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第41話 妖精の姫です

そして迎えた公演初日。


開場時間まではだいぶ余裕があるので、マユミは『海猫亭』で一仕事してから会場に向かう事にした。


(私も負けないよ、ミーアちゃん)


ミーアをライバル視と言う程ではないが、彼女の存在はマユミにとっていい刺激になっていた・・・早朝練習にも気合が入る。

今日はマユミの二つしかないレパートリーのもう一つ、エレスナーデの本を原作にした恋愛物をやるつもりだが・・・


(そろそろ新しい話にも挑戦したいな・・・)


回数をこなして慣れてくるのは良いのだが・・・同時に緊張感も緩んでくるものだ・・・あまり同じ話ばかりやっているのも問題と言えた。


「物語・・・ですか?」


何か良い題材がないか、とりあえず今目の前にいたバートに尋ねてみることにした。


「うん、本になってるような物語でも良いし、口伝えに語られてきた伝承なんかでも構わないんだけど・・・出来れば女の人がメインで出てくるようなのがあると助かるかなって・・・」

「そうですね・・・この辺りの伝承で、海の乙女の話がありますが・・・」


(海の乙女・・・人魚姫的なやつかな・・・)


人魚姫と言えば、シンデレラと並んで有名な話だが・・・この世界だと人魚が普通に実在していそうという理由でマユミはやらないでいたのだ。


「それはどういうお話なんですか?」

「それはまだこの街が港街として発達する前、まだ海洋航路が確立される前の話だそうですが・・・」


歌の上手な一人の少女がいたという・・・

しかし、彼女は生まれつき身体が弱く、大勢の人の前で歌うなどとても出来る状態ではなかったらしい。

そんな彼女の支えだったのが幼馴染の青年の存在だ。

彼は漁師をしていたのだが、仕事の合間を縫って彼女のために薬草を届けたりしていたらしい。

そんな彼のためにだけ彼女は歌を歌っていたのだ。

だがそんな二人のささやかな日常は、長くは続かなかった・・・当時は戦乱の時代、当然この街にも戦火が及んだのだ。


(そういえばここは元々城塞都市だったって伯爵様が言ってたっけ・・・)


「そこで一般市民は船で遠方へ逃れる事になったのですが・・・病弱な彼女は船旅に耐えられないだろうと街に残ったのです」

「わかる・・・船酔いはしんどいもんね・・・」


この街に来るまでに船酔いで酷い目にあったマユミとしては彼女の気持ちがよくわかった。

自分自身が辛いというのももちろんだが、足手まといになってしまうのも精神的にきつかった。

おそらく彼女も・・・そう思うと、この少女には親近感が湧く・・・


当然、幼馴染の青年も街に残ろうと言うのだが、避難民には船を扱える者が少なく、彼の力が必要だったのだ。

私はここであなたが帰ってくるのを待ちます・・・そう言って彼を送り出した後、少女は一人岬に立ち歌い続けたという・・・その歌声が目印だと言わんばかりに。


それ以来、嵐などで船が迷った時に、どこからか歌声が聞こえてくるという・・・その歌声の方へ進めば、その船は無事に港へ帰ることが出来るらしい。


「・・・という言い伝えが、この辺りの船乗りを中心に語られています」


昔話と言うには微妙に過去の真実も含んでいそうな、少々意味深な話だった。


「良い話だけど・・・その船乗り相手に語るには厳しそうかな・・・」

「ああ、たしかに・・・この街の船乗りであれば誰もが知っている話でした、お役に立てず申し訳ありません」

「いやいや、他所では充分通用すると思うよ、あと私達みたいな観光客相手とかなら良いんじゃないかな」


この地では誰もが知る周知の物語でも、他所では珍しい物語となる。

それが吟遊詩人があちこち旅をする理由の一つでもあるのだろう・・・侯爵領へ帰った時にでもこの話をやろうと、しっかり書き留めておくマユミだった。



その後、予定通り『海猫亭』で一仕事を終えたマユミ達は、広場に作られた特設ステージへと向かった。


広場に半円状に作られた舞台を囲むように座席が設けられている。

銀貨2枚もしたチケットだけあってマユミ達の席は最前列だ。


いかにも大衆演劇といった感じで観劇しながらの飲み食いは問題ないようだ、あちこちに飲み物を売り歩いている者がいる。

座席の後ろの方には串焼き料理などの屋台も設置されていた。


舞台には幕や背景のようなものはなく、袖の方には出演者が控えるスペースがあるようだ。

おそらくミーアもそこにいるのだろう。


「舞台鑑賞とか久しぶりだから楽しみだな・・・」

「マユミ殿は何度か見たことがあるのですね」

「私達はこういうのは初めてだから楽しみだわ」

「そうなんだ」


この世界では舞台演劇もまだ珍しいのだろうか・・・あるいはオペラとかそういうのは別物扱いなのか。

マユミがそんな事を考えている間に、舞台では動きがあったようだ。


「誰か出てきました」

「あれは・・・この一座の主かしら?」


タキシード風の服を着た中年の男が舞台に上がる・・・どうやら開演の前に座長が挨拶をするようだ。


「えー、皆様、本日はよくお越しくださいました。一座を代表してお礼を申し上げます」


座長の挨拶に拍手で応える観客達・・・そこに「挨拶なんていいから早く始めろ」というヤジが混ざる。


「おやおや、これは申し訳ありません・・・皆様お待ちかねのご様子なので、さっそく開演と致しましょう・・・それでは、ごゆっくりお楽しみくださいませ」


そう言いながら座長が舞台から降りる・・・いよいよ開演するようだ。


「さぁ、今宵皆様がお目にかけるは今を遡る事数百年・・・激動の時代に翻弄された、一つの恋の物語でございます」


道化師の姿をした男が軽快に踊りながら舞台に現れる。

彼があらましを語る所から物語が始まるようだ。


「時の王ヴァルナード一世は武勇に長けた覇道の王、周辺諸国を次々と攻め落としていました」


王と思しき役の人物が袖から出てきた。

道化師は王を称える言葉を並べながら王の周りをぐるぐる回る。


「彼には息子が一人、第一王子ライルードは品行方正、次代の王として将来を期待された若者だ」


王の反対側から出てきたのは一人の若者・・・おそらく彼が主人公の王子なのだろう。


「我が息子ライルードよ、かの国を攻略するにあたりお前に兵を与える!別動隊を率いて森を抜け敵の背後を突くのだ!」

「はっ、必ずや父上のご期待に応えて見せましょう」


王は袖に下がり、王子が部下達と森を進む場面に切り替わる。

やはり道化が解説役としてついて回るようで舞台狭しと動き回っていた。


「王に命じられたまま森を進む王子・・・彼はそこで運命的な出会いをするのです!」


道化が大げさに語って注意をひきつけている、その隙に・・・舞台の隅で花が一つ、今まさに開こうとしていた。


「そこに・・・誰かいるのですか?」


その声に振り向いたのは舞台の上の王子だけではあるまい。

・・・客達もまたその少女に釘付けとなっていた。


「そう・・・彼女こそ森の妖精族の姫君、その名は・・・」


「ミーアちゃん・・・綺麗・・・」


思わずマユミはつぶやいた・・・

舞台の上の彼女はまさしく妖精・・・会場の誰もが、そう感じたのだった。


ファンタジー世界で海を航海中にどこからか歌が聞こえてきたら・・・セイレーンですよね、船を沈める魔物ですよね。

逆があってもいいじゃないか、そんな理由で生まれた謎の伝承です。

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