第59話 キャパオーバーです
ヴァルトゥーン辺境伯領主都オクタリス
・・・その街の広場に十数枚の絵画が展示されていた。
異世界より現れた黒髪の美少女・・・マユミが勇者の扮装で魔物達と戦いを繰り広げている場面が
まるでその場で見てきたかのように・・・いやそれ以上の臨場感で描かれていた。
その周囲には名画を護るべく銀の騎士団が警護に就いているが、絵について解説する者はいない。
ただ人々に無料で公開しているだけだった。
「例の『絵』の反響はどうかな?」
「はっ、民の間では概ね好評のようです・・・しかし、絵についての説明がない為か、好き勝手な憶測が飛び交っているようで・・・」
辺境伯は直属の部下の一人セルビウスから報告を受けていた。
年若い彼は感情がすぐ表情に出るので色々と面白い、彼をからかうのは辺境伯の数少ない楽しみの一つだ。
今回の報告は、辺境伯が侯爵領で購入してきた『絵』の一般公開に対するもの。
購入した名画の数々を彼は無料で一般に広く公開したのだ。
それはこの街だけではない、同じ絵は3枚ずつある・・・それらを隊商に持たせ、各地で公開して回らせていた。
「ほぅ・・・その憶測とやらにはどんなものがある?」
「我ら銀の騎士団が倒せなかった魔物を倒した英雄だとか・・・」
さっそくセルビウスの顔が悔しさに歪む・・・
プライドの高い彼には自分達の悪評が広まっているように感じられたのだろう。
・・・だが全ては辺境伯の計算通り、彼は自然に広まった風評こそを欲していたのだ。
「うむ、ではそれを採用しようか・・・」
「はい?!」
「異世界の英雄たるマユミ殿は、我らでは歯が立たなかった強大な魔物をたった一人で倒して見せた・・・いやあ悔しいものだな」
「閣下?いったい何を・・・」
「私は事実を言っただけだよ?私はこの目で確かに見たのだ、本物の英雄のみが持つその力を・・・」
芝居がかった立ち振る舞いで辺境伯は台詞を発する。
その奇行に困惑する騎士達を眺めながら、彼はこう続けた。
「すぐに出立の用意を!伝説の英雄殿を我らの元にお迎えしようではないか」
王国を、いや大陸を揺るがす事態が今、動き始めていた。
・・・・・・
・・・
その日も『女神の酒樽亭』は大忙しだった。
マユミとミーアの二人による『二人の歌姫』が行われるとあって、昼間から大勢の客が押しかけていたのだ。
どの客も謎の美少女ミーアちゃんの話題で持ち切りだ。
「マユミちゃんが見つけてきた逸材なんだろ?」
「いったいどんなものを見せてくれるんだろうな」
「あの子は只者じゃないぞ、俺はこの街まで護衛してきたから知ってるんだ」
・・・そこには得意げに語るマインツの姿があった。
彼は開店と同時に来店し、一番いい席に陣取っていた。
所詮はよそ者と侮っていた常連客達も、彼のこの情熱は認めたらしい。
そして、彼が語る護衛中の二人の話を皆興味深く聞き入っていた。
「とにかくあの二人は息ぴったりだからな、俺も最初は実の姉妹だと思ったもんさ」
「くぅぅ、今から期待が膨らむぜ」
「マユミちゃん達はまだか」
もう店内はすっかり盛り上がっている。
今のうちから店の外に席を用意するリタだったが、足りるかどうか・・・
(もううちの店じゃ狭すぎるかも知れない・・・)
マユミを目当てに増え続ける客に、リタは限界を感じ始めていた・・・
そしてマユミ達がやって来る時間ともなると、押し寄せる客で店は酷い事になっていた。
人、人、人・・・いったいどこからこんなに集まって来たのか。
それらの人々が一人でも多く店の中に入ろうともみくちゃに押し合っている。
・・・ちょっとした地獄絵図だった。
「ちょっとお客さん、これ以上は・・・」
さしもの怪力を誇るリタであってもこの物量を前にはなすすべがない。
・・・このままではマユミ達が来ても店に入る事すら出来ないだろう。
その様子をトゥーガ達傭兵3人は遠巻きに見ていた。
「マインツのやつ・・・本当にあの中にいるのか・・・」
「くぅぅ!マユミちゃん達がここまで人気者になるなんて・・・」
「・・・どうする?」
「どうも出来ないだろう・・・さすがにこれは・・・」
誰の目にも明らかなキャパオーバーだ。
ひょっとしたら暴徒鎮圧の仕事が舞い込んでくるかも知れない・・・
そんな事を想像させる光景だった。
「うわ・・・どうしよう・・・」
『女神の酒樽亭』の状況はマユミ達の元にも伝わっていた。
このままでは、店に近づく事も危ぶまれる・・・万事休すか。
「なんでそんなにお客さんが・・・」
もちろんマユミの噂の影響である。
これまでのマユミの吟遊詩人としての評判に、異世界から来た美少女の噂が組み合わさり
噂の彼女を一目見ようと大勢の人々が押しかけて来ているのだ。
・・・中には例の肖像画を持っている者もいた。
「そ、その肖像画は!」
なかなか現れない当人に代わって、肖像画が注目を集める・・・
「頼む、それを売ってくれ!」
「言い値で買おう!」
「ぜ、絶対に売らんぞ!」
・・・今や『女神の酒樽亭』周辺一帯が大混乱だ。
「残念だけど、これ以上は見過ごせないわ・・・中止を伝えましょう」
「そんな・・・」
しかし、エレスナーデの判断も理解できる・・・この状況のまま始めるのは正気の沙汰ではないだろう。
「中止しても大丈夫?怒られない?」
そのミーアの問いにマユミはぞっとするものを感じた。
・・・今更中止と言って彼らがおとなしく帰ってくれるだろうか・・・
現実世界でエキサイトしたスポーツファンの起こした事件の数々がマユミの脳裏をよぎった。
「でも・・・どうすれば・・・」
マユミの頭が真っ白になる・・・いい考えが浮かばない。
・・・しかし思わぬ所から、救いの手が差し伸べられるのだった。
「何やらすごい事になっているようだね」
「カイル兄様?!」
「さすがに、この街を預かる身として放置出来る事態じゃないからね・・・詳しく話を聞かせてもらおうか」
「はい・・・」
事態はちょっとした暴動になりかかっている・・・領主代行たる彼が出てくるのも仕方ない。
自分はこの騒動を起こした罪で捕まってしまうのだろうか・・・そんな事を思いながらマユミは全てを説明する。
「理解した・・・後は私に任せてもらおう、君達は広場で待っていてくれ」
・・・そう言い残すと、カイルバーンは足早に去っていった。
「ナーデ・・・どうしよう・・・」
「今はお兄様を信じましょう、広場へ行くように言っていたわね?」
「うん・・・」
他に何かできる事があるわけでもない。
マユミ達は彼に言われた通り、広場で待つことにした。
すると・・・
「あ、いた・・・マユミちゃんだ!」
「本当にいた、おーい!こっちにマユミちゃん達がいるぞー!」
人々が広場に集まって来た・・・そのまま暴徒と化すのではないかと身構えるマユミだが・・・
「よし全員配置に着け!」
「ゲオルグさん?!」
ゲオルグに続いて兵士達が広場に入って来る・・・彼らはマユミ達を囲むように配置に着いた。
「配置についたな・・・ここからは誰も通すな!」
「はっ!」
その後も続々と広場に人が集まって来る・・・どうやら広場へ誘導している人員もいるようだ。
「はい、マユミちゃん達はこっちっすよー」
「人数が多いから各自詰め合ってくれ」
傭兵達だ、彼らも臨時で雇われたようだった。
「くぅ・・・一番いい席だったのに・・・」
「・・・諦めろ」
そこにはマインツの姿もあった。
・・・朝から店内で粘った苦労は無に帰ったらしい。
「うまくいったようだね」
「カイル兄様!」
一通りの指示を出し終えたカイルバーンがマユミ達と合流する。
「私の権限で広場の使用許可と兵士達を集めた、後は君たち次第だ」
「え、それって・・・」
呆然としていたマユミに、優しく微笑みかけるカイルバーン。
その隣では、エレスナーデも同じようにマユミに微笑みかけていた。
「どうするマユミ?」
「やろう、ミーアちゃん」
心配そうにマユミを伺うミーアの頭を撫でる・・・もう大丈夫だ。
「お客さん全員に聞こえるように声をしっかり出してね」
「うん、わかった」
そして二人は適度に距離を取って配置に着く・・・広い空間を最大限に使うことが出来そうだ。
さぁ始めよう、二人の物語を・・・
ついに増え続ける客数が『女神の酒樽亭』のキャパを超えてしまいました。
こうなった原因は北方の辺境伯も一枚噛んでいるようです。
果たして彼の目的とは・・・




