすがですマユミ陛下!」
「すごいよミーアちゃん!」
「まさか生きているうちに英雄のお力を見られるとは・・・」
「ずっと気になってたけど、ミーアちゃんも英雄だったんだな」
「その衣装もかわいいよマユミ姫」
「英雄マユミーアばんざい」
どうやら思ったよりも大勢の人々が見ていたらしい。
二人はすぐに取り囲まれて身動きが取れなくなる。
「ちょっとあんた達、私も英雄なんだからね!称えなさいよ」
「えっそうなの?」
「変な声で茶々入れてただけだとばかり・・・」
「変って何よ!超絶可愛いでしょうが!」
「いや・・・マユミ姫の方が・・・」
「俺はミーアちゃん派だし・・・」
「何よもうっ!」
自分もチヤホヤされると思っていたのか、ミズキは不満そうだった。
「しかし、こいつは本当にいいやつになったのか?」
「あの・・・その・・・」
人々の視線がベロースに集まる。
彼はどうしたらいいかわからず、しどろもどろになっていた。
「あったり前でしょ、英雄の力で浄化されたのよ・・・
そうね・・・まずは瓦礫を片付けて、破壊された所も直してもらえるかしら?」
「はい!お任せください!」
ミズキのその声にベロースは姿勢を正し、せっせと働き始めた。
あっという間に瓦礫がどかされ、壊された建物の修理が始まる。
「おお、すごいすごい」
「なぁこの荷物運ぶのも手伝ってくれないか?」
「え・・・ええと」
「迷うことないでしょ、しっかり皆の役に立つのよ」
「はい!」
真面目に働く彼を人々はすぐに受け入れていった。
彼の腕力は今後も様々な場面で役に立ちそうだ。
「魔族だからってあんまりこき使わないでね、ご飯とかもちゃんと・・・」
「わかってますって、ほら、こいつも頼むぜ」
「はい、よいしょ・・・」
物珍しさもあって彼の周りに人が集まる・・・
頼んだ事を嫌がらずやるので、彼はすぐに引っ張りだこになった。
「いやー、ベロースさんはよく働くなー」
「お前も真面目に働けよ、サボってばかりいるとマユミ陛下に浄化してもらうぞ」
「あ、それはそれでいいかも・・・」
「くぅ・・・俺もマユミ姫に浄化されたいっ!」
そんな彼らの様子に、兵士を引き連れて戻ってきた辺境伯は困惑していた。
「魔王の襲撃と聞いて駆け付けたが・・・こ、これはいったい・・・」
「閣下、マユミ様の・・・英雄の方々のお力は素晴らしいです!」
・・・セルビウスからの報告を受けた彼は、更に困惑することになる。
(英雄が3人・・・魔族を浄化・・・いったい何が起こっているのだ・・・)
しかし彼もすぐ目にすることになる。
光の英雄、マユミーア・・・その常軌を逸する活躍を・・・
それからは毎週のように魔王の部下による襲撃が繰り返され・・・
魔族達は次々と浄化され、街の仲間に加わっていったのであった。
タネも仕掛けもある茶番劇。
「どこで誰が何をしているか」を想像しながらお読みください。