第75話 握手会です
すっかり熟睡しているミズキを部屋まで運び、ベッドに寝かせた後。
「・・・」
・・・マユミは一人、考え込んでいた。
『水樹ダイアナ』・・・彼女が寝言で名乗っていたその名前・・・
マユミには聞き覚えがあった、忘れようもない。
かつて彼女がヒロイン役を勝ち取ったアニメ作品の原作者だ。
それがなぜあの少女から・・・しかもあの口ぶりではまるで・・・
(もしそうなら、ミズキちゃんは私と同じ・・・)
「・・ユミ・・・マユミ」
「?・・・ああ、ミーアちゃんか」
気付くと、ミーアが心配そうにマユミの顔を覗き込んでいた。
ずいぶんと考え込んでしまっていたらしい。
「マユミ・・・さっきからずっと難しい顔してる」
「ごめんごめん、ちょっと気になっちゃって・・・」
「ミズキならたぶん寝てないだけ、大丈夫」
ミズキが徹夜で台本を書いていたことは簡単に想像できた。
このまま夜型の生活習慣になられたら困るが、たいした心配はしていない。
「うん・・・そうだね・・・」
心配するミーアに、マユミは力なく返事を返す。
異世界云々の話はミーアにはまだ難しいだろう。
そう思ったマユミは相談できずにいた。
(こんな時にナーデがいてくれたら・・・)
そう思うのだが、今の彼女は会って話を出来る程には回復していなかった。
彼女の父である侯爵なら何か知っているかも知れないが、政務で忙しく相談している時間などなさそうだ。
・・・所詮お飾りの皇帝であるマユミには、手伝えることもなかった。
今の自分に出来る事と言えば・・・
「マユミ・・・練習、しよう?」
「うん、行こっか」
やはり自分には演じる事しかない。
練習の為に城を出て大劇場に向かおうとするマユミ達だが・・・
「あれは・・・マユミ陛下!」
「マユミ陛下だ、ミーアちゃんもいるぞ!」
二人の姿に気付いた国民が声を上げる。
たちまち大勢の国民達が集まってきた。
「マユミ姫!楽しみにしてます、がんばってください!」
「マユミ陛下がいれば魔王なんて怖くないです!」
「ミーアちゃんも応援してるぞー!」
「マユミ姫!世界で一番可愛いよ!」
国民達が次々と声を掛けてくる。
皆マユミ達の姿を見て安堵したような表情を浮かべていた。
彼らにとってはマユミ達の存在こそが心の支え、希望なのだ。
「マユミ様をお守りするんだ」
「ミーアちゃんをしっかりガードするぞ」
二人には誰一人寄せ付けまいと、セルビウスとマインツが部下の兵士達と壁を作る。
城と劇場の間に兵士達による道が出来上がった。
「さぁ、マユミ様、今のうちにお通りください」
自らも壁の一員となって国民を抑えながらセルビウスが促す。
「・・・」
「マユミ様?」
「?」
急に立ち止まったマユミに、セルビウスは訝しげな表情を浮かべた。
それはマユミの後ろにいたミーアも同じで、立ち止まってマユミの様子を伺っている。
「・・・よし」
マユミは意を決すると、国民達に向かって声を発した。
「皆、今からここに列を作って並んでもらえるかな、先頭は・・・ここで、あっちへ向かって二列で」
「?」
困惑する国民達・・・それは兵士達も同様で、とりあえず壁は維持しつつ様子を伺っていた。
「ほら並んで、皇帝陛下の命令だよ!」
その声に慌てて動き出す国民達・・・今のマユミは間違いなくこの国の皇帝なのだ。
思えばマユミが皇帝として即位して初の命令だった・・・兵士達も心なしか表情が硬くなる。
「はい、その辺りで列を折り返して・・・うん、そのままこっちに・・・はい、ここでまた折り返して」
さすがは皇帝の命令だけあって人々は素直に従い、綺麗な列が出来上がっていった。
「うん、こんなものかな」
完成した行列を満足そうに眺めるマユミ。
いったいこれから何が起こるのか・・・期待と不安がない交ぜになった人々。
その列の先頭の所、壁を作る兵士の一人の肩をマユミがポンと叩いた。
「ここを空けて」
「は、はい」
兵士が退くと、列の前に一人分の空間が出来た。
そこへマユミが進む・・・
「・・・マユミ姫?」
列の先頭にいたのはマユミを『姫呼び』するファンだったようだ。
マユミは困惑するファンの・・・その手を取った。
「応援ありがとうございます、私も皆さんの為に精一杯がんばりますね」
「へ・・・あ・・・」
「はい、次の人いくよ」
「あ、はいっ!」
いったい何が起こったのか・・・その国民が理解した頃にはもうマユミは手を放していた。
マユミは続いて隣の国民の手を握る・・・そう、これは握手会だった。
「終わった人はこっち側から出て行ってください」
夢見心地のままマユミの指示に従ってはけていく国民達。
皆素直で、列の消化は思いのほか早かった。
「あの、マユミ陛下、お願いしますっ!」
「女の子もいたんだ・・・はい、これからも応援よろしくね」
「マユミ陛下は私達の希望です、がんばってください」
女性の皇帝ということで、マユミを支持する女性の国民もいるようだ。
そして、もちろんこんな国民も・・・
「あの、自分はミーアちゃん派でして・・・出来れば、その・・・」
「ああ、そっか・・・ミーアちゃん、お願いできる?」
「マユミが言うなら・・・こうでいい?」
「あ、ありがとうございます!」
ミーアの小さな手で触れられ、至福の表情を浮かべる国民。
ミーアの方はよくわかっていないようだが、マユミと同じ事をすれば良いと理解したようだ。
列は順調に進み、最後の一人への握手を終えると・・・
もう国民達がマユミ達に迫ってくることはなかった、皆満足そうな顔でマユミ達を見つめている。
兵士達の壁はもう必要なさそうだ。
(さすがはマユミ様、こうもたやすく国民達の心を満たしてしまわれた)
セルビウスは感心するばかりだ。
これこそがマユミの『王者の力』なのだと、改めてマユミへの忠誠を誓う。
(く・・・俺もミーアちゃんと握手を・・・いやいや冷静になれ俺)
マインツは自らも列に加わりたそうにしていた。
しかし自制心を発揮し、護衛という仕事を全うする。
いつまた魔王が現れるやも知れないのだ、警戒心を忘れてはいけない。
「じゃあ私達は公演に向けて練習をするので、楽しみにしていてください」
マユミのその発言に国民達が拍手を返す。
だから二人の練習の邪魔をしてはいけない・・・国民達の心にしっかりと刻み付けられたのだった。
もう少し早いタイミングでやるつもりだった握手回。
どこかのぽんこつ魔王のせいでこんなタイミングになってしまいました。




