第73話 ぽんこつ魔お・・・脚本家!です
最前列中央の座席にミズキを据えて、マユミとミーアの公演・・・正しくはその練習が始まった。
今回は『二人の歌姫』から始まって『海の乙女』『シンデレラ』の順だ。
それらを一通り通した後に新作『ウッズの旅』を試してみようとマユミは考えていた。
始まってすぐにミズキは気付いた・・・二人の実力は『本職』のそれだと。
作家の彼女とて、現実世界ではずっと小説を書いて過ごしていたわけではない。
アニメも見ればラジオも聞くし、ゲームもするのだ。
もっとも、そのせいでいつも締切ギリギリの入稿となり(時には締め切りを破り)
担当編集者に怒られる事も少なくないのだが・・・
ともあれ、彼女はそれなりにエンターテイメントに対して、目が肥えていた。
その彼女をして、マユミとミーアの二人は、現実世界でもプロとして通用するレベルと言えた。
見た目ではなく、それぞれの声に合わせた配役もなかなか憎い。
特にマユミの妹声は彼女の好みにとても合致した。
もし自分の作品のヒロインを演じるならこういう声がいい。
(ん・・・何かひっかかるわね・・・声?・・・ええと・・・)
マユミの声・・・と演技に、何か既視感のようなものを感じたミズキ。
懸命に記憶の糸を手繰るが、なかなか思い出せない。
彼女が思い出そうとしている間に『二人の歌姫』は終わってしまったようだ。
「ミズキちゃん、どう・・・かな?」
マユミが遠慮がちに感想を聞いてくる。
たった一人の観客として、ミズキは何か応えなければならないだろう。
なんとか話の内容を思い出して感想をひねり出そうとする。
「ええと・・・二人ともすごい演技力で・・・圧倒されちゃったって言うか・・・
あ、配役が見た目と逆になってるのは良い演出だと思いました」
「ふふふっ、ありがとう」
あの配役はマユミの声優目線での判断だ。
そこを褒められたことで、マユミは得意げに微笑んだ。
「次はミーアちゃんの『海の乙女』、これは実際にこの国の港町に伝わる話なんだよ」
「ふぅん」
伝承の類だろうか・・・作家として興味深い題材にミズキは意識を集中する。
彼女の知る海の歌い手セイレーンと真逆のような話だが
良き者には航海の安全をもたらすという日本の人魚の話に近いものを感じた。
「ん、いい話だった・・・と思います、歌も違和感なく溶け込んで・・・
ミーアちゃんって歌が上手いのね」
「ふふ、もっと褒めて」
最近のミーアはすっかり歌に自信がついてきたようで・・・
この『海の乙女』の歌の部分も、彼女のこだわりがあるようだ。
「じゃあ次は私の『シンデレラ』ね、これは異世界に伝わる話なの」
「そうなんですか、すごいたのしみです」
その話はよく知っている・・・とは言えないミズキ、少々棒読みになってしまった。
やはり知っている通りのオーソドックスなシンデレラの話が展開する。
その後のシンデレラの復讐の話の方も好きなだけに、彼女には少し物足りなかった。
(あ、これ・・・感想求められるんだっけ)
さすがに「知ってる話まんまで物足りなかった」とは言えない。
何かうまいこと感想を考える必要があった。
「どうかなミズキちゃん?」
案の定マユミは感想を求めてきた。
ミズキは当たり障りのない無難な感想でお茶を濁すが・・・
マユミも何か感じるものがあったらしい、心なしかへこんでいるようだった。
「じゃあ次は新作『ウッズの旅』今日はこれを試してみたいんだ」
気を取り直したマユミが一冊の本を取り出す。
まだ芝居の形にはなっていないらしく、今はミーアと二人で朗読をするようだ。
「少年ウッズは森と共に生きる狩人だ、彼には一つ、誰にも言えない特技があった」
「よぉウッズ、腹を空かせてないかい?俺様はお腹がぺっこぺこさ」
「森に住む狼のグレイがウッズに話しかけてきた、彼は動物達と心を通わせることが出来るのだ」
「ちょうど近くでシカの群れを見つけたんだ、ウッズ、一緒に狩りに行こうぜ」
今回ミーアが狼の役を担当してる・・・彼女の声にはこういう役も合っていた。
「グレイの案内で森を進むと、シカ達が川で水浴びをしている所だった」
「俺様が群れを追い立てるから、ウッズは待ち伏せして手頃な獲物を仕留めてくれよ」
「ウッズは弓を構えて森の中に潜む、その辺りへシカが逃げ込むようにグレイが追い込むのだ」
「オラァ鹿共!狼様の腹に収まりたい奴はどいつだぁ?」
普段はおとなしい少女のミーアが、精一杯ガラの悪い狼を演じている姿はなかなか新鮮だった。
マユミの作品チョイスに間違いはないようだ。
しかし、いざ仕留めた獲物を食べようとした時・・・
「こうやって棒を立ててくるくる回すんだ・・・ウッズが両手で棒をこするように回すと」
「すげえ!火だ、あちちっ!」
「ウッズの起こした火でシカの肉を丸焼きにして、美味しく食べるのでした」
「そ、そんな・・・」
「ミズキちゃん?」
その声にマユミが振り向くと、ミズキがぷるぷると震えていた。
しかしそれは恐怖ではなく・・・
「そんな簡単に火がついてたまるかぁ!」
思わずミズキは口走っていた。
そう、それは魔族達とのサバイバル生活での事・・・
・・・・・・
「待ちなさい!」
火を起こす為に火の魔術を使える者を呼びに行こうとする魔族をミズキは制止した。
「わざわざ魔術を使わなくても火を起こす方法はあるのよ」
「な、なんだって!」
魔族達の注目を集めながら、ミズキはサバイバル動画で見た火おこしの方法を実演する。
「これは弓きり式って言ってね・・・弓の弦を棒に絡みつかせて、こうぐりぐりと・・・」
弓を引く動きに合わせて、棒が高速で回転する。
確か彼女が見た動画ではこの後ほんの数秒で煙が上がり、種火を得られるはず・・・なのだが。
「あれ・・・おかしいな・・・」
火どころか煙も全然出る気配がなかった。
必死に弓を動かす速度を上げるも、効果はなく・・・
「なんでよ?!この、このっ!」
バキィ・・・音を立てて弓が折れる・・・周囲を気まずい沈黙が支配した。
「・・・えい」
魔王の『力』イビルレイが弓もろとも木の台を穿つ・・・火がついた。
「さ、さすがミズキ様!」
「わ私にかかれば、ざっとこんなものよ!」
なんか自分で言っててすごく辛かった・・・
・・・・・・
そんな記憶を鮮明に思い浮かべたミズキであった。
「これ・・・物語の話だから・・・」
そんなミズキにミーアが冷静につっこむ。
「あ・・・私ったらつい・・・」
「ミズキちゃん、急に大声出して・・・大丈夫?」
「なにか記憶に引っかかったみたいで・・・ごめんなさい続けてください」
その後も朗読が続く・・・
『ウッズの旅』は狩人の少年ウッズが、森の仲間達の力を借りながらサバイバルの旅をする。
そんな話のようだ。
あれも違う、これも違う、そんなわけあるか!と・・・
サバイバルシーンの度に文句を言いたい衝動に駆られるミズキだったが、その評価は・・・
「出てくる動物がコロコロ変わるのは話としてはいいけど、聞かせるのには向かないわね」
「や、そこは私達の演技力の見せ所というか・・・」
「完璧に演じ分けることが出来ても聞く側が混乱するわ、動物の種類は絞るべきよ」
「な、なるほど・・・」
「やって3匹までが良いわ、狼は定番として他に二匹・・・
良く知られていて、かつキャラが立つものを選ぶとなると、一つは鷹か梟あたりかしらね・・・」
「ミズキちゃん・・・なんかすごいね」
「・・・ハッ!」
(しまった、つい・・・)
それは、彼女が小説で書く際に気を付けている事・・・と言うか『ロリ婚』の反省点だった。
計12人ものロリ嫁を出したはいいが、区別をつけるのが大変で大変で・・・
「ミズキの言ってること正しいと思う」
「そうだね、ミズキちゃんにこんな才能があったなんて・・・」
「あ・・・いや・・・その・・・」
・・・気付けば二人共、ものすごく期待した目でミズキを見ていた。
これはもう後には引けなそうだ。
「わかったわよ、私に紙とペンをよこしなさい、一晩で台本に仕上げてみせるわ」
「「おおー」」
パチパチパチ・・・二人の拍手の音が聞こえる。
脚本家ミズキの誕生だった。
(あれ・・・そういえば私さっき何か考えてたような・・・)
・・・先程のマユミの声への既視感について・・・
この流れの中でミズキはすっかり忘れてしまっていたのだった。
たまたま書いた小説が当たっただけのヒキニート。
それが魔王ミズキこと水樹ダイアナ先生なのです。
ぽんこつなのも仕方ないね。