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第39話 二つ目の職場です

『海猫亭』を後にしたマユミ達は新市街にやってきていた。


壁の外側にあるこの新市街は、年々増え続けるこの街の人口を支える地域で、大小さまざまな建物が密集している。

大通り沿いは見た目も美しいカラフルな建物や様々な店が立ち並び、見ているだけでも楽しめる・・・この街の新たな名所として栄えているようだ。

しかし、一本脇道に入れば、迷路のように複雑に入り組んだ混沌とした様相が伺える・・・治安には気を付けた方が良いだろう。


・・・ここでマユミは仕事が出来そうな店をもう一軒、見つけるつもりだった。

『海猫亭』はピークタイムが過ぎると閑散としてしまうので、もう一軒・・・出来れば時間に関係なく客の入りが安定してるような店が望ましい。

風光明媚な新市街・・・ここにお洒落なカフェのような店があれば、その条件にぴったりだ。


大通りをしばらく歩くと、店の前にテラス席を備えたレンガ造りのお洒落なお店を見つける事が出来た。

『エプレ』と書かれたティーカップの形をした鉄の看板がレンガの壁にぶら下がっている。


「いらっしゃいませ!」


マユミ達が店に入ると、可愛らしい赤のエプロンドレスを着たウェイトレスが出迎えた。

金髪のポニーテールを揺らしてお辞儀をする姿がなかなか愛らしい。


「3名様ですね、お席に案内します」

「ちょっと待って、ここの店長さんとお話しがしたいんだけど・・・」


店内の雰囲気もよく、普通に客としてくつろぐのも良さそうに思えたが、まずはお仕事だ。

マユミはさっそくウェイトレスのお姉さんにお願いして店長を呼び出してもらう。


「あ、はい・・・お父さーん、お客さんがお父さんに用があるって」


どうやら親娘だったらしい、しばらくすると店の奥から店長が現れた。


「私がこの店の主をしておりますエウロンと申します、お客様、エプレが何か粗相を?」


入れ代るようにして下がった娘をちらりと見ながら、エウロンが尋ねる。

彼女の名前はエプレというらしい・・・娘の名前から店の名前を付けた事が伺えた。

・・・彼は娘に何か不手際があったのかと心配しているようだった。


「いえ、そういう事じゃなくて・・・私吟遊詩人をやっているんです・・・それで、このお店で歌わせてもらえないかなって・・・」

「ああ、そういうことでしたか・・・ええ、構いませんよ」


彼はほっとした様子で快く承諾してくれた。


「この店はまだ開店して間もないので、吟遊詩人の方が来たのは初めてなんです・・・さっそく始めていただいて良いですか?」

「はい、お願いします!」


親娘共に、マユミが適当な場所を探して準備するのを興味深そうに見ていた。


(うわ、すごい見られてる・・・)


注目されるのは良い事だが、ここで失敗するわけにはいかない。

演目は先程と同じくシンデレラを選んだ・・・失敗した事のない作品で縁起を担いだのだ。

店内の客は程々といったところか・・・外のテラス席も意識してマユミは少しだけ大き目に声を出す。

『海猫亭』でやったような大袈裟な演技はしない・・・店内の雰囲気を壊さないようにしっとりと・・・落ち着いた演技で語っていく。


(同じ題材なのに聞くたびに違って聞こえる・・・さすがマユミね・・・)


シンデレラをやるのはこれで3回目だが、エレスナーデはマユミのその演技の違いを感じ取っていた。

今のマユミはレパートリーが少ないが、今後増えていった時の事を考えると期待で胸が膨らんだ。


「おっといけない、エプレ、お客様だ」

「あ・・・いらっしゃいませっ!」


マユミの声を聞きつけて新たな客がやってきたらしい。

それまでマユミの話に夢中になっていた親娘は慌てて仕事に戻っていく・・・

気付けば『エプレ』の周りには何事かと人が集まって来てきた。


「お父さん、追加でオムレツ3つとソーセージ、スープも2皿注文入ったよ」

「これは、ゆっくり聞いてる場合じゃないな・・・」


店内は瞬く間に満席となり、注文に追われるエウロン・・・この店始まって以来の賑わいだった。

マユミが語り終えると店内と、店の外からも拍手が起こった・・・入り切れずに立ち見していた客までいたようだ。


「ありがとうございました、ここにお代をお願いします」


マユミは店の器を一つ借りて客席を回った・・・大人数用の大きな器だったが、注文をしなかった分か立ち見客が多めに払ってくれたようで・・・すぐにいっぱいになった。


「ごちそうさま、いや~面白かったよ」

「「ありがとうございました」」


満足そうに帰っていく客を見送るマユミとエプレ・・・二人の声が綺麗にハモった。


「ありがとう、おかげで今日はすごい売り上げだよ」


エウロンもお礼と共にいくばくかのお金を山に加えた・・・吟遊詩人の集客効果に満足そうだ。


「本当にマユミちゃんのおかげね、忙しくて話がちゃんと聞けなかったのは残念だけど・・・」

「ま、また歌いに来ますので・・・その時にでも・・・」

「本当?!お願いね!」


・・・その時も同じように忙しくさせてしまう気がするマユミだった。

そうこうしているうちにまたお客さんがやってきたようだ。

エプレがマユミの元を離れ客を出迎えに行く・・・


「いらっしゃいま・・・せ・・・アビダスさん」

「はい、ちょっとお邪魔しますよ」


アビダスと呼ばれた恰幅の良い男性はエプレの案内を待つことなく、ずけずけと店の奥へ進んでいく。

さすがにエウロンも彼に気付いたらしく、自ら出迎えにいった・・・どこか緊張した様子だ。


「これはアビダスさん、お疲れ様です」

「いや~エウロンさん、ずいぶんと店が繁盛しているようですな」

「はい・・・おかげさまで・・・」

「私も投資した甲斐があるというものです・・・では今月分をいただいてもよろしいですかな?」

「はい、確認をお願いします」


そう言ってエウロンは革袋をアビダスに差し出した。

中にはぎっしりと銀貨が詰まっていた・・・アビダスはテーブルに着くと、革袋の中身を空けて枚数を数える・・・


「はい、銀貨40枚・・・確かに受け取りました、次もこの調子でお願いします」

「・・・努力します」

「まぁ、エウロンさんなら大丈夫でしょう・・・この店・・・エプレ、でしたかな?良い店じゃあないですか」

「恐縮です」


そう言いながらアビダスはエプレの方をちらりと見る・・・どこか、いやらしさのある視線。

エプレは頭を下げてお辞儀することでその視線を合わせる事から逃れた。


「では、私はこの辺で・・・期待していますよ」


そう言い残して彼は去っていった。


「ええと、今の人は・・・?」


マユミがエプレに尋ねるが、エプレには聞こえていないのか答えは返ってこない・・・その手は強く握りしめられていた。


「アビダスさんは大きな商会の主でして、お金を貸してもらっているんです」


代わりにエウロンが答えてくれた。


(やっぱり借金取りか・・・)


今のやり取りでなんとなくそんな気はしていた。

おそらく店の開業資金を提供してもらったんだろう。


「お金は返せそうですか?・・・法外な利子を要求されてたりは・・・」

「ああ、うちは大丈夫ですよ、数年で返済できると思います」


マユミには彼が悪徳商人に見えて仕方なかったが、そこまで酷くはないらしい。

せっかくみつけた仕事場が消える事はなさそうだ。


「でもあの人・・・いつも私の事を変な目で見るのよね・・・悪い噂も聞くし・・・」


(やっぱり悪徳商人なんじゃ・・・)


エプレが気持ち悪そうな表情で語る・・・借金のカタに娘をヤクザに・・・そんな光景がマユミの脳裏に浮かんだ。


「私も出来るだけ協力するから、がんばって」

「マユミちゃん・・・ありがとう」


がんばってこの店の売り上げに貢献しよう・・・そう決意するマユミだった。

そして・・・


「ゲオルグ・・・」

「はい、あのアビダスという商人の事ですね、調べておきます」

「ええ、お願いするわ」


・・・エレスナーデの視線は冷ややかに、彼の去っていった方を見つめていた。

港町編は40話あたりで終わらそう・・・そう思っていた時期が私にもありました。

この分だと50話くらいまで引っ張りそうです。

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