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第63話 Holy Mayumin Empireです

数百年ぶりに現れた異世界の英雄、その名はマユミ。


ヴァルトゥーン辺境伯が彼女を本物の英雄と認め、その元に下った。

さらにグリュモール侯爵、レマーナ伯爵、そして各地の諸侯がこれに追従。

最強の銀の騎士団が敵に回り、国民の大半が英雄マユミの統治を望むこの事態に、国王派は苦渋の決断を下す。

かくして王都ヴァレスは無血開城し、ヴァレスティナ王国は長い歴史に終止符を打つ事になった。



新たに誕生したその国は、伝説の英雄たる彼女の名を取ってこう名付けられた。


・・・『神聖マユミ帝国』と・・・



王都改め帝都ヴァレス・・・その白亜の城の玉座の間。

その小柄な身体には不釣り合いな大きさの玉座の上で彼女はため息を吐いていた。


(なんでこんなことになっちゃったんだろう・・・)


・・・あれから、ひと月程の時が経っていた。

むしろ、僅かひと月と言うべきかも知れない、僅かひと月でこの玉座は彼女の物となったのだ。

マユミはあの日の事を思い出す・・・


・・・・・・




「我が剣を捧げます・・・貴女様こそ、我らの主に相応しい」


衆人環視の中、マユミの前に跪いて剣を捧げ持つ辺境伯。

騎士の儀礼的な何かを感じるが、それが何を意味するのかマユミにはわからなかった。


「ええと・・・私はどうすれば良いんですか?」


マユミは小声で問いかけた・・・このまま彼を放置するのも良くないだろう。


「剣を受け取って、剣の腹で私の肩に触れてください」

「はい・・・こう・・・かな・・・」


儀礼用の剣なのか、思ったよりも軽かった。

言われた通りに剣を受け取り辺境伯の肩に触れる・・・それを見た観客達から歓声が上がった。


(なんかお客さんに受けてる・・・)


気を利かせた領主サイドからの演出だろうか・・・マユミがそんな風に思ったその時。


「辺境伯、これはいったい何のおつもりですか!」


エレスナーデが怒りの形相でマユミの前の人物・・・辺境伯を睨みつけていた。


「これはエレスナーデ嬢、でよろしいかな?」

「はい、グリュモール侯爵リュバールの娘、エレスナーデにございます」


エレスナーデが貴族の礼を返す・・・しかしその表情は変わらない。


「そう睨んでくれるな、私はただ彼女の演技に感じ入っただけに過ぎない」

「思わず臣下の礼をする程に、ですか?」

「ああ、とても素晴らしかった・・・君はそうは思わないのか?」

「・・・いえ、確かにマユミの演技は素晴らしいですが・・・」


そう返されると否定できない。

確かにマユミの演技力は誰もが認めるものだろう。


「ですがっ!なにもこのような場で辺境伯たる貴方が・・・」

「そうだな、軽率だったと認めよう・・・後ほど改めて侯爵の屋敷にお伺いしたいが、よろしいか?」

「お父様への御用でしたら、私に止めることなど・・・」

「いや、おそらくマユミ様を交えた話になるのでな・・・」

「・・・」


エレスナーデは絶句する・・・やはりこの男はマユミを利用するつもりなのだ。

しかし何の為に・・・マユミに特別な力など無い事はもうわかりきっている話だというのに・・・


「マユミを巻き込むようなことは・・・」

「ナーデ、大丈夫だよ」

「マユミ?」

「この人が私の演技を褒めてくれたのは嘘じゃない、と思う・・・この人は悪い人じゃないよ」

「マユミがそこまで言うなら、しょうがないわね・・・」


そうやって簡単に他人を信用するものではない・・・

エレスナーデはそう思ったが、マユミに言われると信じたくもなってくる。


「話は纏まったようだな」


辺境伯の声にエレスナーデは頷く。

だが警戒は解かない・・・マユミと辺境伯の間に立ち塞がったままだ。


「ではマユミ様、後ほどお会い出来るのを楽しみにしております」


彼はそう言って踵を返す。

二人の騎士がそれに続く・・・その片方に一瞬、マユミは睨まれたような気がした。



その後、マユミが侯爵の屋敷へ戻った頃を見計らったように、辺境伯は屋敷へとやって来たのである。

彼が開口一番に発した言葉は、マユミの想像をはるかに超えるものだった。


「マユミ様、貴女には我らの王となってもらいたい」

「へ?」

「今、民は英雄を求めています、英雄を自称する偽物ではなく、本物の英雄を・・・」

「や、私は英雄なんかじゃ・・・」

「貴女についてはそこの侯爵殿から伺っています、貴女にはかのノブツナのような強さもなく、セーメイのような魔力もない・・・正直なところ、名前だけの傀儡としての価値しか感じませんでした」


侯爵からと聞いて、一瞬ある事ない事大袈裟に吹き込まれたのかと思ったが・・・

どうやらそうでもないらしい。

これはきっと話せばわかる・・・マユミは少し安心して彼の説得を試みる。


「はい私は声優、私に出来るのはこの声で演じるだけ・・・英雄というものには程遠いと思います」

「その声優・・・ですかな?それこそがマユミ様の『英雄の力』だと私は考えました」

「え・・・」

「実際にマユミ様は、その声で大勢の人々の心を動かして見せた・・・

 私はあれこそ『王者の力』だと考えた」

「王者の・・・力?」

「そう、力で民を押さえつけるのではなく、言葉で民の信頼を得る力です・・・

 私は力で多くの者達に恐れられているが、それでは正しい統治は出来ない・・・

 力に依った支配は、決して長くは続かない」


力で押さえつけるような支配体制が良くない事くらいはマユミでもわかる。

しかしこの中世の世界ではそれもやむを得ないのではないだろうか・・・


「マユミ様はこの国の国王の名前はご存知だろうか?」

「いえ・・・」


そう言えば知らなかった、国王の名前も、彼がどんな人物なのかも・・・

侯爵領でも港町でもこれまで全く話題になったことがなかった。


「それもそのはず、今の国王は豊かなこの国に甘えるだけで何も考えておらぬ暗愚よ・・・

 民の事など考えぬ、故に民からも何とも思われておらぬ」


国が豊かであるがゆえに民にたいした不満を抱かれず、半ば忘れ去られた国王・・・

それはそれで寂しい存在かも知れない。


「だがマユミ様、貴女は違う、貴女の演技にはあの広場に集まった観客達全てへの配慮があった・・・

 広場のどこにいても聞き取れる大きな声、聞き間違いを生ぜぬ繊細な言葉遣い

 声を聴くだけで物語へ入り込める演技力・・・

 客達は皆それに心を動かされた・・・だからこそ、あれ程の数があの場に集まったのでしょう」


「でもあれはミーアちゃんがいたからこそ出来た話だし・・・他にも色々な人達の協力が・・・」


自分の演技が褒められるのは悪い気がしないが、あれは決して自分の力だけではない。

自分を支えてくれた多くの人達の力だ。

だがそれを聞いた辺境伯の顔は、とても満足そうだった。


「それこそが、貴女が英雄たる証に他なりませぬ

 貴女を支えたいと多くの者達に思わせるものが貴女にあるのです」

「・・・」

「どうかお立ちください、貴女が立ち上がれば多くの者達がそれを支えましょう」


多くの民が王を信じて、王を支えより良い国を目指す、王もまた民を裏切らない・・・

それが彼の描く理想の国だ。

マユミを王に戴けばそれが叶う・・・もちろん自身も王の剣として尽力するつもりだ。

思い描く理想を語る、彼の弁が熱を帯びていく・・・しかし・・・


「黙って聞いていれば、ずいぶんと身勝手な事を・・・」


・・・エレスナーデが冷ややかな瞳で彼を見つめていた。


「確かに、貴方の目指すものは素晴らしい国でしょう

 マユミを王に迎えればそれが叶うというのもわかります」


でも・・・と彼女は言葉を続けた。


「マユミが王となることに国王派が納得するはずがありません、この国を二分する争いが起こる・・・

 国が乱れれば北方諸国や東の国も動くかも知れません・・・そうなれば大きな戦になる・・・」


そして彼女は罪を糾弾するように辺境伯へ指を突き付けた。


「貴方は血塗られた道へマユミを歩ませるつもりですの?」


重い沈黙が場を支配する・・・


・・・辺境伯は、ゆっくりと頷いた。


「たしかに、戦となる可能性は否定せぬ・・・もちろん我らの力を以って負けるつもりはないが・・・」

「勝てばいいというものではありません!失われる多くの命をマユミに背負わせるつもりなのか?

 と言っているのです!」


王の為に、マユミの為に・・・そう言って戦場で散っていく命がいかほどのものか・・・

それを背負うのが王たる者の責任だ・・・年端もいかぬこの少女に押し付けていいものではない。


「お諦めください・・・貴方の理想はマユミには重すぎる」


エレスナーデの声が淡々と響く・・・そこへ、思わぬ所から声が掛かった。


「すまんがエレスナーデ・・・事態はそうも言っておられぬのだ」

「お父様?!」


グリュモール侯爵・・・今そこにいる彼は、ただの英雄マニアではなかった。

いつになく厳しい顔で彼女を見つめる・・・その表情にはどこか悲しげなものも感じられた。


「お主が再びこの地に来たという事は・・・あれが現れたのだろう?」


・・・その問いに辺境伯もまた厳しい顔で頷くのだった。



歴史の中で幾度も現れたとされる『それ』は、常にその時代の英雄の手で葬り去られたとされている。

『それ』は英雄にしか討つことが出来ない存在・・・故にこその伝説の英雄なのだ。

直近のもので約500年前・・・やはり英雄ノブツナが倒したとされている。



「ええと・・・いったい何の話を・・・」


マユミは場の空気が変わったのを感じ取っていた・・・なんだか嫌な予感がする。


「北東の・・・『魔の地』の方角で、それらしき現象があったという報告が来ている・・・

 おそらく、第七の・・・」


武勇で知られる辺境伯らしからぬ震え・・・これは武者震いの類だと思いたかった。

本能に刻み付けられているかの如き恐怖を押し殺し・・・彼は言葉を続けた。



「第七の魔王・・・その降臨であると噂されています」



魔王・・・それは必ず英雄とセットで語られる存在だった。

伏線の回収は長編の醍醐味ですね、書いてて楽しい瞬間です。

「なーでのぼうけん」もこの世界に魔王が存在することを示唆した伏線だったのです。

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