第80話 魔王の攻略法です
「魔王の討伐・・・」
重苦しい雰囲気が漂う中・・・マユミが口を開く。
・・・ついにその時が来てしまった。
マユミは自らのしかかる重圧に震えを感じながら辺境伯を見据える。
神聖マユミ帝国は決してマユミ姫のファンクラブではない。
その建国の目的は、魔王の脅威に対抗する為に、英雄マユミを旗印に人類を一つに纏める事。
・・・その目的を果たした今、魔王との決戦は避けられぬ流れだった。
今の所まだ魔族達に動きは見られない・・・
だが魔王本人による襲撃があった以上、いつどこが襲撃されてもおかしくはない。
だからこそ各国は英雄マユミを頼ってその傘下に加わったのだ。
神出鬼没の魔族相手に人類が後手に回る必要ない。
このタイミングで討伐軍を起こすという辺境伯の判断は間違いではないだろう。
問題があるとすれば、それは・・・マユミはその疑問を口にした。
「あの・・・勝算はあるんですか?」
魔王の持つ強大な力・・・それをマユミはその目でしっかりと見ている。
あらゆる攻撃を受け付けない障壁、エレスナーデに重傷を負わせた闇の光線。
あの時の様子から、あれが魔王の全力だったとも考えにくい。
いくら最強の騎士達といえど、全く歯が立たないのではないか・・・
勝算もないまま騎士達にただ死んで来いなどと、マユミに命じられるわけがなかった。
「聞いていると思いますけど、この間の魔王の襲撃の時に私は何も・・・」
魔王に対抗できるような『力』はマユミにはない。
もしも『マユミが魔王を撃退した』という巷の噂を鵜呑みにしている場合は止めねばならない。
「そ、そうよ、あの魔王を倒すなんて無理に決まってるわ!
アンタは魔王を見た事もないから討伐だとか簡単に言えちゃうのよ!」
マユミのその発言を聞いて、ミズキが乗っかる。
魔王その人であるミズキにしても魔王討伐などたまったものではない。
なんとか諦めさせたい所だ。
「ミズキちゃん?!」
「マユミ陛下、彼女は?」
「あ、えーと彼女は・・・」
突然現れて会話に加わってきたミズキの事を辺境伯にどう説明するべきか返答に困るマユミ。
まずは自分と同じく異世界人である事から伝えるべきだろうか・・・
そう思って説明をしようとしたその時。
「彼女は例の襲撃の際に居合わせた民間人です」
「セルビウスか、久しいな」
「お久しぶりです、閣下」
セルビウスの口から襲撃の時の様子が語られる。
彼が魔王に一騎打ちを挑み、全く歯が立たなかった事を語る際はとても辛そうだった。
「あらゆる攻撃を通さぬ障壁か・・・厄介だな」
「はい、あれがある限りは我らが束になっても魔王には・・・」
「わかったでしょ、勝ち目なんてないのよ」
「ミズキちゃん、なんでそんな得意げに・・・」
「え・・・いや、私すごく怖かったし、あんな思いはもうたくさんと言うかその・・・」
やっぱりあの時の事はトラウマになっているのだろうか・・・
自分もあの魔王を前によく逃げ出さずにいられたものだと、我が事ながら改めて感心する。
「どうやら、この件については今しばらく保留にした方が良さそうだ」
何らかの対抗策もないまま魔王に挑むのは得策ではない。
辺境伯がそう判断したその時・・・
「お待ちください、私に考えがあります」
凛とした声が玉座の間に響いた。
「え・・・」
聞き覚えのあるその声にマユミが振り返る。
美しい光沢を放つ金髪、以前と比べやつれているが、気品の漂うその姿は・・・
「ナーデ!もう大丈夫なの?!」
この世界でのマユミの最初の友人・・・親友のエレスナーデだった。
「心配かけたわね、マユミ・・・」
自分はもう大丈夫だと笑顔を浮かべて歩み寄るエレスナーデだったが、その足取りはふらついていた。
やはりまだ完治したというわけではないらしい。
マユミは慌てて駆け寄ってその身体を支える。
「ありがとう、マユミもういいわ」
「ダメ、ナーデはすぐ無理するんだから・・・」
もういいと言ってもマユミはなかなか離さない。
やがて諦めたのか、エレスナーデは体重の半分をマユミに預けるのだった。
「それでエレスナーデ嬢、その考えというのを聞かせて貰えるか?」
落ち着いたのを見計らって辺境伯が尋ねる。
魔王に対抗できる秘策の一つもありそうな口ぶりだったが・・・
「はい、私もあの魔王と直接対峙して感じたのですが、魔王のあの力は有限だと思います」
「ほう・・・」
エレスナーデがその時の様子を語る。
あの時も、魔王の『力』は尽きかかっていたのではないか?
そして焦った魔王は残りの僅かな力で彼女を攻撃して撤退を計ったのではないか?と・・・
「魔王の力を多く使わせて消耗させれば、我らにも勝ち目がある、という事か・・・」
「おそらくは・・・魔術師や弓兵で遠距離から攻撃し続ければ尽きるのではないかと・・・」
(な、なんて恐ろしい事を・・・)
ミズキは戦慄した・・・単純だが有効な作戦だ。
そこまで対策されてしまうと、もう魔王の存在は脅しにならない。
かといってミズキ自ら魔王として戦う選択肢も危険すぎる。
ミズキはエレスナーデを睨んでいた。
・・・やはりこの人物は危険だ、彼女こそ魔王ミズキの天敵だったのかもしれない。
「ミズキちゃん?そんなこわい顔してどうしたの?」
「え・・・私そんな顔してたかな・・・あはは・・・」
「マユミ、この子は?」
エレスナーデに尋ねられて、マユミはようやくミズキについて説明を始める。
「この子はミズキちゃんっていうんだけど、実は私と同じで異世界の人なの」
「え・・・」
「なん・・・だと・・・」
マユミのその発言に、その場に居合わせた者達が驚愕の表情を浮かべた。
特に過去の英雄についての知識のある二人、辺境伯とエレスナーデの反応は顕著だ。
彼らの知る限り、異世界の英雄が二人現れたという前例はないのだ。
「ん・・・水樹ダイアナです、あっちでは作家をやってました・・・あ、原稿が・・・」
そんな彼らの反応を気にしてかミズキは自己紹介・・・落とした原稿にようやく気付いた。
慌てて紙を拾い集める・・・周囲からの視線に晒されて冷や汗が流れた。
「あ、ちなみに『英雄の力』みたいなのは無いです、ごめんなさい」
「そこも私と同じなんだ・・・」
「え・・・マユミ様、『力』ないの?」
「うん、何もないよ・・・たぶん」
「えええええええ」
今明かされた真実・・・これまで自分は何を恐れていたのか・・・
ミズキは力なくうなだれた。
エレスナーデさん復帰。
魔王の能力も見抜かれているようです。